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18 おばちゃんシスターとお茶する俺

 ハインツはふと思考を止めた。

 何故なら所詮は仮定の話だ。

 何事も、確かめてもいないうちから過度な結論を出すべきではない。


 ……この真偽に限っては、早まれば自らの首を絞めるのと同義だからだ。


 その事よりも今は大至急で対処法を講じるべき問題が横たわっているかもしれない。


 医院にいた患者たちはほとんど皆が腹痛を催しているようだった。発熱していた者もいたかもしれない。

 一人城に戻ったハインツは、原因の調査を命じるのと並行して自分でもどこかで過去に似たような事例がなかったかを調べていた。

 執務室の傍らには銀甲冑が鎮座している。

 必要な事柄を調べたらすぐまた戻るつもりだったのでエドゥアールには返さなかった。


「まだ報告にも上がっていない予期せぬ住人たちの病、か」


 集団食中毒か、或いは……。


「最悪伝染病の可能性も出て来るな」


 ハインツは眉根を寄せる。

 国に仕える軍医や医学者たちには即刻現地へ行って調査をと命じ半ば強制的にハインツの瞬間移動魔法で飛ばしたが、結果が出るにはまだ掛かるだろう。今夜中にと言ってあるのでそうはなるだろうが、しかしそんな悠長に待っていていいのだろうかと彼は懸念した。


 ――ハインツ陛下。


 緊張して微笑んだアデレイドの顔が過ぎる。


 ――エド!


 自分に向けられた閃くような親しげな笑み。

 他の男の名を呼んでいるのは激しく業腹だが、それも自分で招いた事なので仕方がない。

 彼女を一泊とは言え修道院に泊まらせていいのだろうかと彼は自問自答した。

 公園の子供は修道院を抜け出して来たようなのだ。

 あそこは普段から閉鎖的で情報もほぼ遮断されているので容易には実体が把握できない。管轄する教会側に依頼すれば幾らか情報も得られるだろうが、そんな面倒な手間を掛けていては今日明日どころか、五日後十日後なんてざらだ。


「万一、あの中にも多くの病人がいたら……?」


 アデレイドにまで何か害があるかもしれない。

 居ても立ってもいられずに、ハインツは勢いよく椅子から腰を上げていた。

 皇帝としての責務とアデレイドへの思慕に板挟みでどうにかなりそうだ。

 彼はサクッと私的な処刑を敢行出来る人間だが、同時に愛国者でもあり無辜(むこ)の民を慈し……むような心の広さがあるのかは別として、彼らの生活と安全を維持するという責任感は持ち合わせている。


 ここでふと、彼の思考にロジェ家の屋敷医の不可解な行動が思い出された。


「まさか、あの男は何か事情を知っている……?」


 各地の医師などの医療に携わる者たちの間には独自のネットワークがあると言われている。


 それは私的であったり民間の契約であったりして、ハインツでさえも把握し切れていないものだ。

 だからこそ屋敷医は急いで屋敷を出た。彼が向かった方角はアデレイドと同じだという。魔法での瞬間移動を使えないだろう屋敷医は目的地まで馬車を飛ばしているに違いない。

 この憶測が憶測でなければ、到着は早くても今夜だ。


「やはり医者が急ぐような何かがあると考えて損はないだろうな」


 一昼夜ぶっ通しで馬車を走らせるなど、案外タフな老人だと頭の片隅でどうでもいい称賛を送りつつ、一時的なこの結論に辿り着くまで随分と時間を食ってしまったと彼らしくなく焦った。


 アデレイドは一度荷物を運び入れてから医院に子供の様子を見に行くと言っていたが、最早とっくに修道院に入っているはずだ。


 騎士たちの役目もとうに終わっているだろう。そうだとすると銀甲冑も役に立たない代物になってしまった。


「いや……まだ必要ではあるか」


 というよりも使わざるを得ない。

 その後でエドゥアールに纏めて送りつけようと決める。


 ともかく、状況が許せばアデレイドをすぐにでも修道院から離すべきだろう。


 しかし、果たして彼女は従ってくれるだろうか。拒まれたその時は強引にでも連れ帰るしか彼女の安全を守れない。


 だが修道院の中にいたならばそれも無理だ。

 皇帝やその臣下はいかなる理由があっても教会や修道院内への無断での立ち入り、そして武力行使や魔法発動が不可とされている。反対に皇帝の城や各地の別荘内で教会の人間が同様の事はできない。


