13 兜は時に防具じゃないと身を以て知った俺
二日目。
ホテルで朝食を済ませてから俺たちは出発した。
今日も一日目と然して変わらない道行きになるだろう。途中途中で休憩を挟みはするけど、一日目よりは馬車の速度を上げても問題はなさそうって感じた俺の要請で、車窓に流れる景色の移り変わりは若干急ぎ足だ。
無言のエドから前日みたいに抱っこされての馬上運送をされそうになったけど、咄嗟に馬車に齧り付いて断固拒否した。
追い剥ぎとかに襲われるような万一の有事の際にも円滑に対処できるよう是非とも空手の状態でいてくれ、景色を楽しむよりも修道院まで確実に護ってもらえるって安心の方がこっちにゃ重要なんだって切に訴えて何とか説き伏せた。
まあ説き伏せたって言っても、エドは魔法文字で「何があっても瞬殺するから大丈夫だ」って物騒な文面をしばらく主張してたけど、俺の切実な様子に最終的には譲歩してくれたんだと思う。
その代わり昼食休憩中はずっと傍にいるって意思表示もしてきたっけ。
エドの職務熱心さと少しでも俺の旅を有意義なものにってサービス精神は有難かったけど、ぶっちゃけ言えば馬上は不安定でかなり冷や冷やして景色を楽しむどころじゃなかった。馬に乗るなら出産後に自分で乗馬を習ってからだなって思ったよ……。
まあそんなわけで途中の街で昼食休憩している間中、エドは銀ギラした甲冑を惜しげもなく周囲に披露しながら、護衛対象の俺のすぐ傍をキープしている。
因みに現在、俺たちはレストランの店内の席にいる。
食事を手早く済ませるためにも御者を含めた六人全員で一斉に食べようって俺の意向で各々椅子に座っているわけだけど、どういうわけか俺だけ超特等席だった。
エドが椅子だった。
くうう、人間椅子……ッ。
エドは椅子に座って俺がそのエドの上に座らされているから厳密には人間椅子とは違うけど、そう言って障りないと思う。
「……あのさエド、ここまでしてくれなくていいって」
無口バージョンのエドからはどうしてか何も、魔法文字すらも返って来ない。
そして相対的に座高が上がりまくった分、店のテーブルの高さが合わない。めっちゃ合わない。俺はどうやって料理を食べればよろしいのでしょうか。
そしてエドもこの状態で食えんの? ねえ?
そして誰か彼を窘めてくれ。
特にそこっ! フィリップとピエールいやロベール! お宅ら己らの隊長をどうにかしてくれ!
二人はこの旅が始まって以来どうしてかエドに時々困惑しきりな目を向けていた。恐れ多くて指摘が出来ないのか上官の個性だと諦めているのかは知らないけど、今なんて素知らぬ顔で食事の手を動かしている。見て見ぬふりはどうかと思うよ、ねえ!?
これは胎教に良くない。もしも何かあったら、助けを求めた俺と合った目を逸らしたジェンナと御者も同罪だかんな!
店内からは当然ながら大注目されている。そりゃ~ある意味大道芸人と同列のご一行だからな~。主にエドが。オプションは俺だけど……。
ふう、と羞恥疲れに嘆息した俺は死んだ魚の目でテーブルの食事を眺め下ろした。
ちょっとここの地元じゃランクの高そうなレストランだったし、入店をお断りされなかっただけマシだったから、好奇の視線は甘んじて受けるかー。
……っ、だけどさ、料理の皿が遠い……っ。
皿へと伸ばした腕がプルプル震える。
けど結果的には料理と近くならなくて良かったのかもしれない。これまでの経験から吐きそうにならない無難なメニューを注文したものの、この店は今までで一番多彩なメニューのある店だったから皆の注文の品も三者三様だ。うっかりつわりが出たらまずいもんな。
はー、腕は疲れるだろうけど腹を括ってどうにか食べるしかない……なんて思っていたら、エドが俺の手からスプーンを攫っていって俺の料理をひと匙掬い取った。
「あっちょっと俺のだってそれ!」
俺の注文の品はスパイシーだけどさっぱりした鶏肉と野菜のスープだ。見るからに食材たちの旨味がよく出ていてコクも十分にありそうな一品で、漂ってくる香りだけじゃなく味もピリ辛だろう。人気のメニューの一つらしい。
ただ予想外にも、食べ物の恨みは何とやらで非難の声を上げた俺の目の前でエドの持つスプーンが止まった。
スープが零れないような絶妙な力加減だ。結構器用なんだな。
「エド?」
ちょっとの当惑と微かな苛立ちを感じる俺の口元の傍で、スプーンは依然静止している。
俺は思わず目をぱちくりさせた。これはあれか? あーんしろって?
