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Ep 8/8 同化の邪法1/2

「ねぇねぇ、エドガー、そろそろ歩き疲れ――あれ、エドガー……?」


 昔、憲兵の男から聞いたことがある。

 異常犯罪を犯す者に限って、妙な規則性を持っていると。今回もそうだった。


 エドガーは今、口を塞がれて、袋に押し込まれ、何者かに抱えられて運ばれていた。

 どうやらアルクとやらが釣れたようだ……。


 犯行が集中している日没を迎えるなり、エドガーはいきなり浚われてしまった。


『ど、どうしようっ、どうしようっ!?』

『どうもこうもない。このまま敵の根城まで運ばれよう。後は俺に任せておけ』


 ランとおっさんがエドガーを追跡しているはずだ。

 これで座学の成績が貰えるならボロい取引だ。


 ――しかしこの犯人、ずいぶんと体力がある。

 たった一人で袋に詰めたエドガーを抱えて、荒く呼吸を乱すものの、いつまで経っても立ち止まらない。


 体格にも恵まれているようだ。妙にデカく感じた。

 やがて犯人は獲物をアジトに連れ込むことに成功したようだ。きしむ扉が開かれ、乱暴に閉じられると、その奥に俺は下ろされた。


 俺が布からはい出すと、そこは薄汚いボロ屋だった。

 犯人は――辺りを見回す俺に、薄気味悪い笑いを浮かべている。


「こ、怖がら、なくて、いい、よ……。僕、たちは、ひと、一つに、な、なる、なるんだよ……」

「怖がるなと言われても、それは無理な注文ではありませんの?」


 ソイツはまるで(オーガ)のように見えた。

 だがよく見ると人間だ。異常に全身の筋肉が発達し、そのせいで体型が歪んで見えるだけで、ソイツは人間をベースにした何かだった。


「まあ怖い。わたくし、食べられてしまいますの?」

「た、食べない、よ……。一つに、なる、だけ……かわいい君と、醜い、僕が、ひ、一つに、なるんだ……」


 ソフィーの言葉使いを真似てみると、彼は興奮の鼻息を上げてよく喋ってくれた。

 何が目的かはわからないが、妙なやつだ……。


 正真正銘の異常者が、かよわい美少女エリーの前で血走った目を広げていた。

 いっそここでカツラを脱いでやりたい気分だったが、それでは自白が引き出せん。


「一つになる――どうやって一つになるんですの? 二つの人間が、一つになれるわけがありませんの」

「それはね……。それは――ど、同化の、邪法……」


 なんだと……?


