Ep 5/8 魔獣王ヒ・モモンガの誕生
デビルナッツのクッキーが完成した。
またクルスさんがいつの間にか姿を消し、焼き立てを運んできてくれた。
「へー、これがこの前の黒い木の実で作ったクッキーかぁ……」
「見た感じは美味しそうですの」
「ダメ! これはボクチンのだ!」
二人が黒い粒の入ったクッキーをのぞき込むと、レオくんが楕円形のそれに飛び付いてかじった。
カリカリカリカリ……。ところがその動きがすぐに固まってしまった。
「もしかして不味かった……? 材料の組み合わせが悪かったのかな……ごめんね、レオくん」
「ぉ……ぉ……お……おいちぃ……」
だけど違った。よっぽど口に合ったのか、レオくんは口を開けたまま陶酔していた。
少しかじっては陶酔。また陶酔。食のペースがかなり遅いけど、こんなに幸せそうなレオくんを見たのは初めてだった。
「ウッピーちゃん、たべたいっていってる。あげていいかー?」
「うん、いいよ」
ティアが小さく割って、ウィスピーに手渡すと笑顔を浮かべてそれをほおばった。
口に合ったみたいだ。
夢中で食べる妖精とモモンガの姿がとてもいい。
口いっぱいにほおばったままのレオくんの姿は愛らしく、もしかしたら人間にも食べられるのではと期待が膨らんだ。
「うっ……まっず……おぇ……湿地のザリガニ焼いたやつより、まずい……うぇぇぇ……」
「あああーっっ! 不味いなら食べるな、人間めー! これは、これはボクチンのだ!」
「レオポン、ウッピーちゃんと、わけないと、だめだぞー?」
「お前の命令は受けない!」
「でもレオくん、それだと喧嘩になっちゃうよ。僕は仲良くしてほしいな……」
僕がお願いをすると、レオくんは食を止めて黙った。
「新しいごすずんの命令なら……しょうがない……。ま、大事な後輩だし、わかったよ、ごすずん! ボクチンが、面倒見てやる!」
そう言いながらも、レオくんは食事のペースを早めていった。
分けることは分けるけど、早い者勝ち……ってことかな。
そんなレオくんを見ながら、ソフィーが目を擦ったのが気になった。
「どうしたの、ソフィー? もしかして眠い?」
ソフィーだけじゃない。ティアまで同じように目を擦った。
「はれぇ……?」
「いえ、そういうわけではなくて、おかしいんですの……」
二人は何度も目を擦った。
ちなみに周囲を見回すと、クルスさんの姿がいつの間に消えていた。現れたり消えたり――それがクルスさんだ。
「あのさ……この子って、こんくらいだったっけ?」
「いえ、もっと小さかったような気が……しますの」
「ティアも、そうおもうぞー。レオポン、おっきくなってる……」
レオくんが大きくなった? そんなわけ――
「え……? あれ、言われてみれば、あれ、大きい……? 言われてみれば一回り大きくなっているような……」
レオくんは僕たちの目線なんてお構いなしに、デビルクッキーをかじっている。
レオくんの身体が約3割増しの大きさになっていた。
「レオくん待って、何かおかしいよそのクッキー! って、わ、うわぁぁーっ!?」
ところがその時、レオくんとウィスピーの身体が光と共に膨らんだ。
というよりも、僕たちの目の前で一気に巨大化していた!
テーブルの上に、ヒグマみたいに巨大化したレオくんと、僕の身長の半分くらいはありそうな大きな妖精ウィスピー・ベルが現れていた。
「あれ……ボクチンのクッキー、小さく……ピィ……ごすずん、ボクチンのクッキーがぁーっ! ん、あれ……? ごすずん……?」
「おわぁぁーっ、ボクチン、でっかくなったぁーっ! むぎゅーっ♪」
ティアは直感で生きているな……。
驚いたのは最初だけで、すぐに大きくなった白いモモンガのお腹にしがみついていた。
「あっ、それ羨ましいですの……。レオポンさん、わたくしも失礼しますの……」
「じゃ、うちも♪ わぁぁっ、ふわふわぁ……♪」
ウィスピーもテーブルの上で立ち上がり、大きくなった自分の体のあちこちを不思議そうに確認していた。
僕の視線に気づくと羽ばたいて、大きくなった女の子の身体で飛びついて来た!