ははっ小さな子供じゃないんだし、さすがにこれは羞恥が過ぎる。恋人でもない男からこんな事されてもなあ。ジェンナたちもどこか困惑の目で俺たちを見てるし。
「いや、自分で食べるって」
「…………」
「ホントいいから」
「…………」
「えーと、とりあえずそれぞれ椅子に座らない? エドだってこのままじゃ食事できないだろ」
「…………」
えー、はい、結局何を言っても無言しか返らずスプーンも動かず、折れました、俺が。
因みに我がチョイスに狂いはなかった。美味しかった。猛烈な羞恥の中の唯一の救いだったよ……。
腹休めに街の広場のベンチでまったりしている間も、やっぱり忠実な騎士隊長殿は俺の傍に控えていた。もう甲冑椅子は御免だから俺は何も言わずにベンチに陣取ったわけだけど、エドも何も言わずに俺の隣りに腰を下ろした。
他の同行者たちは俺たちとは別のベンチか近くの木に寄り掛かって立っている。
多少朝よりは雲が出てきていたものの天気は悪くなく、そろそろ出発するかなと思った矢先、エドが魔法文字を浮かべた。
――ずっと気になっていたんだが、訊いてもいいか?
もしかして大人しく横に居たのは質問があったからか?
「うん、何?」
――どうして修道院にまでわざわざ行こうと思ったんだ?
え、今更それ訊いてくるのかよ。
依頼人の目的を詮索しない方針だったけど、やっぱり好奇心が勝ったのかもしれない。
まあ無難な答えの用意はあるからいいけどさ。
「そりゃ俗世から一時的に離れて祈るためだよ。あとは寄付するって目的もあるかな」
寄付の部分は貴族令嬢として尤もらしい理由づけだったからか、エドはそこに焦点は当てなかった。
――そこで何を祈る?
「勿論、ハインツ皇帝陛下の無病息災を」
ふっ、どうだこの優等生な回答は。
だけどどうした事か予想に反してそこでしばらく会話が途切れた。
「エド……? えーと何か駄目だった?」
ちょっと居心地の悪さを感じながらの俺の視線の先じゃ、こっちに兜正面を向けたままエドはたじろぎもしない。
そう言えばハインツってエドにとったら主君なんだっけ。皇帝陛下の事は俺よりもよく知ってるんだよな。
「ハインツ陛下ってもしかしてそういうの嫌いなタイプなのか? でもさ、勝手に祈るだけなら別に問題ないだろ?」
エドは何の反応も寄越さない。まさかの問題大あり……?
くそ、ここまで来て引き返しましょうなんて言われないよな?
「えーとほら、地元の教会じゃ何となく十全に集中できなくてさ。じっくり熱心に大事な陛下の安寧を願える場所で一度そうしたいって思ったんだよ!」
否定的な意見が返る前にと、俺は畳みかけるようにしてこの素敵な理由を捲し立てた。どうだ、俺って健気だろ。アデレイドはハインツと噂のある令嬢なんだし、エドもこれ以上変に勘ぐる気なんて起こさずに納得してくれればいい。
ここは笑顔で押し切ろうとエドへと笑みを向けていると、ふっと気配が近付いた。
え、何? 急にどうしたんだ? 突発的に近眼になったとか?
妙に兜が近……、
「~~~~ッてえええ!」
ズームアップする兜をキョトンとして見つめていたら、顔面にダイレクトヒットをかまされた。
ぶつかった反動でやや仰け反ってから両手で鼻を押さえて丸まった俺は、一頻り悶絶してから涙目になった顔を上げ睨み付けた。
「何するんだよ!」
ま、当然ながら無機質な兜面からじゃ相手の感情は見えない。
幸い鼻血は出なかったけど、そもそも兜を近付けてきた意図がわからない。
そんな俺の疑問を察したようにエドがようやく魔法文字を浮かべた。
――すまない。うっかりしていた。
うっかりだああ~?
だけど故意じゃなくぶつかるって……あーそうか、なるほどな。
「いくら被り慣れてるって言っても、兜だとやっぱ細かい部分での距離感がいまいち掴めないんだろ? まあ俺もそれ被ったら絶対そうなる自信がある。へへっちょっと痛かったけどまあ今回はと・く・べ・つ赦してやるよ」
からりとして言ってやれば、
――感謝する。
エドにしては固めの言葉が返った。
「ただし今後は気を付けてくれよ? 俺の大事なお鼻ちゃんがぺしゃんこになったら世界の大損失だからな」
「…………」
「いや何か突っ込んでくれ!」
軽いジョークだったんだけどこれじゃ単なる空気読めないナルシストじゃんなあ俺……。
「さ、さてと、そろそろ出発しようか! 少しだけど風も出てきたから途中で天気が崩れるかもしれないしさ」
少し待っても結局ツッコミが飛んで来る様子はなかったから、気を取り直してエドに先んじてベンチから腰を上げる。
「エド、行こう」
ダチにするような感覚で半分振り返って彼を促した。
エドは、口元を笑みって言って良いのか微妙なラインでへらりと緩ませた俺の顔を数秒じっと見ていたけど、ゆっくりと、緩慢ってよりはまさに鷹揚って言葉がしっくりくるような動きで立ち上がった。
にしてもさ、さっきはこっちの顔面にぶつかるくらい顔を近付ける必要性が何かあったっけ?
