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20 甲冑は時々ビックリ箱だなって実感した俺

 ――心配は要らない。彼女は問題なく帰路に就いている。


 エドは俺の問いにそう答えて寄越した。機嫌が悪くなってもちゃんと答えてくれて良かった。それにジェンナの安否も。


「なら良かった。……じゃあ、どんな用件で引き返して来たんだよ?」


 一先ずはホッとした俺が(いぶか)ると、エドは右手を差し出してきた。


「え、何? この雨ん中でダンスすんの? それはちょっとなあ……」


 ――違う。


「ああ、依頼料とは別口でお駄賃くれって? ちゃっかりしてんなあ」


 ――違うっ。


 何でかエドは思い切り不愉快そうに一度腕を下ろした。

 で、彼なりに仕切り直したのかもう一度手を差し出してくる。そして今度は大人しくして疑問を呈さない俺へとお決まりの魔法での意思表示。


 ――今すぐ皇都に帰るぞ、アデレイド。


「え……?」


 意外にも俺を呼び捨てにしたとか、やっぱり喋る時とのギャップがすげえなとか、思うのに、一番思考を占めたのは、声じゃないはずのエドの台詞にどこか切迫した音を感じたって不可解だ。


 しかも、どうしてか、あの残酷皇帝の声で。


 唐突にも俺は、まるでハインツ本人を前にしたみたいに我知らずゴクリと唾を飲み込んでいた。俺の中の不安が僅かに踵を後退させる。


「帰るって、どうして……」


 まさか俺の長期滞在の件がバレたのか?


 それでハインツから遠隔声飛ばし魔法か何かで急遽俺の拘束と連行を命じられてここに来た? おいエド、そうなのか!?

 そう問い詰めたかったけど、まだ実際わかんねえし生憎墓穴を掘るつもりもねえ。我慢強く相手からの返答を待っているとあっさりきた。


 ――お前の身が心配だからだ。


「修道院はどこよりも今の俺にとっちゃ安全だよ」


 ハハハ内部の結構重大な問題はついさっき知ったけどな!

 でも女子修道院に居れば平気そうだし、少なくともハインツから天国に送られる心配はねえ!


 ――現状では院内に居る方がずっと危険かもしれない。


 ぎくーっ! もしや病人がザックザクってここの現状知ってんの?

 まあでもエドだって街の様子を見てたし、修道院の子の件だって知ってるし、任務終わってから密かにもっと調査したのかもだし、彼の得た情報から鑑みてここもやべえかもって思っても不思議じゃあない。

 そんで以てエドからハインツに伝わって、ハインツは好きな子を不安のある場所に居させたくねえからエドに命じた、と。でも二度言うけど、こっちから何か下手な発言を噛まして墓穴を掘るつもりはねえよ。


「いっ意味わかんねえ。危険かもって、その理由は?」


 思い切りトボけると、エドは俺たちの方を気掛かりそうに見ているおばちゃんシスターへとチラと顔を向けた様だった。


 ――この街には病人が多いと、昼間アデレイドも気付いたはずだ。であれば、石壁一枚隔てたくらいで街中と状況が異なるとは到底思えない。人の出入りも皆無ではない以上、危惧して然るべきだろう。


 やっぱ的確にバレてたーっ。でも同時に俺は感動してもいた。


「見直したぜエド。甲冑椅子とかしてきてあんた時々超人レベルでとことん空気読まねえ奴だけど、変人で甲冑馬鹿だって思ってたけど……こんな風に推察できる明晰な頭もあったんだな。マジで見直した……!」


 俺はナイスだぜって太い笑みで親指を立てたけど、エドは全くの無反応だった。そしてしばらく無言を貫いた。えー、素直な心で褒めたのに嬉しくねえのかよ。

 それにしても事情はよくわかった。つまりは俺が流行り病に罹ったらってのが心配で連れ戻そうとしてるんだろ。


 でもな、それはエドたちのエド、いやエゴ。


 俺は何をどう乞われようと、帰るつもりは――毛頭ないっ!