 双方の破ってはならない暗黙の掟、不文律だった。


 自らの予測は今や確証に近いが、やはり一刻も早く専門家たちの見立てを聞きたい。知識や魔法に通じた皇帝ハインツにも分野外の物事は当然あるのだ。

 その一方、どうして予測した時点で彼女を一緒に連れ帰らなかったのか、たとえ結果的に杞憂だったとしてもそうするべきだったと、ハインツはきつく拳を握り締める。


「ハインツ陛下、ハインツ陛下、応答願います」


 執務室内に何者かの声が響いた。


 素早く声の出所を見やれば机の上に置かれている水晶球にも似た丸い石が淡く明滅している。

 遠隔地同士の音声のやり取りができる魔法具だ。

 最速で進めるよう命じていた件だろう。


「結果が出たのか」

「左様です」

「話せ」


 畏まった返事の後で、現地派遣の軍医や医学者たちが即席の調査で出した見解が述べられた。


 具合の悪い大半の者たちは、明らかに何らかの同一の病に罹患している。


 それが彼らが口を揃えた結論だ。


 しかしまだその原因が不明で、引き続き調査を行うという内容で報告は手短かに締められた。


 それからハインツが行ったのは速やかな医薬品の手配と送致。無論配下に命じてだ。

 教会の管轄地だが治外法権的な修道院ではなくそこに付随している街が対象であり、その街にしても大きな目で見れば皇帝陛下の治める国土なのだ。教会側に管轄許可を与えているのはそもそも皇帝だという古い取り決めを持ち出せば、仮に後々勝手をやったといちゃもんを付けられてもしれっとしていられる。


 ハインツとしてはこれでも急いだつもりだったが、何だかんだと時間が費やされ皇都の空はもうすっかり暗い。


 一通りの指示出しと準備を済ませた彼は休む間もなく甲冑へと手を伸ばした。





 所と時が変わっての、修道院の街の喫茶店内。


「――それマジっすか隊長!?」


 ロベールの素っ頓狂な声が上がり、少ないながらも食べに来ていた他の客たちの視線が一つ所に集まった。

 そこにはロベールだけではなくエドゥアールとフィリップとがいて、要は男三人ばかりが一つのテーブルを囲んでいる。注文した料理の皿はとっくに運ばれており、かつ、三人共ほとんど食べ終えていた。


「少し声を抑えろってロベール。迷惑だろ」


 エドゥアールが注意すると「しゃーせん」とロベールは肩を竦めた。


「じゃあ今までの馬上お姫様抱っことか甲冑椅子とか無謀かつやべえ痛さだなって思ってたアデレイド嬢に対する隊長の諸々の行動は、全てハインツ陛下のだったって事っすよね」

「陛下はそんな事までしてたのか……」


 エドゥアールは部下からの信頼や自分のイメージが著しく損なわれるので正直止めて欲しかったと思ったが、後の祭りだ。だがしかし、身の潔白はたった今証明された。天は見捨てなかった。だがだがしかし、心に負った絶妙に落ち込むダメージは簡単には消えない。

 エドゥアールが大きく肩を落として嘆息すれば、ロベールはからからと笑った。


「納得納得。何かエドゥアール隊長らしくないなーって思ってはいたんすよね。陛下だったなら、あの方って粛清とかも容赦なく苛烈でしたよね、だからああこりゃ恋愛事に関しても破格にぶっ飛んでるんだろうなーって思ってましたけど、アハハまさにその通りでしたね」

