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魔女の旅路  作者: ゆきのん
プロローグ
3/33

シュレリアの一度目の旅の結末

 安定感のある足場ともうあの階段を上がらなくて良いという安心感からか、シュレリアはその場に座り込んでしまった。

 カテナはシュレリアよりは余裕がありそうだけど、疲労感は隠せていない。


「情けない所をお見せして申し訳ございません……」


 飛べるキリテや精霊であるグリンツ、それから慣れている私はともかく、慣れていない人にあの階段はきついだろう。それでも登り切ったのだから、情けないより頑張ったと褒めるべきだろう。


「大丈夫。それより話の前に薬を塗ったほうが良いわ。そのほうが早く治るから」

「は、はい」


 男性陣から見えないようにそっとスカートを捲って薬を塗ると、その冷たさに一瞬身を固くしたが、すぐにそれは解けた。


「ひんやりして気持ちいいですね」

「帰る頃には筋肉痛も少しはマシになってるはずよ」


 正直、帰りのほうがこの二人は危険だと思う。


 上がる時は上だけ見ていれば良いけど、降りる時は地面までの距離を考えて怖くなりやすいから。


 帰りの事を考えながらお茶を飲んでいると、不意に何かに服を引っ張られた。

 見ればルルが目を輝かせて服を掴んでいる。


『魔女、お菓子、ある?』


 どうやらこの小さな精霊は鞄の中に入れておいたクッキーに気づいたようだ。


「ルル」

『お菓子!』


 キリテの窘めるような声を消すように主張すると、ルルはキラキラとした眼差しで見上げてくる。正直可愛い。


 元々休憩の時に食べようと思っていた分だし、今ここで食べても問題はない。

 あの二人も小さな子どもが欲しがっている物を欲しいとは言わないだろう。


「あげても?」


 とは言え勝手に上げるのは良くない。多分契約主であろうキリテの許可は必要だ。


 キリテはため息を吐きながら手を差し出した。渡せという事なのだろう。


「じゃぁまずはこれ、キリテに渡してね? そしたらキリテがくれるから」

『シテ、キリテ違う。でもお菓子!』


 ルルの言葉に思わず首を傾げるが、ルルは渡したクッキーの入った袋を嬉しそうに抱きかかえてキリテの所に走っていく。


 クッキーを受け取ったキリテは中を見て二枚取り出してルルの両手に渡した。

 ルルの手はとても小さいから、クッキーがとても大きく見える。


「有難うは?」

『シテ! ありがと!』


 嬉しそうににっこり笑うルルを、キリテは軽く叩く。


「俺じゃねぇよ。クッキー誰がくれたものだ?」


 その言葉にルルははっとなったように私を見た。


『魔女! クッキーありがと!』

「どういたしまして」


 両手にクッキーを持って振るのは本当に小さな子どものようで可愛らしい。

 まだ若いモーラよりも幼い、生まれたばかりの精霊なのだろう。


「奥でクルリと食っとけ」

『わかった!』


 ぱたぱたと走るルルを見送ると、キリテはお茶を飲んでシュレリアを見た。


「で、俺に聞かせたい話とは?」


 先ほどまでの年の離れた弟妹を見守るような暖かさはなく、聖域の守護者としての冷たい眼差し。

 その眼差しに一瞬怯んだシュレリアだったが、カテナに支えられてすぐに気を取り直す。


「わたくしとカテナは、歪みを封印するために歪みが発生したと思われる場所に向かいました。そこは、西の大陸にあるある半島でした」


 一国の問題ではないと思っていたけど、この世間知らずな二人が大陸さえも越えていたとは予想外だ。

 まぁ、神殿は隣の大陸にもあるから神殿の人に助けて貰ったのだろうけど。


「そこに残っていた精霊様達よりお聞きした話では、歪みはその半島のある国、エーデルアリアの王位を追われた王族が起こした物でした」


 王位継承権争いに負けた兄王子が、王位を奪うために弟王子の命を奪うために手を出した禁忌。それが、歪み。


 兄王子は歪みがもたらす物を理解しておらず、ただ弟王子とその一派、そして弟王子を選んだ父王を消すための力としか理解していなかった。


 そんな知識のなさで生み出した歪みは当然のように暴走し、王子やその近くに居た人の命を飲み込んだ。


「わたくし達が付いた時、そこには眠る一人の少女がいました。歪みは、彼女を媒体として生み出されたのだと精霊様達が教えてくれました」


 呪術は、その効果が強ければ強いほど発動の媒体も強い物が必要となる。だけど人一人を媒体として、国や世界を滅ぼすほどの強い呪術となるだろうか。


「少女の背には、白い翼が生えていました。キリテ様、あなたと同じように」


 その言葉にキリテは大きく目を見開き、私は納得した。


 人一人ではどれだけ頑張っても小国一つ滅ぼせるかどうかだけど、それが人でないなら話は別だ。


 ドワーフでは難しいかもしれないけど、幻の種族と言われている強い魔力を秘めたエルフや天使であれば、世界を滅ぼせるかもしれない。


「わたくし達はすぐに歪みを封じようと試みました。ですが、少女に近づこうとすると風や雷が発生して近寄せませんでした。同行してくれた沢山の人が大怪我を負い、わたくし達はその場を去りました。そして大神殿で精霊様にどうすれば良いのか助言を乞うと、聖域に向かうようにと言われました」