 腹の子云々ってだけじゃなく、エドが懸念してる修道院の現状が俺をここに留まらせる理由だ。


「あのさエド、仮に院内の方が危険だとして、だったら中に居る他の皆も一緒に別の場所に行かせないと駄目じゃん。俺だけなんて嫌だよ」


 ――お前のそう言う公平さや、正義漢的な大胆さは好ましいと思う。しかし国の方で対策は講じて既に準備に取り掛かっている。だから危険を冒して関わる必要はない。


「ならそれこそこっから逃げるみてえに出てく必要もねえって事になる。あんたはもう俺の護衛任務を終えたんだし、もしも上からの命令なら、そいつにこっちはこっちでやるから構うなって言っておいて。それよか真面目にジェンナを頼むよ」


 ――我が儘を言うな。アデレイドの身の安全が何よりも優先される。帰るぞ。


「しつこいな、帰んねえってば。こっちにも都合があんの。話がそれならもういいだろ。心配してくれんのは有難いけど大丈夫だから。それじゃあな」


 この分だとこれ以上話しても埒が明かない気がして、俺は早々に会話を切り上げて踵を返した。


 ――アデレイド!


 って魔法文字を浮かべたかどうかは見えてなかったから知んねえけど、エドが無遠慮に俺の手首を掴んだ。


「おいおい、いきなり無断でレディの手を掴むとか、騎士っつか紳士失格だぞ」


 振り返らされた俺はちょっとエドを睨みつつ手を引き抜こうと試みる。

 チクショー、ビクともしねえな。エドって脱ぐと絶対マッチョだろ。俺の憧れの逞しき肉体をしてんだろ。ああくっそ~羨ましいぜ。そして憎いこの身体能力の差~~~~ッ!


「放せって」


 ブンブン手を上下に振ったけど全然外せねええっ。俺にってかアデレイドに魔法能力があれば良かったのに。このままだと逃れる術がねえもん。


 皇都まで無理やり連行するつもりなのか?


 まさか魔法を使って移動を……?


 エドの魔法の優秀さが如何程か俺は知んねえよ。けど長距離を瞬間移動できる腕の持ち主だったら詰む。計画が水の泡だ。


 そして俺の予測は見事に当たったらしい。


 よくアニメで魔法陣が地面に浮かぶと気圧でも変化するのか微風で髪とか裾がふわ~って浮くだろ、それと似たような現象がまさに今俺の身に起きていた。ふわりと下からの風を受けて浮き上がる。


 マジかよーーーーっ!


「やめろよエド!」


 危機感を瞬間沸騰させた俺はエドの強引さにも腹が立って一際大きい身振りで手を振り払おうとした。その勢いでもう片方の手からうっかり傘を放り出す。


 しかも何と、バチリとまた静電気みたいなのが放たれて、俺の動作と相まってエドの手だけじゃなく全身を弾いた。


 出現していた魔法陣は電池不足のスマホ画面よろしくふっと消え、エドは重そうな甲冑ごと後方に少し飛ばされて尻餅をつく。


「あ、悪いっ……」


 自分でもびっくりして目を見開いた俺の前で、弾かれた衝撃で取れた兜が転がった。


 ああ勿論兜だけな。生首なんてホラーな展開にはなってねえぞ。

 エドの黒革の手袋は裂け、剥き出した肌色の皮膚には血の赤が見える。額も切ったのか、俯いた頬を赤い筋が滑った。思ってもいなかったやり過ぎ感に俺は蒼白になった。拒絶したけどここまで攻撃したかったわけじゃない。


 でも、どうしてだ?


 エドは赤毛だったはずだ。


 ――銀の髪じゃない。


 二重の意味で硬直する俺の目の前で、そいつが頬を拭いつつゆっくりと顔を上げる。


 男らしさと美しさが混在した麗しのご尊顔が現れる。


 真っ赤なルビーみたいな双眸が俺をじっと見つめた。


「ハインツ……?」


 心の中じゃ答えなんてとっくに出てんのに、震える声はわざとらしくも疑問調だった。


 ああ、誰か嘘だと言ってくれ。

 皇帝陛下の顔を傷付けちゃったよ俺……。

 どうしてこいつがここに居るんだとか、エドの甲冑着てんだとか、そんな疑問も霞んだよ。名前の後に陛下って敬称を付け忘れたとかそんな事も最早些事だろ。


 これはもう妊娠如何にかかわらず、俺ってば死亡フラグ確定じゃね?


