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8 街中で何か変なのに出会っちゃった俺

 ハインツが解放してくれる理由はハッキリとはわからないけど、この機を逃せば次はないだろうからさっさと退散するに限る。

 本音じゃ「俺の侍女によくも乱暴な真似してくれたなゴルアァ!」って怒りたかったけど、そんな事をして気が変わられても困るから言葉を呑み込んだ。赦せジェンナ……。

 さあ帰ろ帰ろ~ってそそくさと侍女を促して一歩を踏み出した俺だったけど、そこで動きを止めた。


「お嬢様?」


 俺より先に進んでしまったジェンナが怪訝そうに振り返る。


「……またこんな招待が頻繁にあっちゃ心臓に良くないよな」


 俺は俺だけに聞こえる声で呟いた。

 ここは一つ、策を弄するって程の巧妙なものじゃあないにしても予防線を張っておいて損はない。


「ジェンナ、先に行って馬車の手配しておいてくれないか?」

「え? ですが……」

「大丈夫だよ。ちょっと言い忘れがあっただけだから。終わったらすぐに行くし」


 頼むよ、と念押しすると彼女は俺が心配なんだろうけど、その本人からの命令でもあるってわけで渋々と従ってくれた。

 まあこれはさ、いざって時に飛び乗って出発進行~って逃げられるようにって布石だよ、ハハハハ!

 まあ、ハインツみたいな超スーパー魔法使いの前で通用するのかどうかは考えない、うん。

 ともかく、ジェンナがいなくなってからようやく俺は彼の方へと顔を向けた。

 ぶっちゃけこいつだって暇じゃあないだろうにいつまでこの場に留まってるんだって思う。俺に帰っていいって言った時点でさっさと(きびす)を返して公務に戻るのかと思ってたから意外や意外だよ。

 律儀にお見送り? いやまさかな。


 アデレイドは特別っちゃ特別だけど、それはあくまでもお気に入りって範疇だろ。


 それに妊娠がバレたら如何にお気に入りだろうと問答無用で殺されると思う。


 だってハインツ・デスカ皇帝陛下って男は血も涙もない危険な奴で、大目に見てもらえてるからって余裕ぶっこいてると、気付いたら首と胴が離れてましたー……なんて笑えない結末も冗談抜きにあり得る。


 よくあるような実は陰ながらマジ恋してました~なトキメキ展開はないだろ。


「なあ、一つ良いか?」


 もう今更言葉遣いを丁寧なのに戻してもかえって不審を被るとの判断の下、そのままの口調で訊ねれば、向こうはほんの少し眉を動かした。だ、駄目だったですかあ~?


「言ってみろ」


 ほっ、大丈夫そう。


「ええとあのさ、本音を言えばあんたと関係しちゃってからこっち、まだ気持ちの整理ができてないんだ」

「……それで?」

「うん、それで悪いけどしばらく招待とかそういうのは勘弁してくれ。整理が付いたらこっちからお茶にでも招待するからさ」

「しばらく……」

「そうそ、しばらく。だからそれまで待ってほしい。直接顔を合わせるのはなしで」


 皇帝陛下を茶会にご招待ってのは正直恐れ多いけど、こいつ主導で行動させるわけにはいかない。アプローチは俺の方からって体裁を整えないと不都合があり過ぎる。


「……私の顔を見たくない、と?」


 ぎゃーっす! 目付きが険呑になって何か空気が刺々しくなったんだけど。うっわどうしよ!


「そそそそんな失礼な事は思ってないって! まだあんたのその恐ろしくハンサムなご尊顔を直接拝して話すのは、アレした日を思い出してストレスなんだよ!」


 アデレイドの記憶を覗くのは無声映画を観る感じでもあるけど、彼女視点でスクリーン一杯にこいつとのアレが流れてるって何の嫌がらせだよ。しかも妙に艶っぽかったしなあこいつさー。そりゃあ婦女子が騒ぐわけだ。


「……ストレス、だと?」

「あっいやええとその~、はっ初めてだったから色々としんどかったって言うか、ほら女子って大変だから! 媚薬も使われてたしそのせいか体調も崩しちゃったし、まだ時間が必要なんだ!」


 どう大変かそこまでよく知らないながらも力説してみれば、ハインツは押し黙った。


「な? だから頼むよ。俺に時間をくれ、下さい!」

「…………」

「招待する時は、王様の結婚式かってくらいの誰もが羨む滅茶苦茶豪勢なお茶会にするからさ!」

「…………豪勢な結婚式?」

「そうそう豪勢な結婚式……じゃなくてお茶会なお茶会!」

「…………」


 豪華だろうと何だろうと臣下の屋敷になんぞどうして行かにゃならんのだとても思っているのか、ハインツは眉根を寄せて難しい顔をしたけど、駄目だとか嫌だとは言わなかった。……良いとも言わなかったけど。

