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魔女の旅路  作者: ゆきのん
プロローグ
1/33

暗き森の魔女

 私は魔女だ。


 暗き森に捨てられていた所を、魔女に拾われ育てられた。


 私を育ててくれた魔女は少し前に死んだ。


 髪は真っ白で、しわしわで、手は枝みたいだったから、多分老衰。

 家族と呼べるのは魔女しかいなかったから悲しくて沢山泣いた。沢山泣いた後は、私が暗き森の魔女になった。


 魔女は人に害をなす者もいるけど、基本的には薬やまじないを近隣住民に渡し、代わりに必要な物を貰う、少し変わったことが出来るだけの隣人だ。


 ただまぁ、薬の材料やまじないの道具作りに必要な物を確保するために人里離れた所に住む者が殆どなので、やっぱり変わり者扱いされるけど。


 だからと言って、いや、だからなのか、こんな変な客が来るのはやめて欲しい。


 腰まで届く髪は見たこともないぐらいさらっさらで艶々の紺色。

 ぱっちりとした明るい緑の目は長い睫毛に縁どられて、肌は抜けるように白い清楚系の美人。

 顔立ちは派手ではないけどきちんと手入れされているのが一目でわかる上、ずっと微笑んでいて胡散臭い。


 着ている物も白地に金の縁取りのついた魔術耐性の施された超上等なローブで、どこをどう見てもお貴族様。個人的に関わりたくない種族堂々のナンバーワンだ。


 お貴族様は種族名じゃないって?


 分かってる。でも奴らは一般市民と自分たちと同じ存在だと思っていないのだから、違う種族だと思っても良いじゃない。


 一緒に居る男も短いけど綺麗に切り揃えられたさらっさらの銀髪に青い目の整ったイケメン。


 女の方が先に入って来たり、男が扉を開けたりしていたから多分護衛かな。


 だけど護衛もしっかり魔術耐性の施された鎧を着ている。

 この鎧だけで四人家族が2年は暮らせるだけの代物だ。


 ちょっと、いやかなり良いローブは庶民でも裕福な方なら何とか買えるかもしれないけど、魔術耐性は正直凄くお金がかかる。


 魔術耐性を施すに術者の力量も必要だし、媒体となる素材がいる。そして素材は品質によるけど一般市民には手が出せない値段だ。


 そもそも市民はそんな上等な鎧を身につけることはない。やっぱりお貴族様だ。帰れ。


「道に迷ったのでしたらあちらの道を道なりに進めば村に出ます。村のすぐ傍には最終的に王都へ繋がる道もありますし、週に2本ですが乗合馬車もあるのでそれを利用するのもお勧めです」


 淡々とそう告げると、目の前の二人組は揃って目を瞬かせた。


 関わりたくない人には見かけ丁寧だけど押しは強く追い返す。それが私のやり方。


「い、いえ。わたくしたちは道に迷ったわけではなく」

「それでは薬をお求めでしょうか。ですがここはしがない魔女の店。王都の方が、沢山良い薬もあると思いますよ」


 暗にここにはお前らの求めるものはないと伝えるが、ローブの女は困ったように眉を寄せるだけ。


「私たちが用があるのは暗き森の奥です。この森の奥に行く許可を頂けませんか?」


 今度は焦れたように男が口を出してきたが、その言葉に私は考えるまでもなく答えていた。


「却下」


 暗き森は私が魔女から引き継いだ。それと同時に私が暗き森の魔女になった。


 魔女は自分が住まう場所を管理する者でもある。勿論私も暗き森を管理している。

 分かりやすく言えば、私以外家がある森の浅い所までしか私以外は入れないようにしている。


 暗き森は結構広い。そしてその奥には実は聖域がある。

 聖域は暗き森ではないから私は入れないけど、魔女から精霊が許した人以外誰も通してはいけないと言われている。だから通さない。


「お願いします。わたくしたちは聖域に行かなければいけないのです」


 ローブの女が頭を下げる。


 お貴族様が庶民、それも魔女に頭を下げるなんてありえない。それだけの物が聖域にあると言うのか。

 いや、それ以前に何故この先に聖域があることを知っている?


