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魔女の旅路  作者: ゆきのん
プロローグ
2/33

聖域の守護者

「帰れ」


 シュレリアに無理のないペースで進んだ結果、丸一日かけてたどり着いた聖域で私達を待っていたのは、見上げるほどの大樹と、そこから降りてきた冷たい声だった。


「ここは聖女が眠る場所。如何なる者も足を踏み入れることは許されない」


 恐らく、聖域の守護者。

 先代に挨拶にと連れてこられた時にも、同じように大樹の上から声がした。その時と同じ声。


 この聖域には一人の聖女が眠っている。


 どんな聖女か、どうして眠っているのかは先代も知らなかった。それでも、確かにここに聖女はいる。


 大樹の上にいるであろう聖女を守る守護者がその証。そして暗き森にも流れている聖水の混じる小川もその証拠。


 聖水なんて自然に湧き出る所はあっても量が少ないし、聖女であっても癒しか水に特化した聖女でなければ作り出すのは難しい。

 恐らくだけど、その先で眠る聖女は癒しか水に特化した聖女なのだろう。


「この聖域を守る守護者様と見受け致します。わたくしはシュレリア。封印の小箱に選ばれた聖女です。この度は精霊様のお導きにより参りました」


 そう言ってシュレリアが祈ると、シュレリアの前に宝石箱のような小箱が現れた。


 私は聖女に詳しいわけじゃないからか、初めて聞く聖女だ。


「グリンツ!」


 守護者がグリンツを呼ぶ。私がグリンツを呼びつけようものなら一瞬で潰されそうだけど、守護者は平気らしい。


『聞こえておる』


 私たちから少し離れた所に老人が姿を現す。いや、あれは老人のような見た目をしているが精霊で、暗き森の主であるグリンツだ。

 ちなみにモーラは薄茶色の子犬みたいな見た目で、私が先代に拾われる少し前に生まれた精霊で、精霊としてはまだ幼い。


 ついでに言えば、私は量の多い赤い髪に暗い緑の目をしている。

 年は多分15。赤ん坊の時に先代に拾われた上に、この辺りでは正式な暦なんて新年を迎える日以外みんな気にしていないから、大体の人は生まれた季節になったら年を一つ重ねる。


 この国の神殿の本部は王都にあるみたいだからシュレリアとカテナは多分きちんと細かい月日も分かっていると思うけど、見た感じ二人とも二十歳前後だと思う。


『聖域に引きこもっているそなたらは知らぬかも知れぬが、少しずつ世界は歪んできておる。歪みは世界を滅ぼす。故に我らは封印の小箱の使用を許した。そしてかの聖女が選ばれた』

「それは感じていた。微かにだが空気が淀み始めている。だが聖女が目覚める気配はなく、聖獣も聖域の外に出ることは出来ない」

『わかっておる。我らがかの聖女たちをここに導いたのは、聖女や聖獣の力を求めてではない。かの聖女たちと会わせたかったのはお主だ』


 静かな、だけど重厚なグリンツの声音に、樹の上で守護者が動いた。


 上の方でがさりと木の葉が揺れ、耐えきれなかった葉が落ちてくる。だけどそれよりも先に、天使が降りてきた。


 冗談みたいだけど、そうとしか言えなかった。


 余り長くない淡いピンクの髪がふわりと風に靡く。

 整った顔立ちは私が今まで見てきた中で一番の美人。

 抜けるように白い肌、薄い唇。整った顔立ちで目を伏せていると等身大サイズの人形のようなのに、目を開けると長い睫毛に縁どられた金の瞳は強い光を孕んでいて天使が生きていることをしっかりと主張している。


 そして何より、その背中に見える白い羽。


 羽を持つ存在なんて、物語で聞く天使ぐらいしか思い当たらないし、大樹からの木漏れ日が優しく照らすその姿は、清らかで神々しい。


「天使様……」


 思わずと言った様子でシュレリアの唇からその言葉が零れた。


「誰が天使だ」


 だけど天使は不機嫌そのもので眉根を顰め、低く呟いた。


 先ほどまでの守護者らしい口調はどこに行ったのか、今は同年代の不機嫌な美少女にしか見えない。


『封印の小箱の聖女、彼がお主と会わせたかった者だ』


 グリンツはそんな様子を歯牙に掛けないが、シュレリアとカテナはグリンツの言葉に動きを止めた。正直、私も一瞬止まった。


 確かに天使はぱっと見私と大差ない十代半ばで、ゆったりとしたズボンに上に羽織ったポンチョと体の線が分からない服を着ている。

 だけど正直聖女として磨かれているシュレリアよりも綺麗だ。


 その麗しの天使が男?


「男……!?」


 愕然としたカテナの言葉は、私達三人の心を真っすぐに表してくれた。


 美少女天使様だと思ったのに、美少年天使とか詐欺だ。


「誰も女だなんて言ってねぇぞおい」


 しかも口が悪い。


 ぱっと見清楚で神々しい天使なだけに、色んな意味でダメージが大きい。


「あの……天使様のお名前をお聞きしても宜しいでしょうか……?」


 シュレリアもいつもの微笑みが崩れかけている。それでも名前を聞けるのは凄い。


「天使じゃねぇってんだろうが。まぁ良い。俺はキリテ。この聖域の守護者だ」


 舌打ちする姿も絵になるのは天使様への憧れフィルターがあるのかも知れないが、キリテが話を聞く気になってくれたのは助かった。一方的に拒絶されていたら、きっとシュレリアは帰ろうとしなかったから。


