30 臨時代行継続フラグだぜ~な俺
出産して半年経った。
俺はまだアデレイド・ロジェとしてこの異世界に生きていて、今じゃもうハインツの奴と家族をやっているのが板についてきた感じだ。結構上手くやっていけてるって思う。
まあ教会に結婚証明書をもらったわけでもないから正式には夫婦じゃねえけど、周囲にはもう完全にそう思われてる。
子供たちは正当な皇子皇女として認められてるし、だからぶっちゃけ結婚はしてもしなくても俺的にはどっちでもよかったし、やっぱアデレイド本人の意向が重要だと思うから俺に決定権はないとも思っていた。
ハインツの事は勿論嫌いじゃない。
むしろ有能な皇帝としての手腕を近くで見せられて男としてもすげえなって尊敬もしてる。
普段はシュッとしてキリッとしてるあいつが、俺や子供たちだけには蕩けるような優しい顔をしてくれるそのギャップには、最初の頃は驚いたし未だにちょっと慣れないけど。
そしてその驚きがいつの間にか嬉しくも照れ臭いものに変化したのは、果たしていつからで何がきっかけだったのか俺自身にもわからない。
まあ、キスを試そうとした時にはもうそうだったんだろう。
そしてついさっき、そんな甘い表情だってするハインツからしれっと、
「結婚しよう、ディー」
って言われた。
場所は本がたくさんあるお馴染みの書斎で、子供たちと乳母とハインツとで寛いでいた最中だった。
乳母は白髪の混じる年齢で、ハインツの乳母でもあった女性だ。物腰柔らかで、早くに母親を亡くしたハインツは母親とか祖母とかそんなように思っている人らしい。見てたらわかる。俺も彼女をすぐに好きになった。
だからそんな面子に囲まれて日常にすっかりリラックスしていた俺は読んでいた本をうっかり手から滑らせたぜ。ビックリして長椅子から転げ落ちなかったのは幸いだった。
「子が生まれて半年も経って今更と思うだろうが、半年共に子育てをした今だからこそ言葉にできる」
「え、そうなの? でも何で?」
「良い返事をもらえる可能性が五割以上にはなった」
「……それどういう数え方だよ」
ハインツって頭良いのに時々馬鹿だよな。
「アデルも結婚はお前の気持ち次第と言っていたし、答えを聞かせてほしい」
「へ? 俺の? アデレイドのでなく? しかもアデレイド本人の許可ありなんだ」
「そうだ」
そんなアデレイドは必要な時には一時的にこの体に戻ると事前にハインツに伝えていたらしい。俺としては一時的って言葉が引っ掛かる。この先もダイスケに戻ったりアデレイドになったりするフラグじゃんそれ。
こんな風に事前に二人の間でしていた密かな取り決めもあるようだけど、そもそもアデレイドはハインツにごくたまに連絡してくるらしい。どうやってって言うのは、天使経由で呼ばれるんだとか何とか言ってたっけ。マジか……。
「ディー、……まだ私を恋人的に見るのは無理か?」
「そっそれは……。あ、あんたこそ本当にアデレイドに未練はねえの?」
「ない。結局のところアデルとは似た者同士、お互い様だった。彼女は真実の愛探しの準備に忙しいようだから当分は戻らないと言っていたし、だからその点は気兼ねしなくていい。余計なものを取っ払ってそこに残った純粋な気持ちだけで考えてほしい」
長椅子の隣の一人掛け椅子に座るハインツは、彼にしては非常に珍しくも頬を赤らめている。
まあそりゃ結婚しようなんて言ったんだもんな。照れもするか。
けど何だこいつ、可愛いな。俺様ハインツ様のくせに。
長椅子から腰を上げた俺はハインツの前に立つと、椅子の背凭れに手を突いて皇帝陛下のご尊顔をじっくりと眺め下ろした。いつ見ても妬けるくらいにくっそ美形だぜ。
「ディー……?」
「俺は結構単純なんだぜ」
怪訝に少し眉を上げたハインツは、片方の口角を上げてふざけたような態度の俺に文句も言わずに黙って続きを待っている。
まあ実の所俺はふざけてなんてねえけどな。
大事にされていつしかその優しさを享受するのが当然って思ってて、心地いいって感じていた。
ハインツ・デスカの傍が最も安心できる場所になっていた。
「俺もあんたと暮らして、ここじゃあんたしか伴侶にはなりえないって思ってるよ」
ハインツが大きく両目を見開いた。
「嘘ではないな?」
「嘘ついてどうするんだよ。俺は俺なりにあんたを支えていきたい」
「……結婚の承諾と思って良いんだな?」
「ああ。――結婚しようハインツ」
「では、これからは毎晩お前と寝室を共にしてもいいんだな?」
「え……、それはどうだろう……」
意気込んだように言ったハインツが動揺して萎んだ。その目、雨に濡れた子犬かっ!
まだ女の体でってのは未体験だしなー。一度それとなくその手の話を既婚のメイドか乳母かに振って情報集めとくか。
なんて思ってちらっとハインツを見やる俺は、ついついふはっと笑ってしまった。
「ホント新たな一面ばっかりが増えてくよな、あんたって。寝室一緒なんて結婚したらそんなの当たり前じゃん。遠慮すんなよ」
俺が言い終わらないうちにハインツは持っていた書物をぽいっと床に放り出してその手で俺を抱きしめた。おいおい結構高そうな本なのにそれ……。
呆れ顔の俺を嬉しそうに見据えるハインツは、いとも簡単に俺を持ち上げて膝の上に乗せた。
「ディー、好きだ。愛してる」
「どうせなら、俺の本当の名で言って欲しいんだけどそれ」
俺のささやかなリクエストにハインツは機嫌よく小さく頷いた。
「その存在ごと魂ごと愛してる、ダイスケ」
「俺もだよ、ハインツ」
今まで俺の出方を慎重に窺っていて公式な場での挨拶の手キス以外は一切何もしてこなかったハインツは、その反動なのか待てを解かれたわんこみたいにいきなり頬に口付けてきた。
ちゅっちゅって吃音が上がって頬だけで怒涛のキスの嵐を食らってさすがに俺も狼狽する。
「ちょっこらっ加減しろ! 乳母と子供たちが見てるだろ!」
「どこに問題が? 両親が仲良くしているだけだ。それにこの乳母は見て見ぬふりをしてくれる」
「それはそうだけどそう言う事じゃねえ。ひっ人前で恥ずかしいだろ!」
ハインツは全く意にも介さないような顔をする。
「別にここで服を脱がせるわけでもない」
「……っ……っ、くっ……。はいはいそうかよッ、じゃあ存分にほっぺをどうぞ!」
これまで過ごした時間から、これは議論しても無駄だなって即座に悟った俺は敢えて指先でトントンと自分の頬を促してやった。
惚れた弱みかこれも。
どこまで俺はこいつと居られるんだろうって先なんてわかんねえから、だからこそ俺は俺で悔いのないようにこの臨時代行人生を過ごそうと思う。
「――ってこらってめっ脱がさねえって言ったろがあーーーーッ!」
このハインツ・デスカって唯我独尊、ああいや唯一無二の男の隣で。




