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君と私  作者: しゅり
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雪の降る日に


 全身に黒い服を纏い、先ほど購入したばかりの透明のビニール傘をさす。

 けれど透明な筈の傘は、すぐにその色を変え、真っ白な物へとなってしまった。

 淡雪や粉雪ならば自分の名前を体現したかのようなそれに、その粒の、すぐ消えてしまう冷たさや匂いを楽しむ余裕すら生まれるが、あいにくと前すら見えなくなるような、最近では珍しいほどの降雪量になるであろうドカ雪。

 六花(ろっか)は急いで目的の場所に足を進める。

 急ぐ中ちらり、曇った腕時計で時間を確認して舌打ちをする。完全なる遅刻だが、タクシーを拾えそうにはなかった。





 漸く目的である一軒の家へ到着した頃には頭から足先にいたるまで雪が張り付いていて、もはや何色なのかもわからない物になっていた。周りの様子からしてもうあらかた落ち着いてしまったのだろうか。このまま帰ってしまおうかと思ったが、父から頼まれたことでもあるのでそうするわけにもいかない。

(こんな天気でも出てきたわけだし……。)

 真っ赤になってしまったかじかむ手を擦りあわせて、溜息を一つ白い息とともに吐き出し、意を決して玄関の扉を開けた。









 今日六花が父に頼まれたのは親戚のお葬式に顔を出すことだった。

 親戚と言っても六花自身、幼い頃に会っただけのあまり近くない親戚なのだが。

 父が出席するのが一般的なのだろうが、少し前に転勤になってしまったうえ、タイミング悪く、この時期猛威をふるうインフルエンザに負けてしまった父の代わりに私が赴く事になってしまった。


 初めて赴くその場所に早めに家を出たものの、天候もすこぶる悪く、交通機関がストップしていたうえ、思ったよりも迷ってしまい、着く予定だった時間を遥かにオーバーし、おそらくもうほとんどが終わってしまっているだろうが。





 家の中は思ったよりも騒がしい。

 奥の部屋からだろうか。怒鳴り声すら聞こえてくる始末。

 靴を脱ぎなら、何故このような状況下で怒鳴り声なんて聞こえるのだろうと不思議に思い、首を傾げると、ふいに視線を感じて顔を上げた。

 しかし、見えたのは階段だけで、確かに二階のほうから視線を感じたのだが何も見当たらず、気のせいかと疑問に思いつつもたいして気に止めることなく、声のする部屋へと向かう。


 先ほどよりも大きくなっている怒鳴り声に、気まずさを覚えながらそっと扉を開けたが、話し合いと言う名の怒鳴り合いが白熱しているのか誰も六花に気づくことは無かった。

 あまりの金切った怒鳴り声に眉を顰めつつ、言い争っている内容を理解しようと耳を傾ける。


「うちには来年大学受験の子供がいるのよ!その上もう一人養っていけるわけないでしょう!?」

「うちだって子供はいる!!お前たちのところは子どもが一人しかいないだろう!!うちは子どもが三人いるんだ!!」

「あなたたちのとこが一番裕福じゃない!」

「大体、遺産だってたいした額じゃないらしいじゃない・・・!」

「やっぱり可哀想だけれど施設に預けるのはどう?もう小さな子どもという歳ではないんだし。」


 似たようなことを主張している大人達のなんと醜いことか。要は、子どもを引き取りたくないということらしい。

 六花は事前に父に聞いていた話を思い出す。




 今は亡き母の、少し遠い親戚の一家。

 家族旅行の帰り道に事故に遭い、ただ一人生き残った子ども。

 母方の遠い親戚といえども、母が亡くなる前までは、たまに会えば親しく話したし、それ以外でも親しい付き合いだった・・・とインフルエンザのせいで余計に沈んだ声に聞こえた父の話が蘇る。


