Ep 5/8 魔獣王ヒ・モモンガの誕生 - ボーロと妖精のキス -
ゆっくりとお喋りをしていると、ボーロの甘い匂いが漂って来た。
レオくんはテーブルの上で、ソフィーにお腹を撫でられて野生を失っている。
妖精ウィスピーの方は僕の肩を気に入ってしまって、そのせいでティアとランさんの視線がこちらに集まっていた。
そんな頃、厨房の方からクルスさんといい匂いがやって来た。
「あ、すみません、お喋りに夢中で……」
「うふふ、いいのよー♪ クーちゃんも食べたかっただけですからー♪」
そのクルスさんの持って来た大皿の上に、寝転がっていたはずのレオくんが飛び込んだ。
小さなその手がボーロを一つ抱えて、齧歯類の発達した前歯でカリカリカリカリとかじりだした。
レオくんはボーロなんてやわらか過ぎるみたいだ。
一粒があっという間に削り取られてレオくんのお腹に消えていた。
「美味しい、これ美味しいよっ、ごすずん! 新しいごすずん、前のごすずんより、好き! カリカリカリカリ……パァァッッ♪ ごすずんっ、ごすずん美味しいよぉっ!」
『あっさり鞍替えしてくれたものだな……』
大皿がテーブルに置かれると、ウィスピーも飛んで来てボーロを抱えて小さな口に運んだ。
それから嬉しそうに高い酒場宿の宙を舞って、僕の目の前でニコニコと無垢に笑う。
その笑顔に和んでいたら、鼻先にキスをされた……。
「ゴクリ……美味しそうですの……」
ソフィーが生つばを飲んだ。だけどボーロの副作用の方を警戒しているみたいだ。
そんなソフィーの目の前で、ティアとクルスさんが全く気にせずにボーロへと手を伸ばした。
「ちいさくて、かわいい、なー。はむ……。お、ぉぉ……じゅわぁぁぁ……じゅわぁぁぁって、くちのなかで、とけるー……これ、あまぁぁーいっ!」
「あら美味し♪ 世の中にはこんなお菓子があったのねー、エドガーくんは博識ね~♪」
ついつい僕はソフィーとランさんと顔を見合わせた。
副作用の方が心配だけど、食べちゃおうかとソフィーの顔が言っていたので、僕たちもボーロに手を伸ばしていた……。
「エドガーのお菓子は、予想もしない変わった効果があるってソフィーが言ってたけど……も、もう我慢できないよ、うち……っ。はむっ!」
「こんなに小さいのですから、きっと、きっと大丈夫ですの。きっと……っ!」
みんなが食べるのに僕が食べないわけにはいかない。
僕も甘くて口溶けのいい味わいを楽しんだ。
今のところ、妙な効果は出ていないみたいだ。
一つ一つが小さいので、みんな次々と口へと運んでゆく……。
「あの……もう少し様子を見てから食べた方が……」
「それはわたくしもわかってますの……。だけどすぐに口の中に溶けて、なくなってしまいますの……」
「ティアは……いま、かんどうしてる……。エドガー、てんさいか!? ボーロ、しゅごい! これ、しゅごいぞ、エドガー! てんか、とれる!」
ティアはいつだって大げさだ。
でもその大げさなリアクションが嫌な料理人なんてどこにもいないと思う。
作ってよかったな……。まだ副作用、どうなるかわからないけど……。
「うんうんっ、どんどんいけちゃう! エドガーって……やっぱり女の子の才能あるよっ♪」
「言われてみれば~、エドガーくんは、お嫁さんにしたい男の子ナンバーワンかもしれないわー♪」
クルスさん、男はお嫁さんになんてなれないよ……。
『確かにな。だが踏み外すなよ、クリフのジジィが空からお前を見ているぞ』
『君まで……。言われなくても、女の子になる気なんてさらさらないよっ!』
「エドガー、おんなのこ、なるのかー? それは、めいあんだ。じゃあ、ティアが、だんなさんになるなー」
「ティアちゃんは渡しませんの! ぜひわたくしの旦那様になって下さい、ティアちゃん!」
「うち、どっちも欲しい……。エドガー、うちのために、一生これ作ってくれない……?」
みんな言いたい放題だ……。
それだけ喜んでくれているのが伝わってくる。小指の先より小さなお菓子にみんなが夢中だった。
僕ももう少しだけ食べようかな……。
自分の分を取ろうとすると、レオくんとたまたま一つのボーロを取り合いになった。
