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9 無自覚に餌付けしている騎士と知り合った俺

 明らかにドン引きした俺の問い掛けにフルフェイス兜の騎士から答えは返らなかったものの、無言のままゆっくりと俺を地面に下ろしてくれた。

 慌てたジェンナから上から下までどこも怪我はないかを確かめられつつ、俺は騎士のすぐ傍に立って見上げる。

 背も高いし逞しそうだし鎧ってか甲冑って言った方が適切な装備の中の人はたぶん男だろう。

 そう言えば皇都じゃ治安を護るために皇帝直属の騎士たちが巡回しているんだっけ。

 俺は咄嗟にうっわ不審者って思っちゃったけど、この世界じゃ鎧や甲冑を着た人間が街中を闊歩していたって何ら不思議じゃないんだった。

 何かすいませんっした!


 でも、んん? 通りの向こう側に居る彼の同僚っぽい騎士たちは兜なんて被ってないぞ?


 二人共まんま顔を出している。


 出で立ちだってこの人みたいに全身真っ銀銀な重装備じゃなくて、肩や胴体に合わせた板金を当てている他は(すね)当てや籠手(こて)を付けているくらいだ。軽装備って言っていい。

 武器は各自種類が違うのか腰に挿したり背中に背負ったりしてるけど、かっちょ良くマントを靡かせてキラーンと白い歯を光らせたナイスガイな笑みを浮かべて、俺を助けたこの騎士が戻るのを待っている。……騎士って無駄にイケメンが多くないか?


「チクショ~ッまたあんたかよ! いつもいつも鉄のオブジェかってんだ! 騎士は市民を護るのが務めなのに害してんじゃねえよ今のすっげえ痛かったホントめっちゃ痛かった慰謝料寄越せ!」


 わ~理不尽な訴えかつマシンガントーク。

 口は達者な少年は石畳に尻餅を()いたまま涙目で脳天を擦っている。たんこぶできたなこりゃ。

 年齢は身長から判断するなら七歳か八歳くらいか?

 でもすごく痩せてて栄養状態が宜しくなさそうだから、もしかするともう少し上なのかもしれない。何しろ小賢しそうだし。


「おいこら聞いてるのか騎士サマってばよ!」


 少年は尚もギャースカ喚いて図々しくも被害者面をしている。

 言っとくけど腹の子に何かあったら俺はお前を赦さなかったぞ。

 ……また腹の子が自分で魔法を使ってハインツにしたみたいに弾いたかもしれないけどな。それを考えたら、頭が血塗れの少年なんてスプラッタ~な姿を見たくはなかったから、やっぱりぶつからなくて良かった。


「おいガキんちょ。んなもんは自業自得だろ。まずは俺に言うべき言葉があるんじゃねえのか? ああん?」


 腰に両手を当てて悪役令嬢みたいに上からメンチを切ってやれば、少年は怯んだように「うぐっ」と息を詰まらせた。

 絶対に騎士の方が怖いと思うのに、どうしてぷりぷりしてても可愛い顔のアデレイドには怯えるんだよ。


 もしかして実はこの甲冑の人……ちょー弱い、とか?


 少年は「またあんたか」とか言ってたし、彼はどう見てもこの街で貧民として育ったんだろうし、顔見知り……いや兜見知りなのかも。

 とにかく、少年は急に大人しくなって俯いた。ろくに整えていないんだろう長めの茶色い癖っ毛が彼の顔を隠したけど、毛先がフルフルと震えているから怯えているのがわかる。


「レディ、どうぞ」


 その時、視界にぬっと俺の小物バッグが差し出された。気を利かせて銀の騎士が路上に落ちていたのを拾ってくれたらしい。正直ちょっと存在を忘れてたよ。

 ジェンナはバッグよりもこの少年が俺に危害を加えないかって心配してぴったりと俺に張り付いていたから、拾いに行けてなかったんだよな。


「あ、どうも」


 って言うか何だこの騎士様ってば喋れるのかよ。

 声はくぐもっていて聞き取り辛いけど、知らない声だ。

 なーんてうっかり気を逸らした隙に、少年は起き上がって脱兎の如く駆け出した。


「あっこら逃げるな!」


 伸ばした俺の手は僅差で空気を掴んだ。

 思わず歯噛みした俺だったけど、疾風の如く騎士が動いて少年の首根っこを捕まえてきた。


「放せよっ放せっ!」


 少年は手足をバタつかせて暴れたけど、逆に甲冑に素手をぶつけて痛そうに顔をしかめた。……アホだな。


「オレまだ何も盗ってねえだろ! 放せよ!」

「おいガキんちょ、未遂でも立派な犯罪だからな?」

「レディ、この子をどうしましょうか? いつもは携帯食を少し分けてやって見逃してやるのですが、今日はよりにもよってレディに無礼を仕出かしたので、少々灸を据えてやる必要があるかと」


 そりゃ悪い事をした子供を叱るのは大人の役目だけど、それよりも俺には気になる点があった。


「騎士さんはこいつを餌付けしてんの?」

「餌付け? ハハッまさか。自分はこの子の生活全般を助けてはやれないですけど、せめて腹を少しでも満たしてやれればとは思ってますが。某たち騎士だって腹が減っては生きていけませんから。戦場などでは特にね。食事は大事ですよ」


 こういう子供を見掛けたら放っておけない質なんだろう。良い人だな。


 だけどさ、餌付けじゃねえの?


