Ep 6/8 はぐれ刑事ジュン・ジョハ
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その事件は水の日にやって来た。
午前のトラップ解除の教練を終えて、昼までの眠くてたまらない座学を受けていたそのとき、若い用務員が教室を訪ねて来た。
「ふん……ならさっさと連れて行け」
用務員は教壇のレイテと何やら小声でやり取りして、案の定、エドガーの机の列に立った。
「エドガー・クリフさん、お客様と学長がお呼びです。すみませんがご同行願えますか?」
「え、僕ですか……? わかりました」
素直にエドガーは席を立ち、用務員の背中を追って廊下に出た。
するとそこに淡い緑色の髪を持つ少女がいた。
「あ、やっぱりエドガーじゃん、ヤッホー!」
「ランさん……? や、やっほー……」
疑問は深まるばかりだ。
こんな授業中に、あの学長がエドガーとランをそろえて呼び出すほどの用件がよく見えなかった。
二人は用務員の背中を追って、ヒソヒソ話をしながら授業中の静まり返った廊下を進んでゆく。
失礼な話だが、エドガーは俺がまた不祥事を起こしたのではないかと疑い出していた。
生憎だが覚えがない。
いや、レイテの家にアースクエイクを放ったのがバレたのか……? あるいは亡霊リシュリュにフランクを祟らせた件か。
「し、失礼します……」
「ヤッホー、ガクチョーせんせ」
ともかく俺たちは一階の学長室にたどり着き、中へと招かれると学内では見慣れない中年男を見つけた。
これが件のお客様なのだろうか。
どことなくだらしないというか、それでいて口ひげだけ丁寧に整えられた妙な雰囲気の男だった。
「って、ウゲッ、憲兵……ッ!?」
ランは陽気にしていたが、その中年男の姿を見るなり固まった。
元シーフギルドの彼からすれば、憲兵の制服は見るだけで逃げ出したくなる物なのだろう。
ただしの軍服の襟首からはカラーは外され、袖やすそにはしわが寄り、肩の部分がほつれていた。
しかしそれでも、軍服を前にすると常人は緊張せずにはいられない。
「ま、まだうち、悪さとか、してないよ……?」
「まだは余計だよ、ランさん……っ。なんでわざわざ疑われるような言い方するの……っ」
「だ、だって……うち、憲兵とか苦手で……」
「それは僕もわかるけど……。ぅぅ……」
エドガーはまた俺を疑った。
俺が勝手をやらかして、憲兵が自分を逮捕しに来たのではないかとな。
「ふぅ……少し落ち着いてきた……。で、ガクチョー、このおっさん誰?」
「ジュン・ジョハだ。ま、おっさんで間違いはねぇな……ランドルフくん」
「ひうっ……!?」
その名前はランの急所だ。弱点をいきなり掌握されて、彼は言葉を失っていた。
逆にエドガーは心のどこかで安堵したようだ。
ランの秘密を知る者が他にいる。この事実が、エドガーをおっさんジュン・ジョハへと共感させた。
「その反応からすると、マジみてぇだな。学長も寛容なこった」
「校則には、可能な限り制服を着用しろ――としか記されておりませんからな。違反はしておりません」
このやり取りからして、ジュン・ジョハは学長と親しいようだ。
寛容というのは、ランの性別偽装を指導せずに許している部分についてだろう。
「彼はここの卒業生でしてな、今は王国軍で憲兵をしております」
「ははは、ランドルフくんには嫌われてるみてぇだけどな」
「ぅ、ぅぅ……。なんでこんなとこに、憲兵なんかがいるのさ……」
よっぽど憲兵が苦手らしい。ランは苦い顔をして戸惑うばかりだ。
「一見はくたびれたおじさんに見えますが、これでも元帥閣下から、特務捜査官の役職を与えられたエリートでもあります」
「そう言われても、うちには変なおじさんにしか見えないよ……」
「変なおじさんとか言うなよ……。お前もよ、この歳になったら立派なおっさんだぞ? 毎朝顔そりしねぇと家も出れねぇ体になるんだからな? んでヒゲは元気なのに、頭のてっぺんは薄くなるばかりでよ……はぁぁ……っ、やだねぇ……」
そのなんでもない一言で、エドガーとランの緊張が徐々にほぐれていった。
確かに憲兵の格好をしているが、よく見てみるとだらしないおじさんでしかないことにやっと気づいたようだ。
「えっと……その特務捜査官さんが、僕たちになんのご用ですか?」
「いや……自分は学長に相談しに来ただけなんだけどよ、学長がどうしても、お前らを使えって言うんだよな。ま、人手が足りてねぇのは事実なんだが……」
元シーフギルドのランを憲兵の手伝いに抜擢か。
そこから話がなんとなく読めるが、エドガーを選んだ理由が今一つわからん。
「単位は私が。協力の報酬は彼がお支払いします。どうか捜査に協力していただけないでしょうか?」
「捜査ってなんの?」
「悪魔退治だ」
「あ、悪魔……っ!?」