「古の魔王ア、アル、アルクトゥルス、様……残した、魔法の、チカラ……」

「魔王アルクトゥルスの残した術ですの?」


「そ、そうだよぉ……。肉と、肉を、ひ、一つ……一つにして、みんな、仲良しに……ヒ、ヒヒヒ……。みんな、嫌われ者の……ぼ、僕と、一つに……なるんだ……」


 わかってはいたが、コイツは狂ってるな……。

 こんな狂人が俺の術を模倣した? 信じられん……。いやそもそも……。


「肉と肉の融合? 魂と魂の融合ではないのか?」

「ち、ちが、う……。魂、肉、宿る……。肉に、魂、ある……」


 その理屈だと、肉体が滅びるときに魂も共に滅びることになる。

 俺の存在と矛盾しているな。


「つまりお前は、魂を喰らわずに、同化の邪法を使って、他者の肉体を自分に融合させていると言うのか……?」

「うん……そうだよぉ、エリィィ……」


 術を悪用された怒りよりも、呆気と疑問の方が今は勝っていた。

 俺の中のエドガーはこの状況に震えているのだろうか。


「話は変わるが子爵令嬢をどうした? ほら、ブルネットの髪をした、15歳くらいの姫君だ」

「こ、ここ……ここに、いる……。き、君、も……一緒……」


 信じがたいことだが、異形の狂人ごときが俺の目の前で同化の邪法を発動させた。

 融合の力を持った巨大な右腕を広げて、こちらに迫り寄って来る。


 やはり俺の生み出した力に似ている……。

 俺が魂を喰らう者なら、コイツは肉体を喰らう者だ。何から何までズレたデッドコピーだった。


「その汚い手を引っ込めろ」

「心配、ないよ……。すぐに、苦しいの、から、解放、され――」


 鬼の巨大な腕が、愛らしい少女エリーを喰らおうと肩を掴んだ。

 歪んだ喜びに鬼は狂った笑みを浮かべていたが、やがてそこから笑いが消え、喰らうはずの俺の肩から手を離して、不思議そうに己の腕を見つめた。


「あ、れ……くえ、ない……ぇ……あ、れ……?」


 こうやって罪のない少女たちを、同化したいと願った者たちの肉体を奪っていったのか……。

 なんと救いがたい存在だ。なんて醜い姿だ。


 俺はこの術の発明者だ。そしてその最低の悪用法をする狂人に、静かな怒りを覚え始めている。


「お、おま、え……おまえ、何、者……? お前、何か、おかし――――ひ、ひぃぃ……っ?!」


 やがてヤツはエドガーの肉体に眠る巨大な魂に気づき、驚き、恐れ、恐怖に飛び退いた。

 壁に激突して、ボロい建物が揺れた。


「く、来るな……来るな、怪物……っ!」

「お前が言うな。それよりも聞かせてもらおう。なぜalcの署名を残した?」


「それは、い、偉大なる、魔王……アルクトゥルス様の、御遺志……! 総てを、喰らおうとした、偉大なる、魔王……アルクトゥルスの証!」


 俺が総てを喰らおうとした? 違うな、俺はただ魔力が欲しかっただけだ。

 どうやらこの50年の間に、魔王アルクトゥルスの伝説は、一部の者の中でオカルトや宗教の域に達してしまったようだ。


「なるほど、魔王の意志か」

「そう……。魔王、様が、喰らえと、僕に、言ったんだよぉ……」


「しかしその術、お前はどこで手に入れた? それはお前のような狂人が自己流で修得出来るものではない。誰かに教わったはずだ」

「神様! 神様、教えて、くれた!」


 頭のおかしなやつと付き合うと、こっちまでおかしくなるというのは本当だ……。

 何から何まで意味不明で、こっちの頭が混乱してきた……。


「神が人間の生み出した術を人間に教える? 矛盾しているな。それは神ではない。お前に術を教えた者は人間だ」

「う、うう……うぅぅぅーっ! だって、神様が、喰らえって……言ったんだよぉ……ッッ! 言ったんだァァァァ!!」


 再びヤツの腕が同化の邪法を生み出し、掴みかかろうとして来た。

 だがその腕は、俺に到達する前にボウガンの矢によって貫かれていた。


「ナイスおっさんっ!」

「久しぶりに撃ったが、当たるとは思わなかったぜ……」


 ランと憲兵のジュン・ジョハだ。

 少女エリーの前に山となって立ちはだかる巨体に遅れて驚いていた。


「何コイツ!? き、キモッ……超キモい!」

「おいおい、そういう言葉づかいされると、おっさんのハートにも突き刺さるから止めてくれ……」


 こんな巨体に成長しても、痛みは変わらないようだ。

 苦悶の叫びを上げながら鬼は腕から矢を引き抜き、怒りの咆哮を上げた。


 もはや野獣だ。吠えるとすぐに飛びかかって来た。

 異常発達した鬼のような肉体に、ボウガンが再び放たれるがやはり致命傷にはならない。


 おっさんの前に短剣装備のランが立って、鬼の攻撃をかわしながらも斬りつけた。


「君ぃ、君も、かわいい……。ぼ、僕と、一つに……一つに、なろうよぉぉ……っ!」


 融合の力を持ったその腕がランに伸びた。

 人を喰らいに喰らい続けたことで、鬼の瞬発力はランの予想を上回っている。


「避けろ、ランッ!」


 おっさんが声を上げてボウガンを放つが鬼は止まらない。

 肉を喰らう腕がランに振り下ろされた。


 よりにもよってランを狙うとは、何から何まで頭に来る怪物だ……。

 衝動的な怒りに俺も頭が白くなって、我に返った頃には――悪鬼のその腕を爆裂魔法オメガブレイクで吹き飛ばしていた。


「汚い手で俺の仲間に触れるな」

「あ、危なっ……うわっ!?」


 敵は落ちた手を拾い、壁際まで飛び退いた。

 その腕を使って何をするのかと少し様子を見てみれば、破壊された傷口と傷口を押し付けて、なんと元通りにくっつけてしまった……。


 俺の術は、応用すればこういった使い道も出来たのか……。好き好んでやりたいとは思わんが……。


「き、君、強い……。君、喰らえば、僕、もっと、強く――」

「それは間違いだな。肉を喰らっても魔力は高まらん。――グラビティ」


 屈服させたい気分だ。

 そこで俺は重力増加魔法をヤツに放ち、地へと膝を突かせた。


「ちょっと待てやっ、失われた重力魔法だと……!? なんで使えんだよっ、なんなんだよっ、お前っ!?」

「エドガーはエドガーだよ」

「ククク……今は気弱で可憐なエリーだがな」


 身動き不能になった怪物に近付いた。

 口を割らせたいところだが、そもそも狂っているのが問題だ……。


 鬼は地に倒れ込みながら、目を見広げてこちらを凝視している。

 愛らしい少女だと思っていた存在が、実は崇拝していたアルクトゥルスであったなど、コイツの頭では理解など出来ない。


「異常者は犯行時に必ず戦利品を持ち帰る。犯行時の興奮を後でもう一度楽しむためにだ。恐らくは子爵令嬢の私物が、このアジトのどこかに眠っているだろう……。そうだな?」

「え、えへ……えへへ……」

「こりゃ、反応からしてイエスってこったな……。子爵閣下も可哀想に……」


「そして――悪いが捕獲は失敗だ。……アイススピア!」


 名も無き狂人の心臓を氷の槍で突き刺し、俺は存在をこの世から抹消した。

 コイツを捕獲させるわけにはいかない。


 この技術がもしも他に誰かの手に渡れば、同じことの繰り返しが起こる。

 血液まで凍り付いた巨体が重い物音を立てて倒れ、犯人の死をもって事件が幕を引いた。


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