 つい最近までおよそ二か月とちょっとの会わない空白期間があったんだし、次もそのくらいは平気だよな。二か月もあれば修道院にトンズラも余裕だろ。

 ……って言うか、おい何か反応してくれよ。気まずいような落ち着かない沈黙の中いつまでもここに留まっていたくないんだよ俺は。

 返事がないならもうこっちの解釈で行かせてもらうぞ。


「ではそう言う事で宜しくお願い致します。ご機嫌よう、ハインツ陛下」


 終わり良ければってわけでここだけお嬢様口調に戻して、一応はスカートの裾をちょっと抓んで持ってレディの挨拶ってやつをした。

 そうやって顔を上げて踵を返し掛けて、ふと目に入った赤に思わず足が止まる。

 ……正直腹の子がやったってのはまだ推測の域だし、こっちが悪いとは思わない。


「その手、俺は謝るつもりはないけど、早くきちんと消毒して手当てした方がいいよ」


 こいつって何となく自分の怪我とか病気とかに無頓着そうだなって思ったら、ついついお節介で言ってやってたけど、彼はこれにも明確な返事を寄越さずゆるりと瞬いてこっちを見ているだけだった。いやだからさあ、その沈黙が怖いんだって!

 俺から話はもうないってんでとっとと背を向けて歩き出したものの、もしやまだこっちを見ているのかと思ったら、ちょっと強引な締め方だったし腹を立てたハインツに背後からグサッとか刺される想像が浮かんだ。

 言い知れない緊張が込み上げてそろ~りともう一度念のためこっそり後ろに視線をやる。


「……そりゃーまあ、向こうだってそう暇じゃねえよな」


 石の廊下には誰の姿もなかった。





 迅速に馬車の手配を完了させていたジェンナと一緒に夕方ロジェ家に帰宅して、その日のうちに父親のロジェ伯爵からは修道院行きの許可をもらえた。


 馬車から降りて屋敷の使用人に伯爵が在宅なのを確認したその足で彼の書斎へと向かったんだ。

 最初は予想した通りハインツと疎遠になるのを心配して渋られたけど、とある文言を添えたら簡単にもらえた。


『――ハインツ陛下を怒らせてしまいました』


 帰りまでにはその怒りも解けたけど、実際に怒らせたし嘘はついてない。

 侍女のジェンナも「お二人には冷却期間が必要かと」なんて台詞を皮切りに、追い掛けられた挙句廊下でハインツが俺に詰め寄ったりした彼の行動歴を蒼白な面持ちで伯爵に説明してくれた。

 ナ~イスアシスト!


 ただまあ初めに女子修道院って単語が出た時はさすがに驚いて絶句してたけど。


 話を聞いた伯爵は、目敏くも俺のドレスに付いていた微量の血にも気付いて愕然としてたよ。その血は何だって問われたけど、俺は曖昧に笑みながら「ええとまあ色々ありまして」なんて敢えて言葉を濁した。あの時気絶中だったジェンナにだけは事実を話してあったから、彼女はここじゃ伯爵に勘ぐられるような下手な動揺は見せなかった。

 伯爵にハインツの怪我の件を隠したのは、聞いた途端に泡でも吹いて倒れそうだったからだけど、正解だったなー。

 彼は娘が皇帝の残虐行為の場に居合わせて、その際に飛び散った血が付着したとでも勝手に想像したんだろう、こうして五体満足で帰ってこれただけでも大ラッキーって思っているようだった。蒼白な顔で一人その場に両膝を突いて指を組んで滂沱と涙して天に感謝していた。まあ全身無事に帰ってこれてラッキーってのは同感だよ。

 伯爵夫人は確実に卒倒するからこの場には呼んでいなかったのも正解だった。

 怒らせてしまった陛下への贖罪の気持ちを明確に見せるために、修道院で一年は祈りを捧げたいって話したら、少なくともそこに居る間は命は取られないとでも思ったのか、涙を拭いた伯爵は神妙な面持ちで「わかった」とゆっくりと頷いてくれたっけ。

 寄付と称した滞在費用も出してくれるって言うから良かった良かった。

 まあでも先に修道院の方に意向を伝えて先方の返事を待って、部屋を準備してもらうのも当然オーケーをもらえてからだから、すぐには出発はできないってさ。そこはまあ仕方がない。

 俺はその日のうちに屋敷医のムンムにも報告した。

 彼からは必要なら自分でも少し金品を持って行った方が何かあった時に役に立つだろうってアドバイスをもらった。修道院だからって決して清貧な修道女(シスター)ばかりじゃないらしい。中には隠れてがめつく蓄財する不道徳な者もいるんだとか。

