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バンドをクビになりましたが、憧れの覆面バンドに加入できたのでメンバーの女の子達と楽しくやっています  作者: 剃り残し


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お泊り④

「……ようございます。おはようございます」


 囁く声で目を覚ます。目を開けると目の前に奏の顔があった。一瞬寝ぼけて驚くものの、昨日の事を思い出して納得する。


「おはよう」


 のどがイガイガする。部屋が寒いのでエアコンがつきっぱなしだったらしい。咳払いをしていると奏も察したらしい。


「ありゃ、ごめんね。のど飴あるかなぁ。下行こっか」


 奏が布団を引き剥がしてくるので、渋々起きて一階のリビングに向かう。寝癖なのか、奏の髪の毛が少しうねっている。外を見ると今日も雨が続いているみたいだ。


 リビングに入ると奥の方から物音がした。ソファに腰掛けようとすると、四十代くらいの女性と目があった。耳が出るくらいのショートカットでエプロンをしている。


「おはようございます。奏さん……とまさか彼氏さんですか?」


「青木さん、おはよ。彼氏じゃないよ。ただの友達。彼氏が出来たら一番に報告するって言ってるじゃんか」


 一瞬、お母さんかと思って焦った。この人がお手伝いの青木さんみたいだ。


「彼氏じゃない男子とお泊りの方がビックリですけどね。最近の若い人は不思議ですね」


「だからそんなんじゃないってばぁ。青木さんが泊まってくれたら安心して寝られるのになぁ」


「それは中学校までの約束でしたよ」


 奏はプクッと頬を膨らませてキッチンの方に歩いていく。本当に青木さんに泊まってほしいというよりは、いつも言っている冗談みたいだ。


 なんだか本当の親子のように仲が良い。昔からいる人なのだろう。


 トレイにお菓子とお茶を載せて、青木さんが僕の方にやってきた。


「始めまして。青木智子あおき ともこです。奏さんのお世話をしています」


「あ……始めまして。須藤奏吾です。奏の同級生です」


 バンドの件は知っているか分からないので伏せておいた。


「奏吾くんがこの前言ってた新しいメンバーなんだよ」


 奏がマグカップを持って戻ってきた。


「あら。そうだったんですか。早速ネットニュースになってましたね。CircleCが小さなライブハウスにサプライズ登場! ですって。BBCも歴史があるハコなのにひどい扱いですね」


 どうやら青木さんはバンドの事を知っているらしい。


「ベースが変わった疑惑も出てたね。事実そうなんだけど。賛否だと賛の方が多いみたいだよ。奏吾くん、良かったね」


 奏が僕にマグカップを手渡してくる。


 昨日のライブで僕は名実ともにユキに近づいたのだろうか。ファンとして純粋にサクシの曲を楽しめなくなりそうだ。


 マグカップからは生姜の匂いがする。ジンジャーティーを作ってくれたみたいだ。お礼を言って口をつけると蜂蜜と生姜の匂いが広がる。喉も少し楽になってきた。


「どう? 奏ちゃん特製のジンジャーティー」


「美味しいよ。喉も良くなった気がする」


 奏の背後で青木さんがニヤニヤしながら自分を指さしている。多分だけど奏が作った訳ではないのだろう。指摘するのも野暮なので心の中に留めておくことにした。


 奏とソファで横に並んでテレビをボーッと眺める。青木さんは家の掃除に行った。しばらくは戻ってこないらしい。そんな事をわざわざ言っていかなくてもいいのだが。


「青木さんって付き合い長いの?」


「長いよ。小学校くらいの時からちょくちょく来てて、親が帰ってこなくなってからは週5で来てくれてるの」


 奏はテレビに興味なかったようで僕の方を向いて話してくる。親が帰ってこなくなる、という言葉がズキンと刺さるが本人は何てことないように話す。それが更に物悲しさを引き立てている。


「奏さーん! 下着はネットに入れてから洗濯機に入れてっていつも言ってますよね!」


 風呂場の掃除をしていたであろう青木さんが家の奥から叫ぶ声が聞こえた。奏は「ごめんなさーい」と叫ぶとテレビの方を向き直し、唇を巻き込んでおどけた顔をした。同級生の前でお母さんに怒られた娘のような態度だ。


 青木さんも青木さんで、友達がいる時に下着が云々と言うのは少しデリカシーに欠ける気がする。それだけ何でも言えるということの裏返しかもしれないが。


「奏吾くん、お昼食べてくよね?」


「あ……じゃあお言葉に甘えようかな」


「うしうし。青木さんの料理美味しいんだよ」


 奏は自分の母親を自慢するかのように青木さんの事を話してくれる。


「なんだか、本当のお母さんみたいだね」


 僕がそう言うと奏の顔が曇る。


「でも私のお母さんじゃないから。もし地震があったら助けに行くのは私じゃなくて自分の息子。当然なんだけどね」


 奏を助けに来るのは誰なのだろう。実の両親は来てくれるのだろうか。この雰囲気だとそんなことはありえないと奏は思っていそうだ。


「奏さん、今日は失礼しますね。洗濯物は浴室乾燥が終わったら畳んでからしまってくださいね」


 青木さんがカバンを持ってリビングの出入り口から声をかけてくる。


「あれ? 今日って午前だけなんだっけ」


「そうですよ。前も言いませんでしたっけ」


「あちゃ。忘れてたよ」


 そう言うと奏は青木さんと一緒にリビングを出て玄関の方に行く。玄関まで見送るのだろう。


 少しすると奏だけがリビングに戻ってきた。ソファに勢いよく座る。


「いつもは午後までいてくれるんだけどね。仕事自体は午前で終わるから、その後に話し相手になってくれてるんだ。今日は奏吾くんとたくさんイチャイチャしてください、ってさ」


 青木さんに気を使われたらしい。そういう関係ではないのだが。奏は青木さんのお昼ごはんを食べ損ねたからか少し不機嫌そうだ。


 奏にとって青木さんは心の拠り所なのだろうということがひしひしと伝わってくる。さっきの地震の話だってそうだ。


「さっきの話だけど……地震が起きたら助けに来てくれる人の話。僕で良ければ奏を助けに来るよ」


 奏が驚いた顔で僕の方を見る。僕も何故こんなことを言ったのか分からない。奏への同情なのか憐れみなのか下心なのか。この豪邸という鳥籠に一人ぼっちの奏を見ていると居ても立っても居られなくなってしまったのだ。


 奏の顔が泣きそうになって歪む。無理に笑おうとするので表情筋が忙しそうだ。最後には泣きたい気持ちが勝ったのか、涙をこぼし始めた。


「奏吾くん……ありがと。嬉しい。震度1でも呼び出すからね」


 その後もしばらくの間、奏は泣いていた。どうしたものかと思いながら、お茶をくんだり変顔をしてみたりしている間に元気を取り戻したみたいだ。


「私は誰の一番にもなれないと思ってた。奏吾くんの一番って良さそうだね」


「一番ってどういうこと?」


「それを女の子に言わせるなよぉ!」


 奏が僕の背中をバンバンと叩いてくる。なんとなく意味は察していたけれど、そういうラベル付けがされた関係にはまだ早い気がした。


 何よりバンド内での色恋沙汰はご法度だ。僕が敬愛するサクシを、僕がグチャグチャにするなんてありえない事だ。


 そんな訳で、僕と奏の関係は「友達、ただし地震があったらいつでも駆けつける」となった。

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