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21 エドの頭は林檎の色だけど、マジで林檎で泣きそうになった俺

 ハインツを追い返してから一日経って二日経ってとうとう今日で三日目に入った。

 そして、俺が当分皇都に帰らないって話は既に露見していた。

 ハインツを追い返したその翌日に。

 正直当初の思惑よりもだいぶ早い。だがしかし案ずるなかれ、誰も俺には手出しできねえ! ふっははは、何しろここは修道院内だ!


「一、二、三、四、二、二、三、四」


 俺は女子修道院にある自室でストレッチをやりながら窓の外を眺めていた。

 今はもうすぐお昼って頃合いだ。

 窓の外には思い切り胸のすく真っ青な空が……あったら良かった。

 気分はどん詰まりって感じのどんよりした雨雲が今日もお目見えだよ。


 俺がここに来てから天気はずっと雨。


 シスターたちと世間話をしていてわかったけど、ここ最近はずっと雨降りだったらしい。雨足の強弱はあれ、止まないんだとさ。


 元々よく雨は降る土地柄だけどこんな長雨は珍しく、シスターたちも院内のハープ園や菜園の植物たちが根腐れしたり病気になったりしないか心配していた。


 長雨の要因としては、この街の近くには高い山が聳えていて、もしかしたら地球で言うような季節風とか貿易風、つまりはこの地に吹き付ける風のちょっとした変化のせいで雨雲の発生が継続してるんじゃないかって言われている。数十年に一度とかそういうレベルでの気象の稀な変化にたまたま当たっているんだろう。

 ここは魔法世界だけど魔法で何かが悪さをしているとか、そんな展開ではなさそうだった。


 加えて、修道院内や街中の病と雨が関係しているのかは現段階じゃわからない。


 ただ、この異常な雨が一日でも早く止んでくれればいい。青空に浮かぶ太陽を目にすれば少しは塞ぎがちな皆の気分だって上向くはずだ。少なくとも俺はそう思う。

 部屋からほとんど出られないから、敷地内を色々回って病の原因に通じるヒントを集めるのも全然できてない。こっそり抜け出せるなんて思っていた俺の考えが甘かったんだよな。だって三回チャレンジして三回ともことごとく見つかった。しかも勝手に抜け出す奴って思われて警戒されてかえってやりにくくなっちゃったよ……。ここは三階だから窓から冒険に出掛けるなんても不可能だ。ヘイカモーン! ピーターパン!

 ついでに言えば悪徳シスターなんていなそうだしなあ。

 調査は困難を極めている。


「あ~、どっかに俺を眠りのアデレイドにしてくれる頭のキレる小学生がいねえかな~……」


 一通りのストレッチを終えた所でがっくりと肩を落とした俺の耳にノックが聞こえた。


「アデレイド様、昼食をお持ちしました」


 この声はおばちゃんシスターだ。食事の給仕の他、ベルを鳴らして呼ぶと彼女ともう一人の若いシスターが来てくれるけど、割合的にはおばちゃんシスターの方が多い。

 俺が応えるとトレーを手にして入室してきた。

 テーブルに静かにトレーを置く彼女は、有難くも見聞きしたあれこれを根掘り葉掘り訊いてこない。まあワケあり人間なんてここじゃ珍しくないもんな。不用意に詮索して後々面倒に巻き込まれるのを避けたんだろう。


「ところでアデレイド様、今日も騎士の方がお越しになっているようですよ」


 シスターがどこか気掛かりそうに着席する俺を見る。


「やっぱりですか」

「今日で三日目ですねえ」

「そうですね……」


 温かい料理からは美味しそうな匂いが漂ってくる。ここの料理は俺の体質に合っているのか、つわりが一度も起きてない。そんな有難い食事なのに急に食欲が減退した。


 何かさ、ここ三日、居るんだよ。


 門の前に。


 銀甲冑が。


 中身がどっちなのかは不明だけど、朝から晩までずっと正門前に陣取って、俺が出て行くのを待っている。


 俺は初日に昼まで待たれた時点で足は運ばずも「院内が心配だから当分帰らない」ってこっちから長期滞在を臭わす伝言をくれてやった。だからバレたんだけどさ。まあでもそれはその前日にハインツに訴えた内容と同じだ。

 銀甲冑は夜まで待ってたらしいけど、それでも日付を跨ぐ頃にはいなくなってたって話だから諦めてくれたんだろうって安堵していた。だけどそれは大きな間違いだった。

 だって次の日も来た。で、朝から晩まで居座られた。


 そして今日も朝から来られて待たれてるってわけ。


 会わない帰れって旨の言伝は甲冑が姿を見せた時点でしてくれるように門番には頼んであるし、昨日だって一昨日だって終日雨だったし、きっと今日だってそうなのに懲りねえな……。

 雨避けローブの性能が格段に良い事を願うよ。雨の中泥に塗れての鍛錬とかもするんだろうしある程度は濡れるのにも慣れちゃいるだろうけど、そこは人間、うっかり風邪でも引いたら気の毒だ。

 これはあれか、ドラマとかでも良くある典型パターンの情に訴えかけるってやつ? 俺の優しさを試してんの?

