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3 産むと決意した俺

 けどさ、これはもう実際アデレイドとして体を動かしちゃったし今更ごねても無駄そうだ。受け入れるしかない流れだよなあ。


「まあとにかく、アデレイドの体を宜しく頼むよ。彼女が死んじゃったら君も戻れないと思ってね」

「はあああああ!? 何だよそれ今更言うのかよ! 狡くね!?」

「死ななければ良いだけの話だよ」

「じゃあ向こうの世界の知識とか記憶とかそういうもん全部寄越せ! あとチート能力も!」

「うーん、アデレイドの記憶くらいなら? チート能力は無理」

「何で!」

「一度付与しちゃうと本当の彼女が戻った時に色々とまずいから」

「その時に元に戻しゃいいだろ!」

「え~それ手間」

「天使のくせに横着すんな!」

「あははッまあそういうわけで彼女の魂見つけたらまた来るねー」

「勝手に話終わらすなあああーーーーッ!」


 来るねー、ねー、ねー、と声は間延びした尾を引いて次第に遠ざかっていく。


「もっと詳しく説明してけえええーーーーッ!」


 絶叫直後に白い世界は唐突に切れ、同時に怒涛のようにアデレイドの記憶が流れ込んでくる。


 でもそれは心理描写のない漫画本を黙読するような感じで、単なる記録でしかないとも言える記憶だった。


 だから彼女がその時に抱いた感情が正確にはわからない。


 物事の展開に付随する彼女の言動から心情を推し量るしかない。憶測でしかないってわけだ。

 くそっあの怠け者天使め、記憶って言ってもかなり杜撰(ずさん)じゃねえかよ!

 内心苛立ちつつも気分を落ち着けて情報を整理する。

 彼女の生家は極々平凡な可もなく不可もないような伯爵家で、彼女自身は見た目通りに可憐な少女って感じだった。


『――へ、陛下にお会いできて光栄です!』


 皇帝陛下に会った日、彼女は委縮もせずにそう言っていた。


 まさかのまさかで極悪皇帝陛下を慕っていたらしい。


 俺から見てもハインツ何ちゃらはイケメンモデルかって容姿だった。

 キラキラ光る銀髪は鎧姿で風に靡けば威風堂々とした獅子の(たてがみ)のようで、鼻梁は高く真っ直ぐで彼の一本気質を物語っているようで、唇は薄く彼の常の冷静さ怜悧さそして酷薄さをも思わせた。


 でも面立ちの中でも最も目を引くのはやっぱり瞳だ。


 だってこの上なく、真紅。


 地球じゃ瞳の赤い人間なんて創作物の中でしか俺は知らない。

 常に怒りに燃え滾っているかのような紅眼は、彼の苛烈さそのものな気がした。

 ただその炎のような印象の反面、表情が無に近しく笑うって言葉と慈悲って言葉が辞書にはなさそうな氷の男っぷりなんだよな。


 でもちょっと控えめだけど純情で正直な癒し系令嬢アデレイドにはそいつも調子を狂わされるようで、彼女への言動も俺から見る限りは悪くなかった。


 一番最初はともかく邪険に接しないって時点で最早特別扱いだよな。


 でもアデレイド本人はそんな特別扱いに全く気付いていないって鈍さ。皇帝陛下を好きなくせにどうして気付かないんだよ。ジレジレ目指してるのかよおい?

 ああでもそれが権力の座を狙う周囲の女たちには気に食わなかったらしい。

 最悪殺されるかもしれなくとも、貴族たちや令嬢たちにとったら皇帝の財力と権力はそのリスクを承知で手に入れようと近付く価値のあるものなんだろう。没落して細々と小さな土地を耕す農民もどきになるよりは死んでも悔いはないって考えなんだろうな。

 皇帝の周囲から女の噂が絶えないのもそういう理由からだろう。


 そんな皇帝もアデレイドのおかげで周囲に対してお零れ的に雰囲気が優しくなっていたから、皆がもしかしたら私こそがって相応しくない期待を抱くのも無理もない。


 だから陛下と仲が良くて嫉妬されたアデレイドは彼女たちに一服盛られて彼の寝所に置き去りにされてしまったらしい。

 因みに盛られたのは毒薬じゃなく、媚薬だ。


 妊娠でもしてこれまでの女たちのように殺されてしまえってわけだ。


 でも自分の夫となるかもな男が他の子と寝るのをよしとするなんて、やっぱりこういう世界の女は恐ろしい。

 婚姻も恋愛感情じゃなく政治的金銭的な損得勘定なんだろう。

 それにさ、純情な子さえそんな気持ちにさせちゃう媚薬こえーッ! こえーよ媚薬ッ!