 だってどう見てもこの少年はこの騎士に対して態度がでかい。知らない俺からしたらうわーこのガキんちょ向こう見ず~って思わず口に手を当てちゃう生意気さだ。こうも反抗的なのは気を多少なりとも許しているからじゃねえの? 少しくらい乱暴でも相手が怒らないってわかってるからだろ。


「えっとじゃあとりあえず下ろしてやってよ」

「わかりました」


 少年は唐突に放されたせいか、ドサリとまた尻を打って「いって!」と悶えた。


「ガキんちょ、俺に何か言う事は?」


 身を屈め目線を近付けた俺へとビクビクしながらも、少年は決してその目を逸らそうとはしない。おお、これは中々に根性がありそうだ。


「お前さあ、路上強盗を働こうとしたんだし、もしも捕まったら大目玉食らうってわかってる?」


 自分の行為が良くないって自覚はあるのか彼は眉毛を下げて視線を俯けた。


「全く、これで済むのを感謝しろよ?」


 制裁の意味合いを込めてコツリと額に軽く拳を当てると、彼はパッと顔を撥ね上げ信じられないって色を宿した。


「こ、これだけ? 殴らないのかよ?」

「どうして。殴って欲しいのか? 手が痛くなるし嫌だよ」


 少年はまるで救われたような顔をした。

 ああ、この子は……。

 汚れててわかり辛いけど、頬に幾つか痣がある。困窮して以前にも盗みを働いたんだろう、その際に捕まって殴られた痕に違いなかった。

 大都市の光と闇。

 いつの時代の歴史を見ても、とある国家の栄光の陰には光から零れ落ちた人々がいる。

 俺は少年の頬に無意識に手を伸ばして触れていた。痛かっただろうなって思ったら何かさ、俺が小さい頃怪我したらよく「痛いの痛いの飛んでけ~」って親とか祖父母なんかが撫でてくれたのを思い出しちゃったんだよな。

 少年がハッとして大きく目を瞠る。


「なっ、オレ、よっ」

「よ? ははっ、そんなに驚かなくても。痛いの痛いの飛んでけ~って知ってるか?」

「え? でもっ、オレ、よよよっ」


 驚き過ぎて硬直して上手く言葉も出ないようだった。


「よよよ?」


 騎士がふはっと噴き出した。


「レディのその綺麗な手が汚れると心配したんですよ。ほら、この子体洗ってないから」

「ああ、それで……」


 驚きもあるだろうけど、叩かれるかもって怯えもしたと思う。手先が汚れたくらいで叩くかよって笑い飛ばしてやりたかったけど、この世界の貴婦人の中には平気でそんなのもいるのは事実だって俺はもう知ってる。

 ……まあ頂点に坐す奴からして超絶物騒だもんなあ。ただ、あいつは汚いからって理由じゃその相手を害したりはしないと思うけど。

 俺が一人悶々と世界の不条理について考え始めていると、少年はすっくと立ち上がった。


「わ、悪かったよ!」


 それだけを言って今度こそ脱兎以上に脱兎の如く走り去っていく。

 その際、


「おいジョン!」


 騎士が彼に向かって何かを放り投げた。

 ぐるぐると紙に包まれた形状からして、きっとクラッカーか硬めの焼きパンあたりの携帯食だろう。……甲冑のどこから出したのかは見てなかったけど。或いは、ファンタジー冒険ものには欠かせないアイテム袋なんかのような収納用魔法具に入れていたのを出したのかもな。

 ジョンって言うらしい茶色い癖っ毛の少年は振り返ってハッとしてナイスキャッチ。フリスビー犬みたいに反射神経がいいな。体も柔軟そうだしもしも武芸を習わせたらその筋も良さそうだ。


「あ、捕まえますか?」


 思い出したように騎士が言って、俺はやんわりと否定に首を振った。


「いや、いいよ。反省はしたみたいだから」


 とうとう少年が横道に消えて、俺は視線を転じてまじまじと騎士を凝視した。

 やっぱ餌付けだろあれ。

 何かジョンって子とこの騎士は不思議な関係だな。


「何か?」


 ああ、こっちから見えないからって兜の中からも見えないわけじゃないんだった。外が見えない兜なんて危なくて誰が被るかってんだよな。


「いやその、助けてくれて本当にどうもありがとうって思ってさ」


 これは嘘偽りのない本心だ。そして奇抜な相手過ぎて危うく言うのを忘れるとこだった言葉でもある。


「そう気になさらずともよろしいですよ。レディを護るのは騎士としての存在意義かつ本分ですから」

「おお、騎士の鑑」

「恐縮です」

「おおーいエドゥアール隊長! いつまで油売ってるんですかー!」


 通りの向こうの騎士たちがとうとう痺れを切らしたようにして声を投げてくる。

 隊長って呼ばれてるし、イケメン騎士たちは彼の部下だったのか。


「今行くって。それではレディ、どうぞお気を付けて」

「え、あ、ちょっと待ってエドゥアールさん!」


 踵を返し掛けた騎士は、無表情に……って兜だから当然だけど、振り向いた。


「エドでいいですよ。敬称もいりません。何でしょう?」

「じゃあエド、エドと連絡を取るにはどうしたらいい?」

「某と、ですか?」

「うん。騎士の人たちって依頼すれば道中の護衛なんかもしてくれるんだよな?」

「ええまあ、行き先にもよりますが」

「一日二日の距離なんだけど、大丈夫かな?」

「そのくらいなら調整はつきますね」

「良かった」


 修道院まで何事もなく到着するためにも護衛は必要だよなって考えてたんだ。護衛料金は掛かるだろうけど、民間の護衛よりも国の正式な騎士に頼んだ方が安心だ。

 貴族たちは、領地に居る間は大抵がその家その家で護衛や私兵を有するからわざわざ依頼なんてしないけど、社交シーズンや何かで皇都に暮らす間は私兵をぞろぞろと連れては来れないから、皇都近郊に出掛ける場合騎士団に依頼するのが普通だった。


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