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バンド脱退、加入①

 梅雨のジメジメとした空気が充満する軽音楽部の部室。バンドメンバーの三人の視線が僕に注がれている。あまり気持ちのいい視線ではない。僕は今、高校の同級生と組んでいるバンド『Twilightトワイライト』をクビになりかけている。


 そもそも、音楽室で練習する予定だったのに、いきなり練習場所が変更になり、軽音楽部の部室に呼び出された。おかげで僕の愛する楽器は今この瞬間も音楽室に放置されているため、離れ離れになってしまって気が気でない。誰もいたずらをしないで欲しい。


 高校入学早々に結成してから二ヶ月が経った。地元の小さなライブハウスでライブをすると、そこそこの人に聞いてもらえるくらいの知名度はあるため、高校という小さいコミュニティ内ではかなり有名なバンドだ。


「ほ、本当に……抜けないといけないの?」


「当たり前だろ。皆、お前のベースに不満しかなかったんだよ。ルート弾きだけしてりゃいいのにやたらと目立つフレーズをぶち込んでくるからやり辛えんだよ」


 ルート弾きとは、同じ音をずっと弾き続けるベースパートの基本のフレーズだ。ギターボーカルの野呂海斗のろ かいとがジェルで上げた前髪をクルクルといじりながら面倒くさそうに話している。


「後、ベースを構える位置が高いのも不満だね。あれダサいんだよね。トワイライトの雰囲気に合わないっていうかさ」


 キーボードの向谷蓮むかいや れんがそう言う。マッシュルームヘアで目がほとんど隠れている。彼が作曲を担当していて、激しめのロック曲が多い。ベースを高く構えようと低く構えようと、きちんと弾けていればどっちでも良いと思うのだが。むしろ変にカッコつけてリズムが狂う方が困ると思う。


「あー……わ、わたしはまぁ、蓮が言うなら賛成かなぁ」


 ドラムの神保芽衣子。蓮の彼女らしいが知ったことではない。いつも芽衣子は蓮の言いなりになっている。本人の意志はどうでもいいが、的外れな蓮の意見に同調している時点で同程度の人間だと思う。


 かれこれ三十分は話しただろうか。一応、僕としては残留したい方向で話を進めていたのだが、冷静になるとトワイライトにそこまでして残る意味が分からなくなってきた。


「ほら、そろそろ次のベースの人が来るんだ。音合わせもしたいから早く出ていってくれ」


「あ、あぁ……わかったよ」


 僕はうなだれながら部室のドアを開き、部室の外に出た。校舎の廊下も部室と同じくらいジメジメしていて不快指数はとんでもなく高い。だが、不快なのは湿度のせいだけではない。


 視界の右側からギターケースをかついだ女子が歩いてくるのが見える。彼女が新メンバーなのかもしれない。


 僕にとってはどうでもいい事なので、音楽室に置いてあるベースを取りにいくため、部室を出て左の方に歩いていく。


 バンドをクビになったことよりも、貴重な男友達、いや、男子の知り合いを失ったことへの悲しみが大きい。


 僕が通う愛楽高校は、去年まで女子校だった。僕が入学した今年度から共学化されたため男子生徒は同級生でも十人に満たない。


 その中の二人と仲違いをしたのだ。海斗と蓮の二人に有る事無い事噂を立てられるだろうし、男子の中で孤立するかもしれない不安が頭をもたげる。


 これからの男子勢力の中での立ち回りを考えながら音楽室に向かって歩いていると、聞き覚えのある曲が耳に入ってきた。CircleCサークルシー、通称サクシの曲だ。


 サクシはインディーズ界隈で有名なパンダの覆面バンドで、僕はサクシの大ファンだ。サクシのイントロクイズなら誰にでも勝てる自信があるし、四ヶ月前に始めたベースもサクシのベーシストであるユキに憧れたのがきっかけだ。


 最近、MVの再生回数が一千万回を超えていた。クラスメイトの話題に出ることもあるし、流行の兆しが見えてきていて古参としては嬉しさと寂しさが混ざった気持ちになる。


 音楽室で誰かがサクシの曲を弾いているのだろう。音楽室の分厚いドアの向こうからギターの音が聞こえる。軽音楽部の練習場所は限られているため、部室と音楽室を各部員が順番で使っている。


 今日の音楽室利用は誰だったか思い出せない。部屋の端に置いてあるベースを拾うだけだし、邪魔にはならないだろう。


 ドアを開けて中に入ると、見知った顔の女子がいた。


「あれぇ、奏吾そうごくんじゃん。どしたの?」


 クラスメイトの和泉奏いずみ かなでだ。綺麗な長い黒髪を後ろでポニーテールにしているのが彼女のトレードマーク。席が隣なのでクラスの中ではよく話す女子だ。笑ったときにクシャッとなる垂れ気味の目と八重歯が特徴的だ。


 授業の度に小テストやらで先生に褒められているし、僕みたいな男子とも分け隔てなく話してくれる。頭が良くて、性格も良くて、クラスでも一番に可愛いと僕は思う。これは好みの問題だが。


「ベースを取りに来たんだ。さっき弾いてたのってサクシの曲だよね? 和泉さん、サクシ好きなの?」


「あー……そ、そうだね。結構好きかなぁ」


 和泉さんは頬をポリポリと掻きながら斜め上を見ている。和泉さんが弾いていたギターに目をやると、背筋がゾクッとするほどの衝撃が体を駆け抜けた。


「こ……これって、サクシのミクとマサのギターと同じモデル!? 傷の位置やステッカーまで再現してるなんてすごいね。和泉さんのギターなの?」


「あー……そ、そうだよ。ファンでね」


 また和泉さんは頬を掻きながら答える。何か気まずい事でもあるのだろうか。


「そうなんだ。さっき弾いてたリフってライブ版のアレンジだよね? 春先のライブでミクが微妙に間違えた時のやつ」


「そうだよ。良く知ってるねぇ。さては、奏吾くんも大ファンなんだな」


 和泉さんもかなりのサクシファンみたいだ。僕もつい話に熱が入ってしまう。そのままぺらぺらとサクシの素晴らしさや思い出について語ってしまった。


「フレーズの手癖もそっくりだったし、和泉さんがサクシのメンバーだったりしてね。なんちゃって」


 いくら正体不明のバンドとはいえ、こんな身近にメンバーがいるわけない。そもそも和泉さんはただの女子高生だ。


 適当に冗談を言ってベースを持ち、音楽室から出ていこうとすると、ドアの前で何かにぶつかった。下を見るとツインテールの小さい女の子が立っていた。ドラムスティックを両手に持って僕を威嚇してくる。


「奏! こいつが脅迫してきた犯人じゃないの!? ボコボコにして吐かせるわよ!」


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