「どんな理屈だよそれは……。間違っても陛下に言うんじゃないぞ」

「そこは俺だって死にたくないんで」


 ここ最近の銀甲冑の秘密をやっとロベールにも明かせたのは良かったとエドゥアールは思っている。同席しているフィリップからは公園横の街路でハインツ入り甲冑が消えてまもなく、エドゥアール本人として路上で姿を発見されて一足先にバレていた。

 フィリップの消えた三分間はトイレではなくエドゥアールを問い詰めていた三分間だったのだ。しかしフィリップも最初はドッペルゲンガーだと思って本気で上官の命を危惧したという。


「ですがどうして陛下は直接ご自身の姿をお見せにならなかったんでしょうか」

「ははっ喧嘩でもして顔を見たくないとか言われたんじゃねー?」


 フィリップが心底疑問そうにすれば、ロベールがテキトーかつ冗談っぽく正鵠(せいこく)を射た。


 しかも、エドゥアールが飲み物を変な所に入れてしまって噎せた事から真実らしいと部下二人はすぐに悟って表情を微妙なものにする。特に失言を堂々としていたロベールは顔面蒼白を通り越して土気色だ。


「た、隊長……マジで(おわ)しませんよね? あの名前を出してはいけない御方は」

「よく聞け、某たちが今もこうして生きている事が、不在の証明だ」

「「なるほど」」


 この場にハインツ本人が居なくて本当に良かった~~……と三人は未だ健全に我が身の首と胴が繋がっている五体満足の僥倖をしみじみと噛みしめたのだった。

 ジェンナがこの店を訪れたのはちょうどそんなタイミングで、雨傘を畳んでいた彼女は騎士たちがそれぞれ自分自身の体を幸福そうに撫で回している様を目の当たりにした。

 この時彼女は帰りの道中に一抹の不安を覚えたと、後にそう述懐している。





「ふうー、一段落ついたせいか何か急に疲れたあー」


 ジェンナが去って部屋に一人になって寂しくなった半面ホッとした自分もいた。

 自分なりにもう少し荷物を整理して体の筋を伸ばしてから、俺は遠慮なく部屋のベッドに背中からごろんと寝転んだ。うっほ~快適~。

 しばらく無為に天井を眺めたままうとうとし始めた頃、俺の担当だって言う若いシスターがノックと共にやや早い夕食を運んできてくれた。

 てっきり高い天井の大きな食堂なんかがあって、寄宿学校よろしくそこで皆でいただきますをするもんだと思ってたからちょっと意外。

 まあ自己保身の面から考えりゃ、つわりを見られたら妊婦だってバレるかもだし、そもそもお腹が大きくなってきたらそうもいかねえし、下手に不特定多数の人間と関わって最悪ロジェ家の令嬢が妊娠してまーすって話がどっかから漏れてハインツに知られてジ・エンドってなるよかマシか。


 あと、俺みたいなワケあり滞在者には担当が付くらしく、俺には二人の担当がいるって話だ。


 もう一人はまだ知らない。


 因みに、妊娠はまだここの誰にも知らせてない。


 長期滞在させてほしいとだけ頼んであった。とは言え、さっきのおばちゃんシスターくらいになるとここに暮らして長いだろうし、薄々察しているとは思う。

 そのうちに真の滞在理由を明かすつもりだけど、とりあえず必要に迫られるまでは用心する。

 こっちが貴族令嬢だからか食事は決して質素じゃなかった。かと言って大盛りのパン肉魚卵果物盛り合わせってな豪勢さもなく、全てに火の通った栄養バランス良さげな内容だった。量も女子がちょうど良いくらいの量だったしな。味はどっちかって言うと薄味で、元より好き嫌いがねえ俺にとっちゃ全体的にとても満足がいった。


 食べ終えて胃も休まった頃……とは言ってもまだ時間的には遅くはなくて今から夕食って人も普通にいる時間、ようやくおばちゃんシスターが俺の部屋を訪れた。

 後で説明に来るって口約束をきちんと守ってくれてよかった。


 しかも俺のもう一人の担当は彼女だった。


 縁がある。

 室内に置かれた四人掛けのテーブルセットにそれぞれ腰を落ち着けると、彼女は缶から乾いた茶葉を取り出して沸かしたばかりだろうアツアツの湯気を上げる湯を注いでハーブティーを淹れてくれた。お茶一式の用意を持参してきた辺り、ゆっくりと飲み物を飲みながら俺の聞きたかった話やこれからの生活についての話をしてくれるようだった。お茶は匂いからすると多分カモミールと何かのブレンドだな。落ち着く~。