 そしてシュレリアは、無事だったカテナを連れて暗き森に向かった。精霊たちの助言通りに。


「キリテ様を見て、あの少女と同じだとわかりました。この空のどこかに住まう、風雷の扱いに長けた幻の種族天族。彼らの力に対抗してあの少女の元にたどり着くには、わたくし達だけでは不可能です。どうか、この世界を救うためにお力をお貸しください」


 天族。それがキリテたちを示す種族。


 その背に白き翼を持つ、空の支配者。


 かつては彼らも地上に降りることがあったけど、彼らはその珍しさと見目から見つかったら奴隷とされ、それを嫌悪して地上から去ったと言われている。


 キリテが何故地上にいるのかわからないけど、天族の操る風雷は私達人間には強すぎて、同じ天族にしか抑えることが出来ない。

 だからキリテが必要なのだ。


「……グリンツ」

『何じゃ』

「お前、分かった上で来させたな?」

『儂ら精霊はこの世界の為に存在しておる。お主も今はそうであろう? なら文句言わずにさっさと行くが良い』


 飄々としたグリンツの言葉に、キリテは盛大に舌打ちをした。


「それじゃぁあの天族のことも分かってるんだろう? 知ってること洗い浚い吐け」

『うむうむ。聞けばお主は余計に行くしかなくなるが良いだろう。彼の天族は二百年前にあの地に囚われた』


 さらりと告げられたその言葉にキリテの纏う空気が変わる。


『天族は世界の瘴気を吸収し、神聖力として浄化する種族。まだ幼子であった彼の天族は当時母の腕に抱かれていたが、その母が瘴気を浄化しきれず、あの半島に落ちた』


 初めて聞く天族の役割に驚きを隠せない。


 瘴気はこの世界に生きるもの全ての負の感情から生まれる。それを天族がその身に取り込んで浄化していたなら、天族が去った後、地上で争いが増えたのも納得が出来る。


『母であった天族は必死に我が子を助けようとしたが、瘴気に蝕まれた体では碌に動くことも出来ず、せめて我が子を生き長らえせさせようとした。子は母が命と引き換えに張った結界の中、眠り続けながらも少しずつ成長していった。おそらく、何事もなければ母の張った結界が消えると同時に目覚める筈であったが……』

「呪術の媒体とされたせいでそれが狂った……」


 思わず呟くと、グリンツは大きく頷いた。


『その上かの地に溜まっていた瘴気を取り込む結果となった天族は、眠り続けながらも災害をもたらす存在となった。浄化の種族が災いをもたらすなど皮肉じゃな』


 だけどそれは皮肉で済ませて良い話ではなく、この世界の存続に関わる話。キリテは、旅の同行を受けるしか出来ない。


「その、天族の名は……」

『ミルテ。母である天族はそう呼んでおった筈じゃ』


 その言葉に、キリテは強く歯を食いしばった。


 幻と言われている天族が二人いる上に、二百年前と言う言葉にキリテは反応した。

 その上キリテとよく似たミルテと言う名前。それが指し示す物は――。


「天族の住む場所に、帰ったんじゃなかったのかよ……」


 母さん。

 そう声なく呟いたキリテは、迷子の子供のようだった。


「……キリテ様は、あの天族とお知り合いなのですか?」


 意を決したようにシュレリアが声をかけると、キリテは小さく頷いた。


「ミルテは、二百年前に母親と共に去った妹だ。当時はまだ上手く歩けなくて、良く俺に抱っこをせがんでいた……」


 だからキリテはルルの扱いに慣れていたのだ。二百年前とは言え、ルルよりも幼い妹がいたから。


「あの時、母さんを無理にでも止めるべきだった……。そうすれば、母さんもミルテも、里で笑っていたかもしれないのに……」


 白い頬を涙が零れ落ちる。それはどんな宝石よりも綺麗に見えた。


 乱暴に涙を拭うとキリテはシュレリアを見た。


「歪みを封印すれば、ミルテは助かるのか?」


 その言葉にシュレリアは困ったように眉根を寄せた。


「申し訳ございません。わたくしは呪術には詳しくないので……」


 それはそうだろう。聖女が呪術に詳しいなんて聞いたことがない。呪術は魔女の領域なのだから。


「ですが、ミルテ様の事も助けたいのはわたくしも同じです。どうか、ミルテ様を助けるためにもお力をお貸しください」


 真っ直ぐにキリテを見て願うシュレリアに、今度はキリテは拒絶しなかった。


「ミルテを助けるためなら、俺の力なんていくらでも貸してやる」


 その言葉にシュレリアは歓喜の表情を浮かべた。


 彼女たちの二度目の旅は、無事に出発出来そうだ。

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