 六花は誰かに気づかれる前にそっとその場を抜け出した。

 父の話を思い出した今、さっき視線を感じたのは勘違いではないはずだ。おそらく、二階にいるのは……。








 なるべく音を立てないようにそろりと階段を上がる。目当ての部屋がどこかはわからなかったが扉にかかっているプレートを確認して見当をつける。生き残ったのは確か男の子だった。ならばこの可愛らしい女の子の名前のかかっているプレートの部屋ではないだろう。そう思い木彫の、北欧調のプレートがかかる部屋をそっとノックする。

 けれど、しばらく待っても部屋の扉は開くことはない。さてどうしようか・・・と考えてるうちに思わずドアノブに手を伸ばしていたらしい。無意識のうちに回していたであろうそれはなんの抵抗もなくその扉を開かせた。しまったと思った時にはすでに遅く、窓際に設置されたベッドに座り窓の外を眺める少年の姿を視界に入った。


 そこには思っていたよりも小さな背中があった。外に降る雪のせいか、下からまだ聞こえる怒鳴り声が余計に響いている。この少年はずっとここで、聞きたくもないだろうあの大人達の会話を聞いていたのだろうか。


 ふと六花は数年前のことを思い出し目を細める。思えばあの日も大雪ではないけれどまれに見る大雨だった。降り続ける雨の中でつのっていった、どうすることも出来ない恐怖と不安。

 物思いにふけっていた美雨がはっと気づくと、目の前の少年がこっちをじっと見つめていた。

 六花は慌てて笑顔を作り、少年に声をかけた。

 父から聞いていた少年の名は確か……。




咲良(さくら)くん、だよね?」

「・・・・だれ、ですか。」


 どうやら間違えていなかったらしい。

 けれど警戒したようにこちらを見つめる少年に思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 仕方のないこととはいえ、野良猫のようだと思った。

 実際会ってみてもかける言葉など思いつきもしなかったし、考えてようともしていなかった。

 大切な人を失った人にどんな言葉をかけても慰められることは無いということも六花はよく知っているつもりだ。




 少年は端正な顔立ちをしていた。確か春から中学生になるんだったか。悲しげに揺れる瞳は本来大きいのだろう。少し癖のある、けれど艷やかな柔らかそうな髪。笑えばきっととても可愛い子だろう。大人になればきっと綺麗な青年に育つ。だけど少年は笑うことも無く、力いっぱい拳を握り締め、少し震えている。


 我慢していることなどすぐに見て取れた。

 小さな体で大きな悲しみに耐えようとして、精一杯の力を使って涙も流さずに、一生懸命。

 その姿がどうしてもいつかの自分と重なり、どうしようもなく苦しくなる。

 あの日に学んだ。どんなに誰かが慰めの言葉をかけても、同情の言葉をかけられても、優しさを示してくれても、大きな闇に飲み込まれそうな人間には、何一つ届くことは無い。それどころか、すべてが癪に触り、拒絶への行動へ移す原因としか受け取られない。どんな言葉をかけても意味なんて無いのだ。

 それを六花は身をもって経験している。

 ただ、一つ少年と違うのは私には父がいたこと。

 ただ静かに、寄り添ってくれた人が。





 未だに警戒している少年を驚かせないように、そっと近寄り優しく抱きしめた。

 それでもびっくりさせてしまったのであろう少年は六花の腕から逃げようとして暴れる。おそらく今夜のお風呂がしみるくらいには傷が出来ている。

 けれど六花はここで少年を絶対に放すつもりはなかった。

 そのうちに六花が離さないことに諦めたのか少年は腕の中で大人しくなった。

 六花が大人しくなった少年を膝の上に抱きかかえ上げ、右手で背中をさする。しばらくすると、少年は六花の胸に顔を押し当てて我慢していた涙を流した。




「ねえ、咲良くん。咲良くんさえよければなんだけど私と一緒に暮らしてくれないかな。」



 それは少年が、咲良が家族を亡くしてから初めて流した涙だと六花が知るのは随分後のことになる。


 

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