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5 不敬罪やっちゃったかもな俺

「お嬢様、どうぞゆっくりと横になって下さい」

「どうもありがと、ジェンナ」


 ベッドの上に横になるのを支えて手伝ってくれる心配顔の若い侍女に、俺は力のない笑みを浮かべた。


 時は夜で、所はロジェ伯爵家のタウンハウス。


 白昼の地獄のティーパーティーから何とか帰還した俺の顔色は最早屍のそれだった。精神的疲労からかなり早めに就寝すると決めて化粧を落としているから、素の顔色を晒している。侍女が心配するのも当然だな。


「うう、もう城に行きたくないー……」

「お嬢様……。今日は何一つお力になれず申し訳ございませんでした」

「ううん、ジェンナのせいじゃないよ。だって無理やり締め出されちゃったんだし。あそこで抵抗したらジェンナの命が危なかったんだから気にするな」

「お嬢様……ッ」


 そうなんだよな。一応は城に一緒に連れて行った侍女のジェンナはお茶会の部屋には入れなかった。ハインツが許さなかったんだよ。だからずっと終わるまで廊下で一人気を揉んでいた。

 自分だって疲れているはずなのにこうして俺を気遣ってくれるジェンナは優しくていい子だよな。まあ侍女って言う立場上仕える主人優先なのは当然なんだけど、それを差し引いても彼女は心からアデレイドを案じてくれている。アデレイドに仕えて長いってのもあるんだろう。

 俺は彼女に労いの言葉を掛けてやって下がらせた。


 昼間のお茶会じゃあ、ハインツへは一個目の焼き菓子を勧めて事なきを得たから、少し様子を見つつ二個三個と更に勧めた。


 さすがに好物だろうと同じ菓子を四つはまずいだろって思った俺が他のを勧めると、何とそっちも食べた。ビックリだった。

 正直間が持たなくて菓子を勧めてみるしかなかったんだけど、最終的にお開きになるまでハインツはトータル十個は食った。

 これまでの血で血を洗うような経歴からは想像が付かなかったけど、実は甘党だったのか。

 俺は俺でその間も吐き気を我慢するのに必死だったし、そのせいで一つも菓子は口にしなかった。ずっと臭いの籠った部屋で浮かべた笑みが何度吐き気で引き攣り掛けたか知れない。ホントマジ苦労しかなかったよ……。

 あれなら襲いかかって来るゾンビを殺していくようなサバイバルゲームの中に転生した方がまだマシだ。

 ハインツは終始自分の席から動かずゲームのゾンビみたいに襲いかかっては来なかったけど、ジッと観察されていて生きた心地がしなかった。

 会話だって全然弾まず、両手の指で事足りる程度しか交わさなかったしな。俺が猛烈に具合が悪かったってのもあったけど、口は災いの元って言うし余計な会話をしないように心掛けた結果だ。

 顔色の悪さは化粧と、あとはあの不気味なお茶会の薄暗さのおかげで何とか気付かれずに済んだっぽい。


「きっとこれで当分はお招きもないよな……」


 ハインツは歴とした皇帝なんだしそう頻繁に令嬢とお茶を飲んでいる暇もないだろ。

 次の招待……強制参内を告げられる前に早い所修道院へ向けて発つのが賢明だ。

 ムンムが言うには、この屋敷から女子修道院までは馬車で片道一日あれば着くらしい。

 早いとこアデレイドの父親から滞在の許可をもらわないとな。

 だけどドッと疲れた俺はその日はもう女子修道院行きの計画を詰める気力もなくて、早々に瞼を下ろした。





 翌日、俺はロジェ伯爵家屋敷内にあるムンム医師の診察室を訪れていた。

 彼と計画を詰めるためだ。

 滞在場所の確保や食事など、生活全般の面倒を見てもらうのと引き換えの修道院への多額の寄付は心配ない。

 俺個人の持つ装飾品を換金してもいいし、許可さえもらえれば伯爵家で出すだろう。ロジェ家は筆頭でもないけど別に没落もしてないからそれくらいは余裕で出せる。


 まあ第一の関門は、父親である伯爵から滞在許可をもらう事なんだけどさ。


 父親はアデレイドが皇帝と懇意にしているのをしめしめって思っているようだから、ずっとじゃないとは言え修道院に入ってしまったらその繋がりが断たれるかもしれないと危ぶむかも。そうなれば許可はもらえないかもしれない。


「改めて考えると、ただ陛下のおんために祈りたい~ってだけじゃ、説得するにはちょっと弱いかも」

「そうかもしれませんね。祈りたいだけなら皇都の教区教会でもいいだろうとなりますから」

「そうなんだよなー」


 でも他の理由を思い付かないし、一番強烈な理由たる妊娠は父親と言えどバラせない。もし知られたら最悪堕胎決定だ。もう一つの最悪の結末としては、あなたのお子を身籠ったから責任を取って結婚を、とハインツに直談判しに行くかもしれない。

 娘を傷物にされた父親としての憤りか或いは家長としての矜持か、賭けに出る可能性は否定できなかった。


「少し妥当な案を考えてみるよ」


 俺の言葉にムンムが頷いた所で、急いたようなノックが聞こえた。


 扉越しに「お嬢様、急ぎお伝えしたい事がございます!」と聞こえた大声は侍女のジェンナだった。ムンム医師との打ち合わせの間廊下でただ待たせておくのも悪いかなって思って部屋で休んでいるように伝えたんだけど、どうかしたのか?