「先ほど名乗らせて頂きましたが、わたくしはシュレリアと申します。彼はカテナ。私の護衛です。彼女はここまで案内していただきました暗き森の魔女様です」


 カテナは小さく頭を下げたのを見て、私も同じように頭を下げる。


 グリンツと同格ならもっときちんとしたほうが良いかもしれないけど、下手して怒られる方が厄介だからとりあえずはこれで。


「グリンツ様を始めとする精霊様方が、どうしてわたくしたちをここに導いたのかわかりました。キリテ様に聞いて頂きたいことがあります」


 真剣なシュレリアの言葉に、キリテは私たちが来たのとは別の方向を見た。


「ここで長話もなんだ。ついてこい」


 そう言うと、キリテは返事も聞かずに歩き出した。


「翼があるのに歩くんだ……」

「だな……」


 思わずポツリと呟くと、カテナが呆然としたまま頷いた。


 護衛騎士らしくと言って良いのか分からないけど、あんまり自分から話さないカテナだけど、たまに口調が雑になる。庶民出身だと言うし、多分素の口調はこっちなんだろうな。




 後を追ってついて行った先には、小さな村があった。森の中に隠れるようにひっそりと。


 キリテ以外は普通の人みたいだけど、聖域の中に村があるなんて思ってもいなかった。


「ここは……」


 聖域に村があるとは思っても見なかったのか、シュレリアとカテナも戸惑っているのは見てわかる。


「聖域に一番近い村だ。この村が聖域で採れる薬草を集めて、次の村がその薬草を外のものと交換している」


 ざっと見た所家は二十軒もない。子供の姿も見えるけど、大人がすぐ傍にいて抑えている。


 見慣れない余所者に警戒しているが、キリテが一緒だからか拒絶されることはない。そんな感じだ。


 そんな中でキリテは酷く目立つけど、気にした様子もなくそのまま村外れの大樹に向かう。


「この上だけど……お前ら登れなさそうだな」


 指差された先にあるのは幹が幅5mはあるであろう大樹。

 高さはぱっと見では分からなくて、都会から来た人が木登りするには難易度が高すぎる。


「ルル! 階段作ってくれ!」


 木の上に向かってキリテが叫ぶと、少し間をおいて大樹の幹からぽこぽこと傘の平たい大きなキノコが生えてきた。そしてそれを使って小さな人影が降りてくる。


『シテ!』


 それは猫耳と尻尾の生えた3歳ぐらいの子どもに見えた。

 ふわふわとした肩までの薄茶の髪に、キリテと同じ鮮やかな金の目。ただ全長は50㎝程で、モーラ同様まだ幼い精霊だと思う。


「降りてこいとは言ってないが?」


 抱き着いてきた子どもを片手で抱きとめると、キリテは上がるように促す。


「早くした方が良いぞ。ルルの力だと二十分ぐらいしか持たないから」

「上がります」


 持たないのが何か考えるまでもなく、私はキノコに足を乗せた。

 人一人ぐらいなら乗れるけど、ちょっと弾力があって油断したらバランス崩しそう。


「危ないぞ」


 思わずと言った様子でカテナが止めに来るが、へっぴり腰のカテナのほうが危ないだろう。


「私は魔女。樹の上での採取もあるから慣れているし、万が一落ちても自分で対応できる。二人は木登り経験あるの? 二人のほうがどう考えても危ないと思うけど」


 流石にこの大樹程の樹はないけど、良くあるサイズでなら先代にしごかれたおかげで樹の上にのぼるのも、樹の上から自力で降りるのも慣れている。


「キノコは二十分ぐらいで消えるって。早く登ったほうが良いよ」


 とりあえず先に上って、ちゃんと登れることを目の前で見せたほうが良いだろう。


 ある程度まで登って下を見ると、カテナがシュレリアの手を引きながら恐る恐る上がってきているのが見えた。

 初めは怖いかも知れないけど、慣れたら大丈夫だろう。




 上まで登ると開けたスペースがあり、厚手のカーペットが敷かれていた。

 キリテとルルと呼ばれていた精霊の姿はなかったが、グリンツがお茶を飲んでいた。

『遅かったのぅ』

「二人に発破をかけていましたので」

『そうか』


 対して気にした様子も見せずにお茶を啜ると、グリンツはその場から見える景色に目を向けた。


『暗き森の魔女、其方にはわかるか? ここより遥か遠くの地で、歪みが日に日に大きくなってきておる。このままでは世界が歪みに飲み込まれるのも遠くはない』


 グリンツの視線の先は、私には平和な森の風景にしか見えない。だけどグリンツには私が見ているものより、ずっと遠くが見えているのだろう。


「それをどうにかするために、シュレリアがいるのですよね?」

『その通りじゃ。とは言え、封印の小箱の聖女に出来るのは歪みの封印のみ。そこに至るまでは、聖女一人では無理であろう』

「大丈夫ですよ。シュレリアにはカテナって言う護衛がいますから。強いかどうかは知りませんが」


 そうシュレリアは一人じゃない。カテナがいるんだから大丈夫だろう。


 ただ、二人を見ていると少し羨ましくなる。


 魔女は孤独な存在。

 跡継ぎが見つかるまで、触れ合えるのは精霊達か客だけ。


 だから、あんな風に手を取り合って前へ進める人がいるのは羨ましい。


「やっと来たか」


 頭にルルがくっ付いたまま、コップの乗ったトレイを持って奥から出てきたキリテの視線の先には、緊張からか疲労困憊で、でもしっかりと手を繋いでいるシュレリアとカテナの姿があった。


「お待たせ、いたしました……」


 震える足を必死に抑えて何とか歩を進めるシュレリアに、私は筋肉痛に聞く薬を鞄から取り出し、そっと差し出すのだった。

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