「ピィ……。これ、ボクチンの……ピィィ……」
「い、いや、別に取ろうとしたんじゃないよ。ほらこれもあげる。デビルナッツのクッキー、楽しみだね、レオくん」
食べ過ぎだから取り上げられるとレオくんは思ったのだろうか。
レオくんの足下にボーロを並べてあげると、レオくんは僕を見上げながらかじりだした。
「カリカリカリ……。ごすずん……やっぱり、やさしい……。カリカリ……ボクチン、一生ごすずんについてく!」
レオくんにすり寄られた。ボーロをかじりながら。
「ところでさ……。もう今さらかもしれないけどさ……」
「どうしたの、ランさん?」
「なんで喋るの、そのモモンガ……」
「え、なんでって……んん、なんでだろう……」
当たり前のように喋って、あまりに人間らしいから僕も疑うことを忘れかけていた。
『ねぇ、どうしてなの、アルクトゥルス?』
『知らん。最果て最強の魔獣と、死にかけのモモンガの魂を掛け合わせたら、なぜか喋り出した。細かいことはいいから、お前なりにコイツをかわいがってやれ』
死にかけたところをアルクトゥルスに拾われたんだ……。
だったらレオくんが彼を慕うのもわかる。
アルクトゥルスの言葉に誘われて、僕がレオくんの頭を指先で撫でると、幸せそうに目を細めながらボーロをかじり続けた。
妖精ウィスピーも僕の腕にまとわりついて来たから、同じように頭を指で撫でてみると、腕にしがみついて離れなくなってしまった。
「ところでみんな大丈夫……? 体調に変化とかはない……?」
「大丈夫ですの。もしかしたら、あのラングドシャのように、効果のないお菓子なのかもしれませんの」
「はぁ……っ。これだけ食べて変化がないなら、そうかもしれないね」
ホッとした。変な効果ばかりじゃ困るもん……。
「ねぇねぇ、それよりエドガーところのレイテ先生の話知ってる?」
「食事中に、あの方の話ですの……? わたくし、あの方のことはちょっと……」
「違う違う、飯うまならぬ、お菓子とお茶うまな話。なんかね、地震があったみたいでね、レイテ先生の家の中、今グチャグチャなんだって。食器なんてほとんど割れちゃって、夜中に本棚に潰されかかったらしいよ」
その話を聞いて、僕は真っ先にアルクトゥルスを疑った。
「まあ……」
「ほへー……。ママー、じしんって、なんだー?」
「地震が起きると、地面が揺れるんですよ~♪ それにしても気の毒ですねー……」
「ああいいのいいの、あいつクズだから。リョースから聞いたよ、エドガーに濡れ衣着せようとしてたって。ほんとあいつ最低だよっ! こんなにいい子なのにさ!」
ちょっと怒った様子でランさんが立ち上がって、どういうわけか僕の方ににやって来て、おもむろに僕の頭に触れた。
するとティアも一緒になって、クルスさんも便乗して、控えめにソフィーも僕の頭を撫で始める……。
「あの……これって、なんですか……?」
「エドガーはいいやつだよ。やるときはやるし、うちは好きだよ。偉い偉い!」
「えらいえらい、エドガー、どえらいぞー」
「ええっ……いや、どえらいって褒められたのは初めてかな……」
こういうのって、するのはいいけどされる側は落ち着かない。
というより、その地震ってもしかしなくても……。
『まさかとは思うけど、アルクトゥルス……君、まさか、レイテ先生の家に……』
『ククク……知らんな。あまりに悪さをし過ぎて、どこぞの天の罰が下っただけだろう』
『君以外にこんなこと出来る人いるわけないじゃないかっ!』
そうアルクトゥルスに抗議しながらも、心のどこかで喜んでいる自分がいた。
やるならやるで、せめて僕に断りがほしかった。そうしたら――僕は必ず止めようとして、彼を困らせていただろう……。
「ところでいつまで僕を……そろそろその手引っ込めてよ、みんな……」
「ここは任せろ、ごすずん! とぅっ!」
もう一度、レオくんがテーブルにひっくり返ってお腹を見せると、僕の頭に集中していた腕たちはレオくんのふわふわの腹毛に吸い寄せられた。
ありがとう、レオくん……。
その後も僕たちは楽しくお喋りしながら、まったりと平和な午前のひとときを過ごしていった。




