日常が崩れたのは
何が悪かったのだろう。
王妃教育は辛くて、それでも殿下の隣にいたいと精一杯努力した。
王妃様直々の教育は厳しく、毎日ピシャリと扇で叩かれてばかりだ。
そして教育が終わるとどこからともなくやって来て、傷だらけになった私の手を撫で回す、王の醜悪な手。慌てて振り解いたが、あの視線のおぞましさは忘れられない。
それでも殿下、王太子フロード様は私のことを大切だと言ってくれたのだ。
そっと目を閉じて、幼い頃を思い出す。
まだ小さい頃、森で獣に襲われかけた時のことだ。護衛達が助けに入り事なきを得た。
その時、僕は何があっても大切なあなたを守る、とそう言ってくれたのに。
お母様がまだ生きていた時はよかった。
父は家族を顧みなかった。母とは政略結婚で、彼には他に好いた女がいたのだ。今の義母である。
それなのに母は父のことを憎むことなく、私のことも大切にしてくれた。体は弱かったけれど。それでも元気な時は本を読んでくれた。
亡くなる少し前、母の瞳に似た色の宝石をお守りにと手渡してくれた。今は義妹に取られてしまったけれど。
母は手紙も残してくれた。何度も何度も繰り返し読んで暗記してしまった。
それも全て義母に焼かれてしまった。
せめて灰だけでも欲しい、と暖炉に手を伸ばせば頭から灰をかけられた。灰被りがお似合いね、と嘲笑われた。
ちょうど舞踏会に出かける前で、「そんな姿のおまえより私の娘の方が相応しいと思うわ」、と私を置いて義妹と出掛けてしまった。
母が亡くなり、その喪も明けぬ内やって来た二人。それでも義妹ができたのは嬉しかった。
最初は、姉さん姉さんと呼んで慕ってくれたのに、いつの間にか冷めた目つきでこちらを見るようになった。そして私の大切にしているものを、「これは私の方が似合うわ!」と一つ一つ奪っていった。母の形見も全部。
それだけではない。
私の母がいた時から仕えてくれた大好きな侍女も奪っていった。
いつの間にか母がいた頃の使用人達は辞めさせられ、代わりに義母が選んだ者ばかりに変わっていった。
暫くすると私の食事だけ部屋に運ばれるようになった。干からびたパンと野菜くずが浮かんだスープを与えられたが、さすがに王太子の婚約者にこれはまずいと普通の食事が出るようになった。
それでも父と義母、義妹のいる温かな食卓に私の席はない。
でもいつか愛する人と、婚約者と結婚すれば、この冷たい家から出ていけるとそう信じていたのだ。