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老辺境伯

「では暫しお待ちください」


 通された応接室で夫となる人を待つ。不安で胸が押しつぶされそうだ。

 それにしても冷酷な辺境伯の住まい、というには温かな色調の家具が置かれている。窓の外には庭が広がり、手入れされた植木や花々が目に映る。


 ふと視線を感じ振り返れば、高齢の男がじいっとこちらを見ていた。慌てて立ち上がり、頭を下げる。


「あなたがブランシェ・テネーブルか?」

「は、はい。この度は……」


 視線を合わそうと彼の目を見たが、ふいと視線を反らされてしまった。昔は背は高かったのだろうが、その腰は曲がり顔は皺だらけだ。初めての結婚はたとえ政略結婚であっても年の近い人とがよかったな、とぼんやり思う。


「私がこの屋敷の主人だ。初めての結婚が私のような者で気の毒だな」

 どこか自嘲気味に鼻で笑う。


「いえ、そんなことは」

「結婚式も不要だろう。あなたの部屋を準備している。屋敷内では好きにして貰って構わない」


 口早にそれだけ言うと去っていった。


「お部屋を案内しましょう」


 声をかけられ付いていく。てっきり狭い部屋に押し込まれると思ったが、広く日当たりのいい部屋に案内された。


 部屋に一人きりになると緊張がほぐれたのか、涙が出てきた。こみ上げる嗚咽を止めることができない。それでも口を抑え、漏れ出ぬようにする。


 幸せな未来が全部、全部消えて決まった。ここで私は一生を過ごすのだろう。


 泣き疲れ、いつの間にか眠ってしまったのだろう。控えめなノックの音が聞こえた。返事をすれば夕食前に手伝いに来たと女性がやって来た。これから侍女として側にいてくれるようだ。

 嫌がらせをすることも、馬鹿にすることもなく、準備を整えてくれた。


 案内された食堂には既に辺境伯が待っていた。会話はなく、ただ順番に食事が運ばれてくる。給仕された食事はどれも美味しかったが、胃が苦しくてほとんど残してしまった。



 夜がやって来た。

 大好きな人に捧げるはずだった大切なもの。その大切なものは今宵あの男に……。


 私は唇を噛み締めた。せめて痛いことをされないといいと願いつつ、その時を待つ。


 しかしやって来た侍女が口にしたのは拍子抜けする言葉だった。


「旦那様はお一人で休まれます。奥様もゆっくり休まれるように、とのことです」


 噂によると女好きと聞いていたが、お眼鏡にかなわなかったのだろう。安堵のため息をつく。それにしても女好きと噂のある辺境伯からも避けられるとは。


 ほっとすると同時に口寂しくなった。夕食が入らなかったのだから無理もない。そういえば義妹がくれた菓子があったなと思い出す。


 もしも腐っていたら、いや、もしも毒が入っていたら。いや、入っていても構わない。


 箱を手にし、蓋を開いた。


「え?」


 目に入ったのは菓子ではなかった。

 キラキラ輝く母と同じ瞳の宝石、昔まだ母がいた頃気まぐれに父から贈られたアクセサリー、昔婚約者がくれた宝石……。箱の中に入るだけ詰められていた。


 なんで、どうして?あの子は私を疎んじていたのに。


 宝石を取り出し、近づけて見るが本物のようだ。ふと気になることがあり、中身を全て出した。そして菓子箱の底の紙を爪でそっと剥がしていく。

 中には紙片が入っていた。


「ブランシェお姉様、どうか幸せになって ビアンカ」


 たった一言書かれた紙。わけがわからなくて、私は宝石と紙を再び菓子箱に押し込み、クローゼットの奥へ隠した。


 クローゼットの中には数枚ドレスがかけられていた。どれも新しいものだ。まさか辺境伯が用意してくれたのだろうか。いや、以前のこの部屋の持ち主の物かもしれない。


 私は考えることをやめ、ベッドに潜り込むことにした。

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