7 閃きの背景はやっぱり一本稲妻な俺
俺もハインツも呆然としてしばし互いを見つめた。
な、何だ今の?
静電気に似ていたけどそれではなかったように思う。
もしかして魔法か?
ジェンナは憐れ壁際で気を失っている。変な所を打ってないといい。
心配だし本当はすぐにでも駆け寄りたかったけど、たった今の現象に俺自身すっかり度肝を抜かれていて動けなかった。
結構凄い音がしたし恐々と自分の顎に手をやったけど、痛くも痒くもない。
怪我一つないようで良かった……。
一方、ハインツの指先は赤く染まっていた。
結構深いのか、だらだらと垂れ滴った血が石の床に一つまた一つと赤い斑点を増やしていく。
「あ、あんた、怪我を……」
もう完全に素の俺のままの口調で青くなったけど、ハインツの方も俺の言葉遣いにまで気を回している余裕がなかったのか、一度自らの赤い指先を見下ろして脇に下ろした。
そして正面の俺を見る。
いや睨んだ。
「アデレイド……」
「ひいっ」
そら怪我のないこっちが明らかに下手人って思うよな。
傍から見ていたら俺だってそう思う。
だけどハッキリ断言する、俺は無実だ!
何もしてないっ。何が起きたかもわかってないんだしっ。
だけどその主張が通じる相手かって訊かれると否としか言えない。
ハインツがゆっくりと血染めの指先を上げた。
「お前、腹に何を隠している?」
「へ?」
突然に指差しまでされてびっくりした。
無論「あんたの子供を」なんて言えないけど、ピンポイントで訊ねてくる辺り、まさか鋭くも気付いたのか?
これが感動の父と子の絆なのか!?
……っていやいやそんなわけはないだろ。絆どころか仮にそんなもんがあってもそれを粉微塵にしちゃうような男だろうし。でももし気付かれたんだったら俺の、アデレイドの命はない。
「な、何の話だよ?」
「誤魔化しても無駄だ」
いやだあああっ、マジで子供の存在を感知してるのか!?
ハインツは離れた分を詰めようと、一歩また一歩と近付いてくる。
やろうと思えば魔法で拘束なりさくっと首飛ばすなりもできそうなのに、俺のお腹へと手を伸ばしてくる。やっぱ獲物をなぶり殺すのは素手が一番だフハハとか思ってるのかもしれない。
凍りつく俺は最早足が動かない。
ハインツの手が伸びてくる。
死にたくない死にたくない死にたくないーッ!
刹那、バチィッ、とまた静電気もどきが生じて今度も彼の手が弾かれた。
その際ドレスに散った血が付いたけど、気にする者はここには皆無だ。まあジェンナが起きてたら気にしたかもしれないけど。
「ま、またさっきのが? でもどうして……」
当事者たる俺にも全くわからない。
でも今のもさっきのも、まるで全身に護りのバリアでも張られたみたいだって思った。
呆気に取られる俺を余所に、ハインツは余計に怪我の度合いが酷くなった手を痛がるどころかぎゅうと握り締め、胡乱な赤眼を向けてきた。
「さっさと言えアデレイド、その腹に何を仕舞いこんでいる?」
ちょっと表現が婉曲だけど、ああこりゃ妊娠悟られたって決定だよな。
でも城の医師の診察を受けさせられる前に言質を取られたらそれこそここでデッドエンドだろ。
俺は時間稼ぎの意図もあって往生際悪くも空惚ける事にした。どうせこの城で死ぬ運命なら最後までしつこく足掻いてやる!
「べっ別に何も~?」
「嘘をつくな。その服の下に仕込んであるだろう。さっきからずっとピリピリと感じている」
ピリピリ? 独特な感覚だな。名推理ばりに名察知するなら「こいつ妊娠している!」って背景にピーンって一本の閃光が走るとかじゃないのかよ。
そんなハインツは、また静電気みたいなのに攻撃されても不本意だからかこれ以上近付いてくる様子はない。
それに内心少しホッとしながらも、俺は依然気を緩めずに対峙する。
下ネタ的においおい種を仕込んだのはお前だろなんては言わない。
「あんたの気のせいだろ」
「気のせいだと? こんなにもハッキリと波動を感じるのに?」
「波動……?」
この世界の人間は我が子の波動なんて感じるのか? それとも魔法の使えるハインツだからなのか?
魔力がないせいか魔法に詳しくないアデレイドの記憶にはそう言った情報はなく、俺は悩んだように黙り込んだ。うーん、超音波みたいな感知魔法があるとか?
俺の様子はハインツからすれば強情に押し黙ったように見えただろうな。
「……ククク、ハハハハ」
彼が不気味な程に小刻みに肩を震わせた。
俺は俺でビクッと大きく肩を震わせる。と、とうとう堪忍袋の緒が切れたのか?
「アデレイドがここまで頑固だとは思わなかった。お前が言わないなら私が言ってやろう」
「……」
思わずゴクリと咽を鳴らした。
「アデレイド、お前は――」
万事休す……!
「――その腹に防衛の魔法符を忍ばせているのだろう?」
「……へ? ま、魔法符?」
全く埒外の言葉を聞かされて、俺はポカンとなってハインツを見つめた。
「何だその間抜け面は。己の身を護ろうと忍ばせた護符が発動して私の手を撥ねのけたではないか。いつか私がお前を傷付けると本気で思っていたのだろう? そうでなければそんなものは身に付けない」
いやホントに身に付けてないって。でもそれを言い張った所で怒りで聞く耳を持たなそうな今のハインツには火に油でしかないだろう。
でも、お腹に?