 ムンム医師と顔を見合わせた俺はとりあえず彼女を中に入れてやる。

 息を切らした侍女は、俺を見るなり涙ぐんだ。


「アデレイドお嬢様……!」

「え、ちょっとどうしたんだよ? 一体何があった?」

「それが、どうぞこれを……っ」


 そう言って手渡してきたのは一通の招待状だった。


 ――ハインツ・デスカ皇帝陛下からの。


 恐る恐る封書を開いて読んだ内容を要約すると、明後日またお茶を飲みに来いって書いてあった。


 ……血を吐くかと思った。


 ムンム医師にもあんたも読めって手紙を見せて、彼も表情を曇らせる。いや強張らせるて言った方が正確か。

 嘘だろー、またつわりとの闘いが確実な暗黒お茶会に行かないと駄目なのかよ。

 ハインツは昨日のでもしかして何かを感づいたのか?

 だからこんな近い間隔でまた城に来いって言ってきたのか?

 同衾する以前でも顔を合わせていたのは多くて週一だったのに。因みにこっちの世界でも暦は西暦と似ていて一週間は七日だ。


「はあ、行くしか選択肢はない、か」


 俺は頭を抱えた。ムンムもジェンナも視線を伏せ、その場はしばし沈痛な沈黙が続いた。





 はい、そんなこんなでやってきました翌々日。

 つまりは第二回ハインツさんとのアフタヌーンティーの日。

 俺は試されていた。


 一度目の倍はあるお菓子の前に座し、必死に生唾を呑み込んで吐き気を堪えていた。


 生憎、今回も部屋は閉め切られているし、侍女は入室不可だし、ロマンチックの欠片もない二人きり。

 蝋燭の炎がぬらりと揺れる度に部屋の陰影も不気味に動く。


 壁に血の魔法陣があっても驚かないおどろおどろしさの中、俺は正面の席で俺をじーーーーっと見つめてくる栄光のハインツ皇帝陛下と目を合わせないようにしていた。


 だって目を合わせたら「最期」って思う。

 うっぷ……キツイってマジで。

 紅茶にも手を付けられずに膝の上でぐっと両手を握り締め、つわりの衝動に耐え忍ぶ。

 額に脂汗が滲んでいたけど、前髪を下ろしているから何とか見られていないはず。


「……今日も食べないのか?」


 ぎくりとした。肩を震わせたのを気付かれてないといい。

 今日もって所に含みを感じる。

 やっぱりまさか妊娠を悟られているのか?

 いや待てそう断言するのは早い。こっちが何か隠している気はするものの確証がなく、だからカマかけしてるだけかもしれない。


「ええと、その…………ッ」


 我慢していたのに喋ったせいか、急激に強い吐き気に見舞われた。

 臭いが二倍で限界だったんだ。


「うっ……」


 即座に立ち上がった俺は窓の方に走った。新鮮な空気を吸えばまだ何とか留まれるかもしれない。

 分厚いカーテンを開けて窓を勢いよく開け放ち、深呼吸する。


「アデレイド!」


 叱責にも似た声が飛び、後ろに強く腕を引かれた。

 背中がハインツにぶつかった。


「何をやっている! 先日も開けるなと言っただろう!」


 声に滲むのは不愉快の色だろうか。

 今にも刺客がナイフを投げて来るのかもしれない。

 急に明るい光を見たせいで視覚もまだ微妙だし、きっと俺は避けられない。

 どうしよう死ぬかもとギュッと目を瞑った。


「今日も外の風は冷たいんだぞ!」

「…………は?」

「ここの所体調が優れないのだろう。風邪でも引いたらどうする」


 え、何?

 窓を閉め切ってたのはまさかそんな理由?

 ハインツはアデレイドの体を心配していたのか?

 気になってる子だから?

 ハインツ・デスカ様の辞書に心配とか案じるって言葉があったのおおお!?

 俺の頭はちょっと混乱して、言葉を紡げなかった。

 黙り込んだのと一緒だ。


「この前も今日も手を付けない所を見ると、アデレイド、お前は私に怒っているのだろう?」

「え?」

「どうしたら赦してくれる?」


 ハインツは後ろからするりと俺の腹に両腕を回してきて、その力を強めた。


 子供が居るのに圧迫されて、俺の中に瞬間沸騰にも似た感情が生じた。


「――ッ、やめろっ! 死んじゃうだろっ!」


 咄嗟に込み上げた怒りのままに叫んでもがいて逃れてからハッと我に返った。


 よくよく思い返せば今のは決して無理な力じゃあなかった。


 でも、だけど、子供に害があるかもって思ったら止められなかったんだ。


 この子を殺されて堪るかよって必死だったんだ。


 ……言い訳だけど。


 意外にもあっさり解放されたものの、まず思ったのはやっちまった俺、だった。

 ハインツの腕を振り払うなんてどう考えても不敬罪。

 やべえやべえやべえやべえええっごめんムンムーーーー!

 今にもサクッと背後から剣で突き刺されるかもしれないし、バッサリ背中を斬られるかもしれない。あ、首が飛ばされるかも。

 俺は振り向けないまま全身を強張らせ、処断を待った。


 だけど、一向に何のアクションもなかった。


 ううう、ここは怖いけどハインツの様子を見るべきだよな。

 赤眼を殺意にギラギラさせて俺を睨んでいるかもしれない。

 心底ビクつきながら恐る恐る振り返った俺が見たのは、紛れもなくハインツ本人の姿だ。ただそれはショックでも受けたように呆然と突っ立つ様だった。


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