「あの、もしかしてここの庭にはカモミールがあるんですか?」

「ええ。カモミールの他にも色々とありますよ。ハーブは薬草にもなるので便利ですしね」

「ああ、カモミールは確か……鎮静と解毒でしたっけ?」

「あら、アデレイド様は物知りですねえ」


 シスターが上品にコロコロと笑う。

 いやさあ、おかんがハーブ育てんの好きで家の大きなプランターにも植えられてるからたまにお茶にして飲まされるんだよ。そして嘘だかホントだかわからんけどよくハーブにまつわる蘊蓄(うんちく)も聞かされる。だから自然と覚えてたってわけ。

 中心が黄色いカモミールの白い花ってのは、林檎に似た香りを出すから春には俺もその香りを好きでよく嗅いでたよ。


「今は季節が違うけど、きっと春には花の香りを楽しめますよね。まあ随分先の話ですけど」


 だって今からだと春は一番遠い。


「……そう、ですね」


 弱い笑みを浮かべたシスターの返事は何故かやや歯切れが悪かったように思う。


 次に早速と話題にしたのは公園での例の子の様子だ。

 今は修道院内の母親の所に無事に戻ったらしい。意識は回復したものの相変わらず体調が悪いようだから無事って表現が適切かはわかんねえけど。

 どうしてあんな所に居たのかを詳しく訊けば、その子の母親も具合が悪くて、母親のために薬をもらいに抜け出したらしい。修道院にはどこかに抜け道があるんだろう。でなきゃ木の枝を登って塀を越したなんてやんちゃをしたのかも。医院までの最短ルートが公園内を突っ切る方法で、だけどその子も熱があったのを我慢して動いていたから途中で力尽きた、とそんな経緯だった。結構広い公園だったもんなあ。勝手にこっそり抜け出したから傘も持ってなかったのかも。

 病の母親のために感心な子だぜ。その母親共々早く良くなってくれるといい。


 そして、話のもう一つの主軸に俺は内心でうへえって舌を出していた。


 滞在期間終了までは修道院から出る事は基本的に不可。


 まあそこは予想通りだ。

 たださあ、最近のここの方針で、この女子修道院の建物内も一人で歩かないように言われた。礼拝堂は予約すれば使えるようだけど、気分転換に庭とか畑に出るのも駄目。

 来年の春までにその方針が変わるかもわかんねえってなわけで、だからシスターの歯切れが悪かったんだな。

 敷地内から出ないのはまあ受け入れるとして、ほとんど部屋だけで過ごせって……俺は禁固刑の囚人かよ。運動不足になるわ。妊婦にだって、いや妊婦だからこそ体力作りのためにも適度な運動は必要だろ。そうは言っても表立って勝手やってここを追い出されても困るしなあ~。

 まあそんな窮屈を我慢すんのも殺されないための代償だって思えば辛うじて何とか……?

 あとは、悪徳シスターをどうにか見つけ出して子飼いにしてやって……クククク。


「あのー、アデレイド様?」

「はい?」


 俺がキョトンとして顔を上げれば、シスターは不審そうな面持ちだった。やべやべっ、まさかあくどい顔付きになってた? 声に出してた?


「それ、先程から何度も口元に運ばれているカップ、もう空ですけれど……。お代わり要りますか?」

「あっ、あらオホホ、これは失礼。お代わりは大丈夫大丈夫、美味しいティータイムをありがとう。ご馳走様でした!」


 利己的な計画を練る俺はゼンマイ仕掛けの人形よろしく無意味に同じ動作を繰り返していたらしい。ハハハそりゃ不審がられるってか大丈夫かこいつって気遣われるわな。

 人間人前で悪い事を考えるもんじゃない。はは。


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