いや、お腹から?
何故、と考えかけて俺の背景に稲妻がズガーンと一本走った。
――子供か!
アデレイドに魔力はないけど、ハインツとの子供なんだし魔法的才能が受け継がれても不思議じゃない。
えっでもまだこの未発達な段階で二回も魔法使ったの?
臨時我が子ながら末恐ろしいなおい……。
きっとさっきの魔法は母親のために使ってくれたんだと思う。まだまだ一心同体の大事な母体が命の危機だって感じたんだろう。それが孝行心か生存本能かはハッキリ言ってわからない。
だけどお願い生きてって言われている気がした。
産むと決めた大事な子供の頼みだ。よっしゃここは絶対に生き延びてやる。
顎を引いて気を引き締めて、毅然と背筋を伸ばす。
「仮に、魔法の護符を持ってたからって何だって言うんだよ。人間万一を考慮して備えておいて何がいけない? 大体あんたはさっきから自意識過剰、いや被害妄想が過ぎるって」
「何だと?」
「だってそうだろ、こっちの行動全部があんたに向けてのものだって考えてる時点でおかしいよ。嫉妬して媚薬で陥れた連中みたいにこっちが死んでも構わないって思ってる人間が現にいるんだ。魔法を使えない人間が自己防衛の手段としてそういった道具を所持するのはいけない事なのか? 有り得ない事なのか? この体にとっちゃあんただけが脅威じゃないんだよ」
正論だと思ったのか、ハインツはちょっと面喰ったように口を閉じ、ややあって眉間に皺を刻んだ不機嫌もろ出しの面持ちになる。
「黙っていたが、お前に薬を盛った連中は既に脅威ではない。だからそういった者を警戒して自衛の手段を講じる必要もない」
「はい? どういう意味だよ……?」
何か、嫌な予感……。
「皆、土の下だ。ああ、何人かは野ざらしのままだったか……?」
「…………」
それはこの数カ月の間にもれなく全員処刑しちゃったって意味?
残酷皇帝とか血みどろ皇帝の異名は伊達じゃないらしい。
「見せしめの意味もあったからな。もうお前に手を出す度胸のある者はいないだろう」
ハハ、ハ……やっぱこいつ怖い。他の人間よりもダントツで拍の早い死のカウントダウンが聞こえる気がする。
そういや今こいつが脅威って趣旨の不敬極まる言葉も口走っちゃったなあ~。やっば!
おそらくは化粧越しにでもわかるくらいに完全に血の気の引いている俺の顔を見て何を思ったかは知らない。
「そうか。だから強力な護符を持っていたのか。……悪かった」
「え」
「護符が反応するくらい私の気が立っていたのは認める。魔力のないお前が威圧されて怖がるのは本能的に当然だな」
ハインツは怪我をしていない方の手を俺の顔に伸ばした。
驚きと恐怖で本日何度目だかわからない強張りを見せる俺はその手を避けられない。
「アデレイド、私は性根の腐った者どものために泣けるお前の優しさを尊いと思う」
へ……優しさ?
いきなり何を言ってくるんだよ?
固まりながらも訝しんでいると、向こうは俺の目元に指先を当てた。
目潰しっ……て来るのかとぶっちゃけ本気で危ぶんだけど、離された指先には光るものが。
「え、あ、涙?」
慌てて自分でも目元を拭った。うわー自覚なかった。恥ッずかし~ッ、泣いてたのか俺。まあでもめっちゃ怖かったもんな。今もだけど。
ただこれが死者への涙って思ったとか、ハハッ普通有り得ねえ~、ハインツがアホ……いやこっちに都合よく勘違いしてくれて助かった~。
心底安堵しながらも、この時ふと思った事がある。
ハインツとは関係なく、他にも一つ、アデレイドには大きな命のリスクがある。
出産時だ。
ここは魔法世界とは言っても、現代日本みたいに高度な医療水準とは思えないし、きっと心してかからないといけない。
果たしてその時までにアデレイドの魂が戻るかはわからない。
だけどもしも戻らなくても安心しろよな、その時は俺がお母さんとして頑張るよ。
何となくまだぺったんこの腹に手を当て、慈しむように微笑んだ。
こんな張り詰めた空気で突然何笑ってんだよってきっと奇異に見えたんだろう、ハインツは不思議そうにこっちを見つめた。ななな何?
「……私の前でまだ笑えるのか」
「え?」
「いや」
彼は気分を切り替えるように一つ息を吐き出した。
「今日の所はこれ以上は詮索しないでおいてやる。もう引き留めないから好きに帰れ」
「えっいいのか?」
何か大目に見てくれたっぽいなあ。
……俺が泣いたから、とか?
それともハインツにも少しの情けはあるのかも。
偉そうに言われてちょっとカチンと来なくもなかったものの、帰れるってわかったら現金なもんで気持ちがうんと軽くなって声も表情もパッと明るくなった。ああやばやばって、見られて不愉快になられても困るってんで慌てて顔面筋を引き締めたけど。
安心したらそういやジェンナはって思い出した。
「ジェンナ!」
俺はハインツをもう見ずに急いで侍女の所に駆け寄ると、膝を突いて助け起こす。幸い流血部位はなく、軽く頬を叩いてやると彼女は薄らと目を開けた。
大事はなかったようで彼女は程なく俺の手を支えに立ち上がった。ホッとした、マジで。