 ザーザーと降りしきる雨の中、俺もハインツもしばらく無言だった。

 ああくそ、天が憎い。

 このまんまじゃずぶ濡れじゃねえかよ。





 先に動いたのはエド……じゃねえハインツだ。諦めていなかったのか俺の手をまた掴もうしてきた。

 ハッと我に返った俺は咄嗟に大きく一歩下がって回避する。

 するとハインツは手をそこで止めたまま、まるで固まった人みたいに動かない。ハハハまさかこれしきの事でショック受けたとか? ……なわけねえよな。きっと今にもその血みどろの手から殺人魔法が飛び出す……ってリアルに血みどろになってんだったよ。

 強引さを怒ってたはずなのに気まずさを感じる俺がまずは傘を拾うべきか謝るべきかって思い悩んでいると、ようやくハインツが口を開く。


「何故、逃げる?」


 逃げてもどうせ無駄だ、地の果てまで追っていくから首を洗っておけフハハ……って暗黒魔王的意思をひしひしと感じる。

 あっはっは仰る通りに逃げ腰ですよ。でも正直にそうですなんて認めたら……あああ!


「ににに逃げたわけじゃないです。まっまたバチバチってなったら陛下が痛いから嫌だろーなあ~って思ったから避けたんですよ」

「私が痛がるから……と?」

「そそそそうですわホホホホ! 現にすごく痛そうですし……」


 俺も血が全く駄目って体質じゃねえけどさ、見ていて気分の良いもんじゃねえ。手当てした方が良いレベルの裂傷だしな。おでこのも。

 直後、ハインツに慄く俺の表情がだらだらと垂れる血に怯えたそれとでも思ったのか、彼は自己治癒魔法で傷をあっとう間に治した。

 あ、はあ、そうでしたそうでしたそれができるんでしたねお宅。


「これでもう見苦しくないな」

「いや別に見苦しいなんて思ってないですよ。ただ心配しただけです」

「心配……」


 ハインツは僅かに驚いたように瞬いた。

 っつかいい加減傘拾っても良いっすかね? 妊婦なのにずぶずぶに濡れるわっ!


「そうか……アデレイドは顔も見たくない私を案じてくれるのか」

「え? ……ああ」


 そう言えば以前テキトーにそんなような台詞を言ったっけ。俺が何て返せばいいのか困っていると、ハインツはいそいそと騎士兜を被り直そうとした。

 え、嘘だろ、この場はコントの場?

 こいつ本当にあの恐怖皇帝ハインツ・デスカだよな?


「えーと実はもうそんな風に思ってません。ですから別に兜はというか甲冑をもう着なくてもいいですよ」


 俺の中じゃ、これまでの道中も含めて喋らなかった時の銀甲冑の中身はこいつだろうなって結論が出ていた。

 日がな一日頬ずりしてても嘗めてても吸ってても足りねえってくらい大事な大事な甲冑を他の野郎とシェアしなきゃならなかったエドには、心から同情する。

 ハインツは持ち上げ掛けていた兜を下ろした。俺は俺で傘を拾う。

 でもまだ警戒レベルは上から二番目くらいだから、ハインツに傘を優しく差し掛けてやったりはしないで距離を取っていた。因みに警戒レベルは百段階ある。


「あのーアデレイド様、上着をお持ちしましょうか?」


 声の方を見ればそこには存在をすっかり忘れていたおばちゃんシスターが気がかりそうな目で俺を見ていた。けど門扉の傍に立つ彼女は昔のドラマの家政婦は見たみたいになってるよ。優しさに感謝を感じるのに笑いそうにもなるから顔半分じゃなく普通に全部出してほしい。

 で、結局はすっかり濡れちゃった俺はシスターの心配通りに一つくしゃみをした。

 まだそんなに寒いわけじゃねえけど小さく鼻を啜ると、ハインツが血相を変えた。


「アデレイド!」

「へっ? うわうわうわちょっとたんま!」


 怒ったような顔でずんずか寄って来られて俺は恐怖にパニクった。

 傘を盾にして前方に突き出しもする。


「絶対俺は帰りませんからな!」


 切羽詰まっていつも以上に変な言葉遣いになっている自覚はあったけど、それどころじゃねえ。俺は傘を相手への目隠しにするようにして放り投げると更に回れ右で駆け出し修道院の門を潜ろうと試みた。

 敷地内に入れば皇帝でも手出しできねえってムンムが言ってたからな。

 仮にここが戦場だったら俺は確実に敵前逃亡の罪で罰せられてる。そして戦場でもここでも、敵に背を向けるのはある種の賭けだ。背中から攻撃を食らう危険が大いにある。

 果たして俺は無事に門まで辿り着けるのか。この際滑り込みセーフってなギリギリラッキー展開でも良い。もっち体への負担は最小限に留める。

 薄く雨水の層の張った石畳をバシャバシャと走る俺とハインツの足音が上がる。


 ハインツの足音がすぐ後ろに迫った。


 追い付かれて肩を掴まれてぐいっと後ろに引かれる。


 マジかよ転ぶって……!


