Ep 2/5 英雄クリフの息子、王立学問所を訪ねる
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こうして宿が決まった。気が早いけど今日は疲れた。
王立学問所に書類を届けに行くのは、明日からにしよう。
「爺ちゃんのコネ、本当に大丈夫なのかな……」
爺ちゃんが英雄と謳われていたのは50年も前のことだ。
ティアの持って来てくれたパンとサラミソーセージ、枝豆だけのお昼ご飯をかじりながら、僕はついつぶやいていた。
「どうかしたかー、エドガー?」
「ティア、いたんだ……」
「いたよー? それより、ティアになんでも、そーだんしろー? エドガーは、だいじなきゃくだ」
この子なら素直に信じてくれるかもしれない。
僕は名門の王立学問所に入ると言って、信じる人はそうそうないだろうけど、ティアはきっとそういう子じゃない。
「実は僕ね、王立学問所に入るんだ。うちの爺ちゃんの紹介で……」
「ぉぉ……むつかしい、はなしだな……。マーマーッ、ちょっときてーっ!」
「え、今の話に難しい要素とかあった……?」
「あったぞー。なんか、おーりつがくもんしょー? ってとこ、むつかしい……」
「えぇぇ……そうかなぁ? ティアって何歳?」
「12さい! エドガーと、おなじくらい?」
「僕は14だよ」
「それにしては、ちっちゃい」
悪気がない分、胸に深く突き刺さった……。
僕ってそんなに子供っぽく見えるだろうか。だからスリに狙われたのかな……。
「あらあら、どうしたのー、ティア?」
「あ、ママたいへん! エドガー、14さいだって!」
「そっちじゃないよっ! 王立学問所の――」
「大丈夫よー、そこは全部、聞こえてたから~♪」
「ママは、そういうとこあるなー」
クルスさんは二階で、僕の部屋の準備をしてくれていたはずだ。
なのに聞こえていただなんて、地獄耳の限度を超えていないだろうか……。
「お爺さんの用意してくれた書類、見せてもらってもいいかしらー?」
「いいですよ。不備があっても僕じゃわからないですし……。というか、独り言まで聞こえてたんですね……」
カバンからファイルを取り出して、その中にまとめた書類をクルスママに見せた。
いつもニコニコしていて話しやすい人だった。
「あら懐かしい、これは裏口入学の書類ね~♪」
「うらぐち……?」
「わ、わかるんですか……!?」
「ええ、これなら大丈夫ですよ~。こういうのはー、100%混じりっけなしの、コネ枠ですから~♪」
「コネーわく……?」
年齢の割に、ティアはなんというか、少し頭の回転が遅い子なのかもしれない。全然理解していなかった。
理解されても後ろ暗いから助かるけれど……。
「すみません……。爺ちゃんがいきなり言い出して、こんなことになったので……」
「ふふふ……そんなに珍しい物ではありませんよ。コネなんて、どこの世界にもあるものです。これはママの地獄耳の情報ですけどねー、入学する生徒の、3割が裏口入学だそうですよっ♪」
え、そんなに? そしてそんなことより、クルスママの地獄耳恐るべしだ……。
この宿では、下手なことをつぶやかない方がいいかもしれない……。
「もしかして、エドガー、えりーとか?」
「ううん、ただの田舎者だよ……」
「そーか、いなかものか! ティアは、とかいものです。ふつつかものですが、これから、よろしくなー、エドガー♪」
天国の爺ちゃんへ。
アットホームで、娘も母親もただ者ではなさそうな宿屋が見つかったよ。
爺ちゃんの用意してくれた書類も大丈夫そうだし、明日から王立学問所を訪ねることにするよ。
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しろぴよ亭の夜は一階の酒場が騒がしかったけれど、疲れもあったのか昨日はぐっすりと眠れた。
屋根のある場所で寝起きできることが、いかに幸せなことか実感できた。
ティアたちと一緒に朝食を食べて、僕は王立学問所に向かった。
書類一つで門衛さんは僕を通してくれて、拍子抜けするほど簡単に物事が進んだ。