「はぁ? 悪魔なんているわけないじゃん。なんでうちらなのさ?」
小心者のエドガーの肩に馴れ馴れしく手を置いて、それからランは滑らせるように背中を撫でた。
エドガーの背筋に甘い電流が走り、ビクリと震えた。……なかなか気まぐれで良いいたずらだ。
「貴方を選んだのは、一連の事件の過半数が、ならず者の町アクショで起きているからです」
「え、マジで? あ、もしかして、行方不明の話と関係とかある……?」
「ええ、まさにその話です。最近王都近辺では、不審な失踪や誘拐が多発しております。詳しくは彼からうかがって下さい」
自分に注目が集まると、おっさんは面倒そうに後頭部をかいた。
それから癖なのか、整えたヒゲを何度も撫でながら言葉を慎重に選んだ。
「あー……憲兵隊では[ロックウッド子爵令嬢失踪事件]という名で調査している。元々は子爵閣下から、うちの娘を捜せと無理難題が飛んできたのが発端だった」
スラム街でいくら人が消えようと、為政者は気にも止めないのが実状だ。
他に仕事が山ほどあるだろうしな。
「だがな、嫌々調べてみると、こりゃ思っていた以上に被害者が多くてな……。令嬢は見つからんわ、被害は拡大するわなんやで、かわいそうなおっさんがケツ叩かれているわけよ。協力してくれるだろ?」
最初はなんだかんだ言っていたが、ランの存在がこの事件に適任であることにおっさんは気づいたようだ。
なぜエドガーが選ばれたのかは、彼もよくわかってないように見える。
「ん……いいよ。その話ならうちも仲間内から聞いてた。アクショのみんなのためなら協力するよ、むしろうちにやらせてっ!」
「話が早くて助かるぜ。で、そこのお坊ちゃんはどうすんだ?」
「もち! エドガーもうちと一緒に手伝うよ」
「……えっ、あの、僕の意思はっ!?」
「エドガーが一緒なら安心出来るし、お願い。うち、仲間を助けたいんだ」
まるで子供同士がするように、ランはエドガーの両手を取ってお願いをした。
エドガーは素直だからな、断るとは思えん。
「……わかったよ。そういうことなら、僕も手伝うよ」
そんなエドガーをおっさんはぼんやりと見ていた。
言いたいことはわかる。だがエドガーを見た目だけで判断しないことだ。
本当にこんな小僧が今回の適任なのか? そうジュン・ジョハが学長に目を向けた。
しかし学長はそれに微笑み返すだけだ。
どうやらこれはエドガーではなく、俺が指名されたと見るべきだろうな。
明らかにヤツには向いていない仕事だった。
『アルクトゥルス』
『急になんだ?』
『学長は僕じゃなくて、君を推薦したんだと思う。僕もがんばるけど……難しいところは君に任せるよ』
『お前な……』
こちらから言うつもりだったというのに、その前にエドガーが自主的に身体を譲ってくれた。
まさかこう来るとは思わなかったな……。
エドガーは物分かりがいいというか、つくづく人を頼るのを躊躇しないやつだ……。俺とは正反対だ。
「つまり何をすればいい?」
「ん……? あ、ああ……お前らはアクショに潜入して、行方不明者の捜索と犯人の捕獲を手伝ってくれ」
捜査官殿は早くも俺の変化に気づいたようだ。
いかにもくたびれた中年だが、勘はなかなか鋭そうだった。
「むふ……♪」
それとランが妙な笑いを浮かべたが、そこは気づかなかったことにしよう。
どうせろくなことを考えていない。
「詳細はこの手帳にまとめてある。ま、要するに囮捜査だな……」
「ぁぁ……だからうちなんだね」
ランは囮捜査の餌になる上に、土地勘があって、腕っ節もある。
おまけに正体は男という毒まんじゅうだ。学長がランを奨めるのも納得だった。
俺は手帳を手に取って、ランと肩を寄せ合って中身をざっと読み進めた。
被害者は推定で40名以上。8割が十代半ばの女――そして事件現場には必ず、alcという謎のサインが残されている……。
手帳をランに押し付けて俺は学長を険しい眼差しを向けた。
alc……まさかアンタは、これがアルクトゥルスの略だとでも言いたいんじゃないだろうな?
「誘拐魔アルクを捕まえて下さいますね、エドガーくん」
学長は――クリフのジジィが陰険キザ野郎と呼んだ元冒険者は、とぼけた顔で抜け抜けと依頼してきた。
「……いいだろう。だが相応の報酬と単位を貰うぞ」
「もちろんです。レイテ先生は貴方の座学の評価を必ず下方修正して申告してくるはずですので、私が前向きな対応をするということで一つ。もちろん、ランドルフくんの成績も保証しましょう」
「ガクチョーッ、その名前は止めてってばっ!!」
「フフフ……これは意地悪が過ぎましたね。では任せましたよ」
ま、なるようになるだろう。
俺たちはざっくりとした打ち合わせをした後、誘拐魔アルクを捕らえるためにアクショへと潜入することになった。
……しかし、これは俺には堪えられんな。
囮の仕事はエドガーに押し付けることにしよう。