 だけど俺の肩はハインツの胸に当たって背中から抱き留められていた。


 でも脱兎が捕まえると暴れるように、必死こいて逃げの一手を打った俺も周囲の変化に気も回らず無我夢中で暴れた。


「ちょっ、やだやだやだ放せよッ!」


 このまま皇都に連れてかれるのを無力なアデレイドの体で大人しく待ってるなんて俺の性に合わねえ。拳が何かに……多分硬い板金とかに当たってちょっと手が痛かったけど、とにかく暴れた。


 だからなのか上手い具合にハインツを振り切れて俺はそのまま振り返らずに門の内側に駆け込んだ。


 だから、その直前までふわりと体を包んでいた温かな風の正体にも、そしてどうして簡単に振り切れたのかって根本的な不可解さにも、しばし思い至らなかった。


 ハインツがその気になれば俺は逃げられなかっただろうに。

 おばちゃんシスターが慌てて傘を差し出してくれる下で、俺は安堵の深呼吸を繰り返してハインツを振り返る。

 さぞかしご立腹だよな……って正直思った。


「あっ……、俺……」


 だけど彼は、全然怒ってなんていなかった。


 むしろどこか自嘲するような面持ちが俺の目に映る。その口元は俺の手がもろに当たったせいだろう、唇が切れて血が滲んでいた。

 やべえ、また怪我させちゃったじゃん俺……。


 傷付けてばっかだ……。


 それがどうしてか妙に心苦しい。


 そんな俺は、ここでやっとドレスがすっかり乾いているのに気付いて目を丸くしてもう一度あいつの方を見やった。


「なあこれ……俺が風邪引かねえようにって?」


 彼ははいともいいえとも言わなかったけど、聞くまでもなかった。そう言えばお茶会の時も体調を気にしてくれたよな。道中でもこれでもかって感じで大事にしてくれた。……やや見当違いの方向ではあったけど。

 こいつは、一体どのくらいアデレイドが好きなんだ?


 俺の中で残虐皇帝ハインツ・デスカのイメージが端からボロボロと崩れていく。


 こんなの、好きな女をただひたすら護ろうと奮闘するカッコイイ奴じゃねえかよ。


 でも、ここで絆されちゃいけねえんだよ。腹の子のためにもな。

 鬼皇帝を相手に心を鬼にしてっつーのも何か変だけど、俺は強い眼差しでハインツを見据えた。


「ハインツ陛下、悪いけどまだ帰りません」


 彼はこっち側には入れない。

 入ろうともしない。

 自分の立場を十分よく理解しているからだろう。

 俺はゆっくりと背を向けた。


「アデレイド!」


 名を呼ぶ声には一緒に帰ろうって響きがあった。

 だからこそ俺は背を向けたまま左右に首を振ってやる。

 耐えるような沈黙が返ってきて、俺は思わず振り返って叫んだ。


「ハインツ、きっと必ずアデレイド・ロジェは戻るから、それまで待っててくれよな!」


 あんたのアデレイドを。


 あんたの知らなかった一面を見て、俺はそのために今ここに居るんじぇねえかって思うんだ。……たとえ転生天使の奴のテキトー極まる人選だったとしても、結果的に俺がアデレイドになって良かったって思いたい。


 ハインツは何故か動じたみたいに俺の台詞に息を呑んだ。


「アデレイド……ッ、――今のお前だから私はッ」


 途中まで言い差して、ハインツは何故だか口を噤んだ。


 まだ機は熟していないとでも思ってるような面持ちで。


 それきり何も言わず真っ直ぐに俺を見つめる。


 え、何? 何だよ?


 ……そんな目で見てくんなっつの。


 目が合っているから余計に緊張を強いられる。恐怖とはちょっと違うような不可思議な感覚で。

 色々とハインツを騙している罪悪感なのか、何だか眼差しを受け止めていられなくて俺はさっさとまた背を向けた。


「じゃあな、風邪引くなよ」


 演技でも何でもない、素の俺の本心だ。


 あいつが思ったよりも怖くねえ奴かもってのはわかった。

 何となくもう一度振り返りたくなったけど、その矢先後ろで通用口の扉が閉まる音が聞こえた。


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