すぐに学長との面談がまとまり、僕は学長室の扉を緊張と共にノックした。どうぞと声が返ってきた。
「失礼します!」
書斎机に座っていたのは、うちの爺ちゃんに負けないくらい老け込んだ白髪の男性だった。
痩せていて、眼鏡をかけていて、落ち着きのある老人だ。
「お手紙拝見しました。あのクリフが死にましたか……。まずはお悔やみを申し上げましょう」
「い、いえ、暗いと怒りだすような人だったので、そこは――」
「存じております。しかし大事なクリフのご子息を、みすみす危険にさらすのも気が引けますな」
「え、危険……?」
「はい。まずは戦いの実力を確認させていただいても、よろしいですかな?」
「な、なんで……学問所、ですよね、ここ……?」
「この手紙によると、クリフは貴方を英雄科に入れろと要求しています。英雄科、またの名を冒険科。実習として魔物の討伐、迷宮の探索も行います。また資質があれば、貴族と平民の垣根を越えて、魔法科のカリキュラムも受けていただきます。その性質から、実力がある者にしか入学は許されておりません」
聞いていない。魔物の討伐、迷宮の探索、そんなの僕に出来るわけがないじゃないか。
てっきり俺、学問をしながら、生徒同士で剣の訓練をする場所くらいに思っていた……。
「クリフが認めた男です。見定めさせていただきましょう」
「ぇ……でも、僕……」
「性格は臆病だが、王国一の逸材だそうですな。私も久々に血が沸きますよ」
爺……ちゃん……。僕に、恨みでも、あるの……?
僕は学内の訓練所に連行された。
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するとそこに、昨日のチャラチャラした貴族様が魔法の訓練をしていた。
「これはちょいどいい。ツァルトくん、新入生の試験に付き合って下さい」
「おやこれは学長! ん、君どこかで会ったかな?」
しかもそれが僕の相手で、人にサインを押し付けておいて、人の顔を忘れているという……。
「ど、どこかで会ったかもしれませんね……」
「私もそんな気がするよ。しかし学長、魔法科最強の私の相手をさせるなど、学長もお人が悪い」
「そうですかね? ツァルトくん、君には才能がありますが、慢心するところがよくありません。エドガーくん、何も彼をぶっ飛ばせとは言いません。一度でも彼に膝か手を地に突かせたら、君の勝利です」
自称・魔法科最強を転ばせろと学長は言うけど、僕はただの田舎者だ、出来るわけがない。
それに僕、裏口入学だったはずじゃ……。
「素敵……ツァルト様は、下民の顔なんて一々覚えてなんていないのね!」
「そんななよなよした子、ツァルト様の敵じゃないわ!」
彼はまた取り巻きの女の子を引き連れている。
そのお姉さんたちが黄色い声を上げて、少年が傷つくようなことを平然と言った。
「ハッハッハッハッ、君たちそれは彼に失礼というものだよ。ああ、だが僕は手加減しないよ。えーと……エドくん?」
「あの、エドガーです……」
「では学長、私を選んだことを後悔しないで下さいね?」
「ええどうぞ、煮るなり焼くなり」
「ちょっ、ちょっと待ってっ、僕の意思は!?」
このツァルトって人、嫌な感じがする。
僕に向けてニタニタと笑う姿は、貴族様のあるべき姿じゃない。
「では止めて故郷に帰りますか?」
「やる。始めてくれ」
そして、僕の口が最悪のタイミングで勝手に動いた……。
ソフィとリョースくんともう一度会わずに、故郷に逃げるなんて嫌だけど、魔法が使える貴族様に勝てるわけがない!
「ハハハハッ、下民は貴族には絶対に勝てない。可哀想だがエドくんに私が教えてあげよう」
嫌なやつだ。悔しい。転ばせるだけなら、もしかしたら頑丈さだけが取り柄の僕にも、出来るのだろうか……。
みなさまのおかげで、投稿二日目の早さで日間に行けました。
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本日は、後ほどもう1話投稿します。