辺境への道
用意された馬車に乗り込むとため息を一つ吐く。
本当は泣き出してしまいたいけれど、義妹の侍女にそんな姿は見せたくない。
「あなた本当は何やらかしたんですかあ?」
侍女が乗り込んで早々に話しかけてきた。使用人にあるまじき口の聞き方だがそれを指摘しても仕方がないだろう。
「何もしていないわ。だって私、学園にも通っていないのよ」
殿下も義妹も貴族の子どもが通う学園へ行っていた。私も通いたかった。けれど学費の無駄だと母が亡くなってから中退させられたのだ。幸い王太子の婚約者として恥ずかしくないよう家庭教師はつけて貰えた。
「あの尻軽そうなお嬢さんとホントに接点ないんですかあ?」
あの女性は私が彼女を虐め、酷いことをし、それをずっと耐えてきたと言っていた。けれども私はずっと家と王宮の往復だけで学園には行っていない。
けれども婚約者は彼女の言い分をを鵜呑みにし信じたのだ。
確かに最近婚約者に会うことがなかった。昔はもっと二人でお茶をしたりしていたのに。いつからそれがなくなったのだろう。
「ま、王太子の婚約者なんて誰もが憧れますからね。羨まれていたんじゃないんですかあ」
馬鹿にしたように告げられ、唇を噛み締めた。
馬車は止まることなく走っていく。それにしても見た目に反してこの馬車は乗り心地が悪くない。少しは私のことを思ってくれているのだろうか、それともテネーブル家に気を遣ったのか。きっと後者だろう。
王都を離れたからだろうか、少し肌寒さを感じる。それを怯えと捉えたのか、侍女が口角を上げた。
「そんなにぷるぷる震えなくてもとって食べやしませんよ?」
「震えてなど、いません」
せめて強く見えるように振る舞わねばと背筋を伸ばした。
「嘘つき、小動物みたいに怯えてる癖に」
「そんなことありません」
小声で呟くが説得力はないだろう。
「例えば私が肉食獣だとして」
獰猛な視線が獲物を睨めつける。
「おとなしく食べられちゃいます?」
食べられるのは嫌だ。
「それとも逃げちゃいます?」
小さな声でそう侍女が言った。
どういうことだろう。辺りは暗闇、民家もあるかわからない。もしかしてお供が面倒だからと途中で降りろと言うのだろうか。
「まあ兎さんは逃げられないですよね」
馬鹿にするようにそう言うと侍女は目を閉じた。どうやら一眠りするようだ。私は頭の中で彼女の言ったことを考えていた。
逃げる。ここから、逃げ出す。辺境には行かないで、逃げ出す。
そんなことできるのだろうか。虐げられていたとはいえ、家もあり食べ物も与えられ、働くことなく生きていた。食べ物を得る方法もわからない。
今途中で馬車を降りて、そこに民家がなかったら?民家があっても素性のわからない女を受け入れてくれるのだろうか。
私にはもう辺境への道しかないのだ。
「私は逃げません」
「……へえ、逃げないんだあ」
寝ていた筈の侍女は小さく呟いた。