「わたくしたちは今、世界に訪れている異変を解決するために旅をしています。その解決のためにこの先にある聖域にいる人の力が必要だと精霊たちが言うのです」

「精霊たちが……」


 この世界は普通に精霊に居る。


 暖炉の火には火の精霊がいるし、水瓶の水や近くを流れる川には水の精霊がいる。それどころかそこらへんの地面には大地の精霊が遊んでいるし、空気中では風の精霊たちが遊んで風を吹かせたりしている。


 精霊は普通にどこにでもいるけど、精霊が見えたり会話を交わせたり、契約して思うようにその力を貸して貰えるのはごく一部の人だけだ。

 幸い、魔女は精霊に好まれやすい。私も大地の精霊と契約を結んでいる。


「モーラ」


 契約している精霊の名前を呼ぶと、植木鉢からまだ幼い大地の精霊が顔を覗かせた。


 基本的にどこにでも自由気ままにいる精霊たちだけど、流石に媒体となる物がない所では具現化出来ないらしい。


 モーラは大地の精霊だから土。我が家の床は板張りだから、出入りは植木鉢から行っている。


「まぁ、大地の精霊様ですね。わたくしはシュレリアと申します」


 ローブの女はシュレリアと言う名前だった。


 シュレリアはしゃがみこんで植木鉢の中にいるモーラと視線を合わせようとしている。しかも家名を名乗らなかった。ありえない。


 私は魔女である以上、お貴族様がやってくることも稀にある。

 そんな時、お貴族様はいつも偉そうだ。


 一方的に名前を言って、あれを寄越せ、これを寄越せと無茶振りをして、しまいには支払わずに帰ろうとするバカもいた。

 勿論そんなバカはきちんと呪って差し上げた。迷いの呪いと、禿の呪いと、一か月ぐらい足の小指をぶつける呪い。

 そしたら迷って帰れなくなったバカ共が助けを求めるから、私から奪った商品の相場の倍の値段で迷いの呪いを解く。その後は、まぁバカ次第だ。


 きちんと謝りに来るなら残りの呪いは解くけど、謝りに来ないなら呪いはそのまま。

 小指の呪いが解けてほっとした頃から薄毛になっていくのだ。


 薄毛が呪いだと気づかないバカは、必死になって毛を生やす薬を求めるらしい。

 そう町の薬屋から聞いた。


 魔女は適正価格でしか売らない。

 それを出し渋った時点で相手は客ではなく敵となる。


 それはどの魔女でも共通のことだ。


 尤も、商品は同じでも相手によって値段が違うけど。同じ庶民からは物々交換だし。


 お貴族様のおバカ加減はともかく、シュレリアは良くいるお貴族様とは違うみたいだ。


「モーラ、この二人が聖域に行きたがってるんだけど」

『グリンツ、聞いてくる』

「うん、お願いね」


 グリンツと言うのはこの森の主のような精霊で、聖域に通して良いかどうかは彼に聞くことになっている。


 ただのお貴族様のお遊びなら付き合う気はなかったけど、精霊たちの導きで、精霊に敬意を払うならこちらもそれなりにきちんと対応する。それが魔女の流儀。


 私たちは、精霊によって生かされているのだから。




 モーラが帰ってくるまでの間、とりあえず私はお茶を出すことした。


「有難うございます。変わった匂いですね」

「裏で育ったハーブを使ったハーブティーです」


 精霊たちが気ままに育てているハーブは、そのまま薬の材料になったりハーブティーになったり大活躍だ。

 気ままだから育っている物がその時その時で違いすぎて、気に入っても次飲めるのはいつになるか分からないのが難点だけど。


「ここは貴女一人でやっているのですか?」

「そうですけど?」


 魔女の店は基本一人。例外は跡継ぎが出来た時だけ。


 私はまだ引き継いだばかりだから当分一人だ。

 寂しくないと言えば嘘になるけど、精霊たちがいるから結構賑やかだ。


「遅くなって申し訳ございません。わたくしはシュレリアと申します。彼はカテナ。わたくしと一緒に旅をしています。魔女様のお名前をお聞きしても宜しいでしょうか?」


 にっこりと微笑むシュレリアに対して、カテナは若干私をにらんでいるように見える。

 やるなら相手になるぞ?


