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Ep 4/5 なんと言われようと自重はしない

・●


 学長室までやってくると、見え見えの多重人格者に学長はある提案をしてきた。

 俺はその提案に賛同し、エドガーを起こして肉体を明け渡した。


「あれ……ここは……」

「エドガーくん、貴方は合格です。当学問所の裏口側からではなく、表口を堂々と開いて貴方を歓迎しましょう」


「……えっ? で、でも僕、負けてしまいましたよ……?」

「はい、結果は残念でした。ですがあれだけ頑丈なのは貴方の大きな取り柄でしょう」


「で、でも……勝てなかったのに、いいんですか……?」

「もちろんです。私は最初から、貴方を勝たせるつもりなどありませんでした」


「えっえぇっ!? そんなの、人が悪いですよ……」

「私がやさしいお爺さんにでも見えましたか? クリフからはその昔に、陰険キザ野郎と名指しされたくらいには、私は意地悪なようでしてね」


 歳を取れば人間は丸くなるというが、むしろそこに老獪さが付け足されて、厄介な老人になる者もいる。

 現にこのジジィは入学の不安を抱えたエドガーを手玉に取り、最後に手のひらを返してみせた。


「ぅ……うちの爺ちゃんがすみません……」

「事実なのでかまいません」


「そんなことないですよ! 爺ちゃんのこと悲しんでくれたり、僕は学長さんをやさしい人だと思いましたから!」


 ただこの学長も、エドガーのこのお人好しっぷりには予想外だったようだ。

 言葉を止めて、これでもなかなかの老人たらしであるエドガーに、観察するような静かな目を向けていた。


「それよりもエドガーくん、貴方には恵まれた才能があります。確かに今は勇敢さに欠けますが、それも訓練次第である程度、克服することが可能でしょう」

「え、それは、本当ですか……?」


「はい。貴方は強さとやさしさの二つを既に持っているのですから、後は勇気を手に入れるだけです。ここで研鑽を積めば、必ずツァルトくんにも勝てると約束しましょう」


 そういうことだ。俺と学長は示し合わせて、エドガーがあの勘違い貴族に負けたことにした。

 あんな最低の男に負けてしまったという悔しさが、エドガーの気弱な人格に刺激を与えてくれることを期待したのだ。


「あの人に、僕なんかが……?」

「はい。現に肉体のポテンシャルだけで言えば、あの試合は貴方が勝つはずでした」


 ツァルトというあの貴族は、とても褒められた存在ではなかったが、エドガーの成長を促す噛ませ犬としては最高の役者だった。

 学長はエドガーの前で合格通知にサインを入れて、英雄科への入学許可書を手渡した。老いてもいちいちキザなところは直らないらしい。


「ところで宿は見つかりましたかな?」

「あ、はい。学生街の方ではなく、しろぴよ亭という冒険者が集まる街の宿を紹介してもらって……」


「あの酒場宿ですか」

「ご存じなんですか?」


「ええ、あそこは化け猫が出ると有名ですな。フフフ……良いところを選んだものです」

「え、ぇぇぇぇ……っ!?」


 エドガーが驚く姿を見て、学長は意地悪な微笑みを浮かべていた。

 これはとんだ意地悪爺さんだ。あまり真に受けない方がいいだろう。


「あ。それより長々とすみませんでした。そろそろ帰ります」

「はい。次は入学式でお会いしましょう。……ああそうそう、ところでなのですが」


 エドガーが学長室を立ち去ろうとすると、引き留めるように彼がつぶやいた。

 目線をこちらには向けずに、窓の外へと遠い目を向けていた。


「そういえばその昔、私が現役だった頃に、アースクエイクという地震魔法を一度だけ見たことがあります。しかし間抜けなことにその魔導師は、己の術で建物が崩壊するとは想像していなかったようで、得意げに術を発動させると、抜け落ちた床の彼方へと消えてゆきました。……以降、私は生涯で一人しか、この術の使い手を知りません」


 それはエドガーではなく、アルクトゥルスに向けられた言葉だった。


「えっと、それってなんの話ですか……?」

「ここ50年で、魔法の使い手は大きく数を増やしましたが、質そのものは大幅に衰退してしまったというお話ですよ。……またお会いしましょう」


 エドガーは愛想笑いをして、ご丁寧にお辞儀をしてから部屋を立ち去った。

 参ったな。たかがアースクエイク一発で、正体を疑われることになるとは想像していなかった。


 いや、あの時は大変だった。落下で足腰を強く痛めた上に、天から瓦礫の山が振ってきて、あわや最果ての魔王は己の術で生き埋めになるところだった。

 まさかあの醜態を、まだ覚えているやつがいたとは……。


 おまけに今は高位の術者が減っているので、あまり暴れると悪目立ちをするぞと、警告までされてしまった。

 だが、俺がアルクトゥルスであるという証拠はどこにもない。


 再びあんな敗北をするくらいならば、俺はこの魔法の衰退した世界で、これからも自重を投げ捨てて生きよう。




 ・



・○


 宿の前に戻ると、また昨日のようにティアが客引きをしていた。


「おおー、おかえりぃー、エドガー!」

「ただいま。客引きの方はどう?」


「うん、ニャンコ3びき、ってとこだなー。きょうは、にんげんのほうは、つかまんない」

「そ、そうなんだ……」


 野良猫と遊べたけど、仕事の方は不調ってことなのかな……。この子って独特だ……。


「エドガーは、がくもんしょ? どうだったかー?」

「うん、ちゃんと入学させてもらえるみたい」


「ほんとうか!? しゅごいっ、おめでとーっ、エドガー! さすが、うちのみせの、エドガーだなー!」

「ありがとう。人にこんなに祝福されたの、久しぶりかも……」


 満面の笑顔でティアは拍手までしてくれた。

 いい子だ。爺ちゃんが天国に行ってしまってからは、こうやって僕を心から祝ってくれる人はどこにもいなくなってしまった。そう思っていたのに。


「あ、そだ! エドガー、ティアがおかいもの、てつだうか?」

「え、でも仕事があるんじゃ……?」


「きにするなー? エドガーは、じょうきゃくだ。ティアが、おみせ、しょーかいするぞー?」

「……じゃあクルスさんがいいって言うなら、お願いしようかな」


 王都に来たばかりの僕には、凄く助かる申し出だった。

 手当たり次第に店へと入って、冷やかしをするわけにもいかないし、小心者の僕には入店すら難しい。


「はーい、いいですよ~♪ いってらっしゃい、ティア、エドガーくん♪」


 クルスさんに許可をもらおうと宿の扉に手をかけようとすると、向こうから返事が返って来て驚いた。

 もはや地獄耳という次元じゃない気がする……。


「ティアのお母さんって、どうなってるの……?」

「みみどしま。って、おきゃくさん、いってた。すごいでしょー!」


「いや、それは褒め言葉じゃないと思うけど……」

「へへ、こまけぇこたぁ、いいのよ」


 クルスさんもティアも田舎者の僕が驚くほどに、限度を超えて大らかだった。


本日もう一話更新します。

たくさんのご支援ありがとうございます。

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