1・紫苑
生まれてから16年。
良いことなんて一つもなかった。
──私は今日、『鬼』に嫁ぐ。
身寄りのない子供たちが暮らす施設から、この『夜行院家』に引き取られたのは、4歳を過ぎた頃だった。
自分を除く全ての女児たちが変死した、あの日。
唯一生き残った私は、ゴミ捨て場から金塊でも見つけたような声で名を与えられた。
夜行院 紫苑、と。
私の瞳には、同じ名を持つ花の色が宿っているという。
『未来を視る』という、特別な色が。
そのせいで、私は光を失うことになった。
夜行院は戦国時代から代々続く名家で、この辺り一帯の大地主だった。大富豪と呼んでも差し支えないほどの権力と財力を持っている。
私がいた施設も、そんな夜行院家の所有物の一つだった。
引き取られた先の夜行院の屋敷がどんな建物で、どれほどの者が暮らしているのか、私は何も知らない。だって、一度も見たことがないから。
私の目はあの日に閉ざされ、それからは何を映すこともなくなった。
どんなに力を入れようとも、目に貼りつけられた羽根のような物が外れることはない。
ただ、見えなくても気配は感じられた。
夜行院の屋敷には、常にたくさんの気配がある。自分が座っている場所よりも、ずっと下の方にある異質な気配。コレには屋敷に連れてこられた時から気づいていた。
……きっと、コレが『鬼』。
この家の跡継ぎである梗司郎は、いつも言っていた。
16歳となった月の無い夜に、私は『鬼に嫁ぐ』のだと。そしてその鬼に喰われ、私は死ぬのだと。
死……。
この何も見えない真っ暗な世界が終わる。
全てのことを他人に管理され、世話をされ、せまい檻の中で手探りするだけの日々が終わる。
それだけで、死ぬのは人生で初めて訪れる良いことのように思えた。
だって、限られた音と感触しかないこの暗い世界には、とっくの昔に飽きていたから。