新しい生活
目が覚めて見覚えのない天井に戸惑い、ここが実家でないことを思い出した。クゥクゥとお腹が鳴る。こんな状態なのに体は正直だなと呆れてしまう。
侍女に身支度を整えて貰い、食堂へ向かうと辺境伯はいなかった。そういえば彼の名前も教えて貰っていない。
何か嫌なことをされるのではと警戒していたが、きちんとした朝ごはんがでてきて、驚く。食べきれないほどだ。
今のところ蔑ろにされることはないようでほっとした。
「旦那様は?」
「部屋で取られるとのことです。奥様はゆっくり召し上がられてください、とのことです」
部屋で一人食事をするのも寂しかったけれど、広い食堂で一人の食事も寂しい。けれど食事はどれも美味しくて、胃袋に染み渡った。
食後は屋敷内を散策することに決めた。使用人が案内してくれた。いくつかの部屋と図書室に遊技場まである。屋敷から出ずともずっと過ごせそうだ。
階段を昇り下り、歩き疲れた頃に昼食の時間になった。昼食も一人きりだった。
美味しい食事に満ちたりた後、勧められるまま中庭へ出てみる。意外と広く、優しい色の花が植えられ、蝶々が飛んでいる。
奥へ進むと木のベンチが置かれて、辺境伯が腰掛けていた。
私に気がつくかなと視線を送れば、彼は眠っているようだ。午後の温かい日差しは心地よい。
彼を起こしてはいけないので来た道を戻ることにした。
それにしても噂とは随分違った印象だ。船を漕ぎながら眠る姿はただ日向ぼっこを楽しむ老人そのものである。大体あの細くしわしわの腕で鞭を振り下ろすことなどできるのだろうか。
その後の夕食も一人だった。
やはり彼には避けられているようだ。悪女という話を彼も聞いているのだろう。
それでも美味しいご飯に温かい寝床があるだけで私には充分幸せだ。
少しだけ、ほんの少しだけ、寂しいなと思いながらも私は眠りについた。