 皇帝の不興を買えば寝所で殺されるって話もあるみたいだし、そこで殺されてもおかしくなかったのに殺されなかった辺り、ハインツ皇帝の気持ちも透けてるよなー。


 だってなあ、気になっている子からの据え膳はそら食うだろー。


 まあとにかく、そうしてアデレイド・ロジェ伯爵令嬢は見事に妊娠しちゃったわけだけど、彼女はそれを聞いて意識を失ったって経緯だった。


 この時果たして彼女が歓喜したのか悲嘆したのかは、俺にはわからない。


 と、まあ、そこまで情報の整理が出来た所で俺はハッと目を醒ました。


 臨時アデレイドとして意識が戻ったらしい。

 老医師が心配そうに覗き込んでいて、先のデジャブだった。

 またもやゆっくりと身を起こす。


「ご気分は如何ですか?」

「もう平気」

「なれば良かったです」


 一人称が俺だったり口調が男っぽい臨時アデレイドの俺に、さっきから老医師は不安そうに眉を下げている。因みにアデレイドの記憶から彼の名はムンムって言うらしいとわかった。ロジェ伯爵家お抱えの内科医らしい。

 そのムンム医師は俺がようやく普通に話ができるようだと判断したのか、顔付きを神妙なものにした。


「アデレイドお嬢様、一応一度お訊ねします。お腹のお子はどうなされますか? 私としてはお嬢様のお命を優先したいのですが」

「それはつまりハインツ皇帝に殺されるから堕ろせって?」

「左様です。あの方は無慈悲に過ぎますので、いくら陛下に気に入られているお嬢様と言えども、お子が出来たとなれば……」


 その先を何度も言葉にするのは躊躇われたのか、ムンム医師は首元で手を横に引いて見せた。

 ああ、処刑って意味ね。

 この世界、おお~怖ッ。

 天使からはこの体を死なせるなって言われてるし、俺だっておめおめと死ぬわけにはいかない。


「一応訊くけど、堕胎時に危険は?」

「まだ初期ですし、特別な薬を使用致しますのでほとんど心配は無用ですよ」

「ふーん」


 どうするべきか……。

 悩むようにして俺はお腹を擦る。

 この中にまだ人間の形をなさないけど確かに人間の子供が宿っているなんて、ホント冗談みたいだよな。


「具体的に妊娠してどれくらいなんだ?」

「二月を過ぎたと見ております。ちょうどつわりも始まってきてさぞや大変でしょう?」


 へ? つわり?


 覚えたての彼女の記憶を辿れば、つわりが酷くて倒れそうになったらしい。物を食べられず貧血を起こして、それで診察されて妊娠が判明したのか。

 体調不良は認識していたけど、妊娠は予想もしていなかったようだな。記憶の中の言動にはその兆候は見られなかった。

 まさに青天の霹靂で失神したわけか。ホント気の毒になあ。まあ命に関わるとなればそうなるのかもしれない。おかんの良く見ている韓ドラでもショックな事があるとよくご婦人が失神するしな。

 じゃあ彼女はやっぱり死にたくないと恐れたんだろうか。


 彼女の気持ちはわからないとは言いつつも、妊娠に歓喜したかって問われるとそれも違うなって感じるし、死への懸念、それも何かちょっと違う気がした。


「お嬢様、処置は一日でも早い方がよろしいですよ」

「処置……」


 何だか、子供が可哀想になってきたぞ。

 親や周囲の人間の身勝手で、命を取られようとしている。

 しかもいるから処刑されるとか、この子が悪者みたいに聞こえるんだけど。

 別に俺は本来この世界に関わりはない人間で、いつか元の世界に戻れるって話だからアデレイドが生き長らえる方法だけを模索していればいいんだと思う。

 それを踏まえれば、極悪皇帝の子を妊娠したまま生活するなんてのは、リスクしかないから早々に命の芽を摘んでしまうのが最善なんだろう。

 けどなあ……何かそれは……。


「……――俺は産む」

「お嬢様!?」

「俺はこの子を産む! とにかく堕ろさない!」


 だって堕ろしたらそれこそ件の皇帝陛下様様と、或いは彼の周囲の性悪たちと同類の胸糞悪い人間に成り下がる。


 少なくとも俺がアデレイドでいる間はこの子は死なせたくない。


 だがしかし……これはまさかの母性、か?


 父性でなく?


 いやいや俺の中の両親、違う良心がそうさせるんだ! まあ現在は男でも女でもある俺だからこの子の両親って言葉もあながち間違いじゃない気もするが。


「だからドクタームンム、誰にもバレずに産む方法を一緒に考えてくれ!」


 真剣に見つめる俺を、老医師は驚いたようにして目を白黒とさせた。


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