Ep 7/8 君、何枚?
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「かわいい……マジでかわいいよ、エドガー……。もう、嫉妬しちゃうくらい、いい……いいよ、君っ!」
エドガーは怒っていた。
アルクトゥルスを信じて任せたというのに、厄介ごとだけ自分に押し付けられたからだ。
俺たちは今、アクショの汚い町にいる。時刻は昼過ぎだ。
ジュン・ジョハのおっさんが遠巻きに俺たちを尾行して、無防備な餌に獲物が引っかかるのを待っていた。
「なぁ、何枚?」
「ぇ……?」
アクショの外から来たのだろうか。
腹がでかいが身なりがそこそこいい商人風の男が、エドガーの目の前に立って小声で問いかけてきた。
「銀貨だよ。お嬢ちゃん、銀貨で何枚だ?」
「あっ、ごめんねー、うちらそういうのやってないんだー」
「えっえっ……え……?」
「なんだよ……。そうならそんな格好するなよな……!」
あくまでこの人生の主役はエドガーだ。よってこういったことは、エドガーがやるべきだ。
断じて、女装をするのが嫌だったわけではない。
犯人の好みが10代の女性に集中している点を踏まえれば、囮は女になり切るべきだ。
ランの提案は的確だったが、俺には付き合いきれなかった。
「こんな姿、他のみんなに見られたら……っ。僕、もう生きていけないよ……」
「しょうがないじゃん、潜入調査なんだからさー♪ それにいい感じだよ、エリー。いかにも変態が好きそうな感じ♪」
その評価はエドガーを喜ばせるものではないだろうな。
おっと、今はエリーだったか、ククク……股がスースーして俺も落ち着かん……。
『代わってよ、アルクトゥルス!』
『断る。俺は食われるより、食う側でいたい』
『意味がわかんないよっ、僕だってこんなの嫌だよっ!』
『俺は不審者に気を配る。お前は身体の方を頼む。残念だが俺に女装の趣味はないからな』
『僕だってそんなのないよっ!!』
ランはアクショの女の流行に合わせて、ヘソと足と肩が露出する無防備で甘ったるい服をエドガーに着せた。
そこにロングヘアのカツラをかぶせれば、ランもご満悦の美少女の完成だ。
エドガーを同じ泥沼に引きずり込む。
ランの狙いが奇しくもここに実現していたわけだった。
『ああそれと言っておくが、エドガー……絶対にその趣味にはハマるなよ』
『なら代わってよっっ!!』
本当に目覚められたら困るが、これはこれで面白い試みだ。
エドガーのこの反応が俺には面白くて仕方がない。
「みんなエリーを見てるね……♪」
「う、嘘……?」
事実だ。アクショの変態男どもの注目がエドガーに集まっていた。
このロリコンどもが……エドガーはまだ14だぞ。
「だってかわいいもん」
「ぅ……止めてってば……そんなこと言われたら、変に意識しちゃうよ……」
「注目がさ、気持ちいいよね……。女の子として見られてるの、快感だよね……♪」
「同意を求めてこないでよ……っ」
聞けば子爵令嬢は15歳だったそうで、エドガーとランは犯人の嗜好に近い。
二人はアクショの汚い町を歩いては、売春婦と間違えられて何度も声をかけられた。
なぜ皆が皆『何枚?』と口をそろえて言うのだろうな……。
そう声をかけられるたびに、エドガーが半泣きになるのが俺には愉快だった。
「もうやだ……ぅぅ……」
「泣かなくてもいいじゃん。今のエリー、最っ高にかわいいのに……♪ そのまま沈んじゃお? 諦めれば気持ちいいよ……?
「お断りします……」
しばらくすると、あまりの羞恥にエドガーはスカートだというのにしゃがみ込んだ。
エドガー、それはさすがにまずいぞ。
「かわいいねー君ら、ねぇ、いくつ? お兄さんたち結構お金持ってるんだけど、これから遊びに行かない?」
「結構です……」
「ごめんねー、うちら忙しいから。よかったね、エリー。またかわいいって言われたね♪」
エドガーが目頭が熱くなっていた。
どうやらそっちの気が全くないようで俺も安心だ。
早くもエドガーはいっぱいいっぱいだが、獲物が引っかかるまでは根気勝負だ。
エドガーとランは夕方前のアクショをブラブラと歩き、店に寄っては軽食やソフトドリンクを経費で楽しんだ。
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結局、釣れたのは変態男だけだ。
俺たちは食べ物を手に潜伏先に戻った。
「最初はどうかと思ったが、いい仕事してくれるじゃねーか。さすがは元シーフギルドと、学長のお気に入りだな」
アジトではジュン・ジョハのおっさんが待っていて、エドガーたちの仕事を労ってくれた。
「へへへ、まあね。ここはうちの根城だから」
「あんなんでいいんでしょうか……。はぁぁ……もう、頭がおかしくなりそう……」
エドガーはカツラを外してテーブルに腰掛けると、そのまま倒れ込んだ。
「上等だ。お前さんたちに声かけてきた変態どもを、まとめて逮捕したくなるくらいだ。今度そっちの方でも頼むかね」
「そんなの無理です、勘弁して下さい……。好き好んでこんな格好する男なんているわけ――あ、いたんだった……」
向かいに腰掛けたランが手を上げて、エドガーがガックリとまたうなだれた。
エドガーの顔の筋肉から察するに、だいぶ精神的にも疲れているようだ。だか俺は代わらんぞ。
「もうじき日暮れだな。アルクの犯行時間は日が沈んでまもなくが多い。まずは腹ごしらえといこう」
おっさんは二人が買って来たホットドッグにかぶりつき、だらしなく軍服を脱いで、テーブルに肘を突いた。
歩きながら結構食ったはずだが、ランも同様にかぶりつく。エドガーは食欲がないようだ。
「いざとなったら守ってよね」
「馬鹿言うな、俺は普通科卒だぜ。こいつは飾りだ」
ジュン・ジョハは小型のボウガンを背負っている。
乱暴な言い方をすれば、ボウガンは撃ち方さえ知っていれば、誰だって兵士になれる便利な武器だ。
逃げる犯人の背中を撃つ道具としても有用だろう。
「えー、想像付かないよ? 普通科ってさ、官僚志望のガリ勉がいくとこでしょ?」
「俺も昔はそのガリ勉だったんだよ。とにかく俺はアテにすんな、俺はただの小市民だからな」
「軍服着てそのセリフはないでしょ……」
「女の格好で学問所通ってるヤツに言われたかねぇわ」
「そうそう! それで思い出したけど、おっさんエドガーの変装どう思うっ!?」
「どうって……どうもこうも当然のようにかわいいな。やたらおとなしいところと言い、整った女顔と言い――変態どもが引っかかる気持ちがよくわかるわ」
「だよねーっ♪ エドガー、おっさんもこう言うくらいだし、自信持っていいからねっ♪」
「持ちたくないよ、そんな自信……」
「ま、そりゃそうだ」
俺たちはアクショの得体の知れない焼き鳥や味付けの濃いホットドッグを食らって、再び餌として町を歩いた。
ならず者の町とまで言われているが、飯だけは美味かった。