 うー、でも時間が経つにつれて気が重くなってんのは確かだ。

 俺の溜息にシスターは自身の頬に手を当てた。


「騎士の方も相当頑固と言うか何と言うか……」

「まあ、上からの命令だから仕方がないんだとは思いますけど」


 って、中身がそのまさに上の人の可能性もあるしな!

 ホントいい加減帰れ……。


「どうせなら一度行ってみてはどうです? そうしてきっぱり言ってやるんですよ。根比べのように出て行かないで悶々としているよりも、その方が言う事を聞いてくれるかもしれませんしねえ」

「あー確かにそれは一理ありますね。それじゃあこれ食べたら行ってみてもいいですか? またシスターには面倒を掛けちゃいますけど」


 やっぱこういうのは本人の言葉が一番効果あるだろうしな。


「いえいえ、面倒だなんて思いませんよ。それで少しでもアデレイド様が快適に過ごせるようになるのなら安いものです。あまり深刻に考え過ぎるのもお体によくないですからね」


 彼女は俺の手を取って優しく握ってくれる。

 単なる気遣いってだけじゃなく、やっぱりこの人は俺の妊娠に感付いてるのかもしれない。


「シスタ~……!」


 俺は傍に立つ彼女にぎゅっと抱き付いた。何か無性におかんに会いたくなったぜ。

 そんなわけで食後に正門へと向かった。

 おばちゃんシスターが一緒ってのもあるけど、今回も部屋から出るのを大目に見てもらった感じだ。


 俺は正門の通用口の扉を細く開けると隙間からそっと外を盗み見る。


 敷地の外に出ると強制的にテレポート……なんて手法を取られかねないから絶対に出ない。覗いた先には話通りに銀甲冑が姿勢良く直立していた。うっ、一瞬幻覚で背景に博物館の展示ブースが見えたぜ……ッ。

 相手は鋭く気配を察知したのか早速と俺に気付いて急ぎ足でやって来る。

 ひいいっ、何が何でも連れ帰ろうと腕を掴まれて引きずり出されそうって思った俺は咄嗟に門の遥か内側に逃げた。


「いいい今のあんたはどっちだ? エド? それともハインツ!?」


 開口一番の俺の問いに、俺の代わりに扉を押さえてくれたシスターは怪訝そうにしたけど、当然ながら甲冑の相手には通じる。


「ああ、そういえばバレちゃったみたいですよね。今は某の方です」


 ああエドか。良かった……。ハインツだったら絶対気まずかった。


「エド、悪いけどいくら待たれても俺は帰らないってそうハインツに言っといて。大体、あいつの命令だからって律儀に待たなくていいよ」

「そうは行きません、首が飛びます」

「……」


 声に冗談の色は欠片もない。


「エド、俺はここの状況を改善させたい。病人が続出ってのはそっちももう知ってるんだろ」

「ええとまあ」

「原因はわかったのか?」

「生憎とそれがまだ」

「そっか。とにかく俺は俺で何かできないかって思ってる。そこを理解してくれると助かるよ。あんたを雨の中待たせて体調崩されても嫌だし、もしも明日もハインツがあんたに無茶振りしてきたら、向こう一年くらいあいつとは口利いてやんねえよ。そう言っといて?」

「それは……はい、善処します」


 エドの声音は非常に気乗りしなそうだ。

 あー、ハインツの機嫌が悪かったらかえって酷い目に遭うかもしんないからか。

 まあそこはエドの運次第って感じでいっちょ頑張ってくれ!


「じゃあ俺部屋に戻るから。明日からは待つなよ?」

「わかりました。アデレイド嬢、くれぐれも気を付けて下さいね。あなたの身に万が一があれば陛下が暴走してこの国はお終いですから」

「あっはは、エドは見た目からしていつも大袈裟だなー。大丈夫気を付けるって。心配ありがと」


 やっぱ最初から直接話せばよかったよ。そうすればもっと早く話がついたよな。





 ……なーんて楽観的だった昨日の自分にはデコピンだあ~!