俺の顔に何か付いてたのか?
他の人員にも声を掛け馬車へと歩きつつ、もしや食べかすでもくっ付いてるかと自分で自分の顔を触ってみたけど何もなさそうだった。
紳士的なエドに手を貸されて馬車に乗り込む際、添えた手を何故か一度握り込まれた。
「エド? 放してくれないと乗れないんだけど。無論馬上運送は遠慮するし」
尚も手を握ったまま彼はやっぱり何も言わずに俺の反応を窺っている。
何か言いたい事があるのかもしれない。
警護の責任者として気を張っていて疲れたからもう少し休憩したいとか? それとも昼食が足りなかった? まあ、俺を膝に乗せて給仕していたって不自由以前に、兜を取らなかった彼が食事をできたとは思えない。後でこっそり携帯食でも食べるつもりなのかもな。
「なあおーい? 大丈夫か? 具合でも悪いのか?」
不審を抱くよりもちょっと心配になって見えない兜の奥を見透かすように顔を近付けて覗き込めば、否定に首を振った彼からやっと手を離されて、俺は少しの安堵の色を浮かべて馬車の座席に収まった。
出発して次の休憩までの間はエドも先頭を行っていたし会話なんてしなかったけど、休憩後は機嫌の良い時のエドに戻っていてやっと完全にホッとした。体調が優れないのかと思ったけど俺の杞憂だったみたいで良かった。
その日、後はもうずっと喋ってくれるエドで、二日目の行程も順調かつ大事なく終了した。
天気は俺の予想が当たって夕方には雨が降り出していたっけ。
ハインツ・デスカはアデレイド・ロジェという少女を熟知しているわけではない。
大体の性格を知った気になっているだけだ。
それは彼の相対するどんな人間にも言えるので、特にがっかりする必要はない。
しかし、ここに来て彼は重大な懸念を抱いている。
時々エドゥアールと入れ替わって銀甲冑の中に居る彼は、ここ最近のアデレイドに以前との差異を感じていた。
彼女は果たしてこのような女性だったろうか、との大きな違和感と疑問は積もり続けている。
彼女の事はとても気に入っていて、無礼を働かれて腹が立っても、興が冷めたり顔も見たくないと退けたりしたくはならないし、少しも殺したくならないくらいには好意があると自覚はしている。
彼女の身内に打算はあれ、彼女本人には裏がないのも好感を持てる理由の一つだ。言動は押し付けがましくなく、人を和ませる空気を彼女は生来持っている。
一緒に過ごしてきた時間は決して多くなかったとは言え、男女交際の順序がまるで逆で多少の気まずさがあったとは言え、この先の人生を共有しても構わないと思える相手が彼女だった。
一緒にいると仄かに優しく自らの気持ちの緩む相手、アデレイド・ロジェ。
彼女が怪我一つしないよう見守っていけるのなら、たとえ隣に居られないとしても本望だった。まあ土台諦める気もなかったが。
そう言う面で彼女は他の煩わしいだけの令嬢たちとは明らかに違っていたのだ。
ハインツは彼女との婚約そして結婚を視野に入れているが、その件をまだ言葉にはしていない。
関係を持ってしまった責任を取ろうとしたものの、久しぶりに会ったアデレイドの様子に言葉に出来ずにいたのだ。
彼女は目に見えてハインツへの壁を作ってしまっていた。
眼差しにも声にも、以前は確かに自分へと向けられていた彼女の親しみや恋慕が感じられなかった。
あの件では媚薬のせいか明確な拒絶はされなかったとは言え、いくら温厚な彼女でも腹を立てずにはいられなかったのだろう。
無防備な相手に手を出すなど最低だったとは思う。……ただ、後悔はないが。
だから、彼女の怒りが解けるまで、もう少しあと少し様子を見ようと時間を費やし今に至る。
彼女をよりよく観察できた、それが良かったのか悪かったのかはわからない。
夜も更けた皇帝の執務室。
「……お前は誰だ、アデレイド……」
ハインツ・デスカの小さな呟きが落ちた。