「私は暗き森の魔女。それ以外の名前はないわ」


 そう、魔女に名前はない。それぞれが管理する場所の名前が魔女の名前代わり。だから私は暗き森の魔女。


「面倒なら単純に魔女って呼べば良いわ。この森周辺なら魔女って言えば私しかいないから」


 魔女の縄張りは隣接しない。それはお互いの領域を守るためであり、お互い争わないためでもある。


 他の土地に用がある時は、敵意がないことを表すために予め連絡を入れておいて、その土地に行った時に挨拶に行く暗黙のルールもある。


 自由なようで地味に縛りが多いのよね。


 名前がないと知って困惑気味に顔を見合わせるシュレリアとカテナを余所に、私はお客様用のクッキーを出した。

 一番近くにある村の村長の奥さんが焼いたものだからお貴族様の口には合わないかもしれないけど、そもそもお貴族様を持て成す気はないから仕方がない。


 もぐもぐとクッキーを食べていると、植木鉢からモーラが顔を出した。


『グリンツ、許可した。聖域の前まで連れて行く』

「あら、お帰り。そう……許可が出たのね。有難う」


 他の精霊の導きだからか、珍しくグリンツも森を通る許可を出した。


 グリンツは偏屈だし、暗き森を抜けた先が聖域なのもあってグリンツは滅多なことでは許可を出さない。

 先代の時から含めて、許可出たの初めてじゃない?


「森の主の許可が出たわ。二人が良いなら今からでも行けるけど、疲れてるなら明日にする?」


 何せ人の住んでいない森を超えるのだ。聖域に行く許可が出たとしても数時間で済む話じゃない。


「わたくしは」

「出来れば明日にして頂けますか? 後、今夜泊まる所があるなら紹介して欲しいのですが」


 シュレリアの言葉を遮ってカテナがいうが、まぁカテナの言うように今日は休んだ方が良いだろう。慣れない森歩きで思っている以上に疲れているはずだから。


「分かった。なら明日の昼前に。後泊まる所は二つ先の街へどうぞ」


 もしくは村長さんの所に泊めて貰えるように交渉するか。


 こんな田舎に、いつでも泊まれる宿があると思うな。


 ちなみに二つ先の街からここに来るまで、上手く乗合馬車に乗れて半日ちょっとだと言うのは秘密にしておこう。




 結局二人は戻る時間と労力を考えて、うちに泊めることになった。勿論有料だ。


「魔女様は何でも出来るのですね。わたくし、幼い頃に神殿に拾われて以来お勤めしかしてこなかったので、女として恥ずかしいです……」


 シュレリアは私と同じ部屋、カテナは店舗用のスペースで休むことになったのだが、この二人、今まで宿泊は宿頼りだったようで家事はろくに出来なかった。


 初めはシュレリアが夕飯作りを手伝おうとしてくれたけど、余りにもおぼつかない手つきにカテナに引き取ってもらった。

 正直、刃物の扱いも料理も、シュレリアよりカテナのほうが上手だった。


 そして意外だったのが、このお貴族様としか思えないシュレリアはお貴族様ではなく、神殿の定めた聖女であり、拾われるまでは孤児だったというから驚きだ。

 ついでにカテナもお貴族様ではなく、庶民出身の神殿騎士だとか。


 胡散臭い笑顔だと思っていたら、聖女らしく見えるようにいつも微笑んでいるのだと教えてくれた。

 心の中とは言え、胡散臭いと思ってごめん。


「神殿から出る用がなかったら困ることないんでしょう? だったら良いんじゃない?」


 世の中適材適所だ。シュレリアはお勤めで神殿を支えて、神殿の人たちはシュレリアを支える。それで良い。


「それより、もう寝るよ」

「あ、はい。有難うございます。お休みなさい」

「お休み」


 お休みなんて言うのも言われるのも、先代が元気だった頃以来だ。

 少し擽ったい気持ちになりながら私は部屋の明かりを消した。


 疲れがたまっていたのか、枕の下に仕込ませておいたハーブが効いたのか、シュレリアの寝息はすぐに聞こえて来た。

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