人形サイズだった頃はなんともなかったのに、う、うわ、うわっ、ふ、膨らみ、が……。
『少しかじったランがなんともないということは――デビルクッキーには、モンスターを巨大化させる効果があるようだな』
ええええ……。そんなのただの超危険物じゃないか……。
「エドガー、よくやったぞー! レオポンのふわふわ、いっぱい、いっぱいになった! エドガーえらい! しゅごくえらい! ボクチン、ティアはボクチンが、だいすきだぞーっ! むきゅーっ♪」
だけど当の巨大化モモンガの方は呆然としているようだった。
「どうしたの、レオくん? どこか体調が悪いなら言ってね……?」
「違うよ、ごすずん……。ボクチン……ボクチンは今、感動しているんだ……」
その巨体の白モモンガがプルプルと感動に震えた。
少し怖くなるほどに大きい……。
「ティアもかんどうだ! おおきいボクチンいい! ちいさいボクチンもかわいいけどなー、おおきいと、ムギューッ、できるっ。ティア、いきてて、よかった……」
みんなに抱き枕にされながら、レオくんは大きな黒目で僕を見つめて言った。
「ボクチンは、アルクトゥルス様が……悪いやつらに追いつめられていっても、あまりに弱過ぎて、何も出来なかったんだ……。ボクチンは、ずっと、力が欲しかった……。ごすずんっ、新しいごすずんっ、ありがとう! これがあれば、ボクチンもごすずんと一緒に戦えるよーっ!!」
と、喜びいっぱいで叫んだところで、レオくんとウィスピーが同時に縮んで、元の大きさになってしまっていた……。
「あらー……? 今、レオパルドンさんが大きく見えたようなー……うふふっ、不思議ねー♪」
「しょぼーん……レオポン、もどっちゃった……」
「ピィィィッッ……。悲しい、悲しいよぉ、ごすずぅーん……」
ふかふかの毛皮が消えて、みんなもレオくんと一緒にしょんぼりしていた。
でも短い間だったけど、レオくんが大きくなった事実は変わらない。
「前向きに考えようよ、レオくん。そのクッキーを持ち歩けばいいんだよ。僕がピンチになったときは、そのクッキーで僕を守ってね」
それともしかしたら、デビルナッツの分量を増やせばいいのかな……。
「ごすずん……。うんっ、頼りにしててね、ごすずん! ボクチン、今度は、悪いやつらにごすずんを殺させない! 必ずボクチンが守るよっ!」
「でもさー、持ち歩くのはいいとして、モモンガちゃん、このクッキー食べるの我慢できるの……?」
「……モンスター舐めんなよーっ、ボクチンには、そんなの無理だよぉーっ、ごすずんっ! デビルなっちゅクッキー、全部食べたいよぉーっ!」
「あはは……なら僕が持ち歩いた方がいいのかもね……」
モンスターを巨大化させるクッキー。それは世間一般からすれば最悪のクッキーだけど、レオくんたちを幸せにするクッキーだった。
レオくんを戦わせるなんて、そんなの僕たちは乗り気しないけれど……。
むしろこっそり部屋にいるときに食べさせて、僕はレオくんのふかふかを独り占めしたかった。
※重要なお知らせ
本章のラストで投稿ストックが尽きます。
内容に自信があったのに、人気傾向を読み間違えたのかptの伸びが足りず、非常にショックを受けておりました。
二作目の書籍化が欲しい私個人としては、読者さんを裏切りたくない気持ちと、結果を追求していきたい欲との間で、続きを書くべきかどうかを長らく悩み続けました。
そこで、打ち切らずに、ターニングポイントにあたる本章完結以降は、自分のペースで『書きたいときに書く不定期スタイル』で行こうと決めました。
さぞ失望される方もいるかと思います。ごめんなさい。
感想も返せなくてごめんなさい。感想を見るのが2年ほど前からトラウマになっておりまして、嬉しく思っている反面、強烈な苦手意識でいっぱいになっています。
もしも愛想を尽かさずにまた読んで下さるというならば、本章の完結に合わせて新作を公開する予定でいます。
こういうのをぶっちゃけてしまうと、pt獲得の面ではマイナスなのですが、これからは10万字で話が完結する物語を1ヶ月スパンで1作ずつ公開してゆく予定でいます。
その中からポテンヒットなりが出てくれたら、結末の展開を変えて大長編化してゆこうと、そんな腹づもりでいます。
これからは伸び伸びと自由にティアとエドガーを書きます。ゆっくりと追って下さい。