 昨日の次の日、つまり今日は予想外にもロベールがやってきた。


 おいハインツ! 人を変えりゃいいってもんじゃねえよッ。

 ご丁寧にも「今日は俺、ロベールが来ました」って彼からの伝言を受け取った俺は、まあでもロベールだったらそんなに警戒しなくても平気そうだよなってわけでシスターに頼んで正門まで行った。


「お早うロベール。ジェンナを無事に送ってくれてありがとな」


 彼女が無事にロジェ家の屋敷に着いたってのは、ちょっと高いけど魔法の速達を使ってくれたのが届いたから俺ももう知ってる。


「お早うございます。礼には及びません。レディをお護りするのは騎士の当然の務めですので」

「あはは頼もしいな。ところでエドはどう? 風邪とか引いてない? それに今日来てないのはお役御免ってやつ?」

「え、その、隊長は…………まあ、そこそこ、元気かと……」


 共通の世間話で和もうとしただけなんだけど、え、急にどん底まで声が沈んだよ。大丈夫かロベール?

 もしやハインツから脅されでもしてんの? そういや顔色が余りにも宜しくない。うわ~いつもちょっとやんちゃ人ってイメージがあっただけに別の意味で心配になってくる。一体ロベールの身に何があったんだ?

 これはさっさと切り上げて帰してやった方がよさそうだな。


「ええとあのさロベール、悪いけど俺はまだ帰んねえよ」


 エドにも言ったみたいに直接断ると、ロベールはやや頬のこけた顔であっさり頷いた。


「そうですか、そうですよね、まあそうだと思ってましたけどね……」


 儚げな声もそうだけど、数日見ないうちに体の線まで細くなってて、何か怖い……。恐怖体験のせいで一晩で白髪になったって人じゃないだろうけど、ホントマジで何があったロベール?


「ええとじゃあこれ…………陛下からです」


 何故か震える彼の両手でずいっと突き出されたそれは果物てんこ盛りの籠。つまりは俺への差し入れだろう。


「え、あ、どうも」


 受け取らないのも何だかロベールが可哀想で俺は恐る恐る果物籠を受け取ったけど、急に瞬間移動魔法が炸裂~なんて事態にならなかったのは良かった。その手のトラップを仕掛けてきてもおかしくねえよなって勝手に思ってたから結構本気で安心したよ。

 どうしてか連れられて行く小鹿みたいなドナドナした目で果物籠を見つめていたロベールと別れて部屋に戻った俺は、シスターも出て行って一人になると、テーブルに置いたその籠を悩んだように見つめた。


「それにしてもハインツはとうとうまさか俺に毒りんごでも食わせようって?」


 何度まじまじと見つめても籠の中身はことごとく林檎だった。


 美味しそうな真っ赤な林檎ちゃんたちだった。


 でもどうして唐突に差し入れなんてしてきたんだ?

 不審しかない単一果物盛りの籠。っつかさあ普通はもっと種類入れて見栄えを整えないか? まあでも単に好みだと思ったのかそれとも消化に良いからチョイスしたのか知らないけど、有難くもらっておくかな。きっと毒はねえだろ。あ、シスターたちにお裾分けしてもいいな。


「誰かに分けてやるにしろ、まずは味見して甘いか酸っぱいかくらいは確かめておかないと」


 俺は籠の中の林檎の一つを手に取った。

 ずっしりと重くて表面はツヤツヤかつ鮮やかな赤。


「ははっエドの頭みてえな色。それにすげー瑞々しそう」


 洗うのが面倒で、ドレスで林檎の表面をコシコシ擦ってからガブリと一口齧りつく。

 刹那。


「――ってええええええええええええ!!」


 野太い男の悲鳴と同時に林檎は全裸の人間の男に変化した。


 正確に表現するなら、赤毛の騎士隊長エドゥアール・ギュイに。


 どう見てもエドでしかない男は涙目で床の上をごろごろ転がっている。


「…………う、嘘だろ?」


 俺は目を丸くして呆然と立ち尽くすしかなかった。


「あんた実は林檎だったのか……? 世にも珍しい果物人間だったのかエドオオオオオっ!?」


 この世界には林檎の妖精がいて、それが大男のエドなのか?

 物っ凄く似合わねえよっ!

 林檎っつえば普通はもっと可愛い女の子だろがよッッ!


 とにもかくにも、見たくもねえのに目の前に横たわる事実としては、俺の齧った林檎はエドだった。


 林檎と同じ色だなんて冗談を言わなけりゃよかった。エドはたぶん俺が齧ったせいでちょっと禿げたかも……なとこを押さえて目の前でまだ悶絶している。俺も思い切りがぶっていったから相当痛かったんだろう。

 で、でも齧ったのが頭の部分でマジ良かったあああ……ッ!

 俺は安堵に泣きそうになりながら全裸のエドのケツを眺め下ろした。

 ロベールはこの恐怖の事実を知ってたからあんな死にそうな顔色だったのかもな。

 全く、美味しさに頬が落ちる~って以前の問題で驚き過ぎて顎が落ちそうだよ。


 カエルに姿を変えられた王子様の話は知ってるけど、林檎に変えられた他愛もない騎士隊長なんてどこの世界に居る? なああ?


 フッ、これさ…………――ホンットどんな状況おおお!?


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