 そっかそういう相手を見極めて金をチラつかせれば、便宜を図ってもらえるってわけか。

 ムンムも中々にワルよのお~。まあ賛同した俺も大概だけどな。

 善は急げって言うし、明日にでも宝飾品を幾つか見繕って換金しよう。そう決めて、その日は精神的に疲れはした日だったけどトータルで見れば無事生きてるし計画も順調だしで、俺は穏やか~な気持ちでベッドの上で目を閉じた。


 翌日、早速と侍女のジェンナを連れて皇都の中心部に出掛けた。


 皇都の中心部には皇帝様の坐す宮城の他、教皇を戴く中央教会があり、その二つを一本線で結ぶ長~い大通り沿いには各種専門店が寄り集まっている。店舗も本店が多いのか他の地方にはない絢爛さで、業種を問わず見栄えを競い合うように軒を連ねていた。それもやっぱりここが国の中心たる皇都だからだろう。人通りだって大都市らしくいつも盛況だ……と、よくここに買い物に来ていたアデレイドの記憶からそんな知識を得た。


 ただその煌びやかさ賑やかさは、一歩薄暗い裏道に入れば鳴りを潜めるらしい。


 俺は宝飾品を入れてきた小物バッグを手に馬車を降りると、御者に待っているように伝えてからジェンナと連れ立った。

 目的地は通りの並びにある質店だ。

 路肩には他にも多くの馬車が停まっていたから、質店のすぐ前には停められなかったんだよな。まあだけど歩いたって微々たる距離だ。


「ジェンナはどこか寄りたい店はないか? あればついでに寄るけど?」

「滅相もございません。お嬢様のお買い物の最中にどうしてこちらの買い物などできましょうか!」

「真面目だなあ。ついでなんだし気にする事無いのに」


 苦笑していると、前方の細い横道から突然小汚い服を着た子供が飛び出してきた。

 しかもそいつはどうも俺の方に突進してきている。


 えっこのままじゃ身長差的にタックルを噛まされるんじゃね?


 ――腹に。


 これはきっと映画なんかじゃスラム街に暮らす少年がお金持ちから金目の物を盗もうとしているシーンになるんだろうな。体当たりして転ばせてその隙にバッグを引ったくるつもりだろ。

 だけど俺だってむざむざとお腹に攻撃を受けるわけにはいかない。

 それだけは絶対に駄目だ。

 今は宝石よりも何よりも大事な宝がいるんだから。


「お嬢様!」


 遅ればせジェンナも気付いて叫んだけど、彼女は俺の斜め後ろを歩いていたから余計にガードには間に合わない。


 俺はバッグを放り出して少年の狙いから外れようとしたけど、それがかえってあだになりそうだった。


 少年はこっちの予想と目論見通り俺の高級バッグを目で追ったけど、馬車と同じで人だってそんな急には止まれない。


 悪い事に俺から目を逸らしたせいで足を(もつ)れさせ、慣性に従って頭からこっちに突っ込んでくる。


 おいおいおいおい人間鐘突きか~~~~いッッ!


 俺は反射的に身を屈めお腹を両腕で庇って更には少しでも衝撃を和らげようと後ろに身を引いた。

 ぎゅっと体に力も入れ、筋肉のこの強張りが己の体を少しでも(よろ)うように強固にするのを願った。


 だけど二歩くらい下がった所で背中が何かに当たった。


 え、嘘だろ?


 後ろって壁だったっけ?


 だとしたらもろに少年と壁に挟まれて圧迫される!


 冗談じゃねえっ!


 一秒にも満たない間に焦った俺だったけど、両脚が掬われるようにしてふわりと体が浮いた。


「いっっってえええ!」


 直後、鉄板か何かに物体がぶつかるような鈍い音がして、少年のものだろう甲高い悲鳴が上がった。


 ななな何事!?


 わかるのは自分が誰かにお姫様抱っこされているって感覚くらいだ。

 両腕を体の前で女子っぽく縮こめる俺の見上げた先の顔は逆光だったけど、細部は見えないながらもそのシルエットから相手が何かはハッキリとわかった。


 ――騎士兜(ナイトヘルメット)だった。


「……はい?」


 しかもフルフェイスタイプの大兜だから中身が誰だか全くわからない。こっちからは目元すら見えないし。

 もう一つ言えば、神々しくもシルバーに輝いてて眩しい。

 ちょっと磨き過ぎだよ。まあ血がこびり付いてても嫌だけど。


 何はともあれ、まるで西洋風冒険ファンタジーゲームの中に出てくるようなカッコイイ銀鎧の騎士様が俺を助けてくれたらしかった。


「お、お宅、どちら様ですか……?」


 まあけど、現代日本の一小市民的には何ともシュールな中世の西洋兜なんて代物を被った相手が白昼堂々眼前に現れたせいか、礼を欠くにも程があるよな、俺は感謝どころか思いっきし不審者を見る目で誰何していた。


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