Ep 4/8 ボロボロと悪魔のクッキー
厨房に入ると、クルスさんとティアが一通りの準備を済ませてくれていた。
台には打ち粉がまかれ、コーンスターチと蜂蜜、卵、それに保存庫に置かせてもらっていたデビルナッツが用意されていた。
コーンスターチって、小麦粉と何が違うんですの……?」
「わっ、そこからなんだ……」
「コーンスターチはトウモロコシを粉末状にひいたものだよ。小麦粉だとガッシリしちゃうから、ボーロにはコーンスターチを使うんだ」
「ボーロ、だから、ボロボロに、するのかー?」
「え、あ、うん……。言われてみれば、そうなのかな……。だからこのお菓子ってボーロなのかな……」
まずはボーロの方から進めることにした。
ベースが小麦粉からコーンスターチになるだけで、基本は他の焼き菓子とそう変わらない。
コーンスターチに卵と少量の牛乳と水を加えて、こねて、生地を作る。
言葉では簡単だけど、これが結構な力仕事だ。
僕たちの分だけではなくて、宿のお客さんの分も作るので、僕が生地を混ぜ合わせて、みんなにこねてもらった。
「ふぅ、ふぅ……。お菓子は美味しいのですが、この作業は大変ですの……」
「ギルドにいた頃は人から奪うだけだったけど、へー……こんな苦労があったんだなー……」
みんながんばってくれた。
特にティアは小柄なので、踏み台に乗って一生懸命にこねてくれている。しばらく根気のいる作業が続いた。
「こねこね……ねこねこ……たーんっ! んーー、こんくらいかー、エドガー?」
「あ、そうだね。ティアのはそろそろいいかも……。後は、こうやって延ばして、それからナイフでこうやって……」
僕はみんなの前で、薄く延ばした生地をまずは縦方向に細く切った。
その後は同じように横方向に刃を入れると、小さな四角いキューブが沢山出来上がった。
「おー……」
ティアが台にかじり付いて、僕の手先を凝視している。
気恥ずかしい気持ちを堪えながら、キューブを打ち粉の上で転がして丸いボールにした。
「おぉぉー、それ、やくのかー!?」
「へーー、ちっちゃくてかわいいじゃん。おっけ、さばくのは僕に任せてよ!」
ランさんと仕事を交代して、ランさんの器用なナイフさばきを眺めながら生地をこねた。
「ティアちゃんにナイフを持たせるのは、不安ですからね……」
「えー? それなー、ソフィに、いわれたく、ないかもなー?」
どっちも不安だと、僕は心の中で二人にツッコミを入れた。
生地を作って、こねて、小さくして、沢山のボーロをオーブンに入れるとようやく一段落が付いた。
「むふー……♪ ボロロ、たのしみだなー、ボロロ!」
「だからボーロだよ、ティア」
「ボ……ボロローロ?」
「なんでロが増えますの……」
「あははっ、ティアって変な子♪ ボロローロ楽しみだね!」
次はレオくんのためのクッキーを作る。
僕は材料を並べて、全粒粉を金属製の大きなボールに入れた。後は卵と、牛乳を加えて、生地をこねて、途中からはティアたちみんなに代わってもらった。
レオくんのためのお菓子だから、作る量はほどほどで大丈夫だ。
「あ、ティア、これしってるー。しゅごーーーく……まずい、やつ……」
後はレオくんの好みの味付けにするだけだ。
僕がデビルナッツを取り出すと、ティアがそれを指さしておかしなことを言い出した。
「へ……っ? これ、食べたことあんの……?」
「学問所の先生は、モンスターが食べる木の実だと言っていましたの……」
「へへへ……こうみえてー、ティアはー、ひろいぐい、れき、ながいからなー」
ベルートさんとクルスさんの苦労を察した……。
「拾い食いなんてしちゃダメだよ、ティア……」
「いや、でもうちもわかる……」
「わかっちゃダメだってば……!」
「おぉ……ラン、ティアのなかまー?」
「いや、さすがにもう止めたけど……気持ちはわかるよ、ティア……」
「おとなだ……!」
「大人の基準がわかりませんの……」
ティアは独特だから、理屈で理解しようとしてもしょうがない。
僕は必要分だけのデビルナッツを手に取った。
「でも、エドガー? これ、まずいのに、レオポンに、たべさせるのかー?」
「それがね、学校の先生が言うには、これってモンスターの口には合うんだって」
「おお……ボクチン、おとな……」
「それは――そうかもね」
アルクトゥルスの言葉が本当なら、レオくんは五十歳を超えている。
夢を壊しかねないから、実年齢については伏せておくことにした。
次はフライパンにデビルナッツを乗せて、かまどの炎で煎る。
少し時間がかかる作業だから、生地が完成したらみんなには先に休んでもらった方いいかもしれない。
ところが、ちょっとクラッと頭が揺れたかと思ったら、フライパンの上のデビルナッツが――いつの間にか煎られていた……。
「え、ちょ、エドガー今、シレッと魔法使わなかったっ!?」
「まほーだまほーだ! エドガー、かっこいいなー! おとーたんみたいっ!」
僕はすぐに理解した。また時間が飛んでいる……。
「エドガー様……。やっぱり、こちらのエドガー様も素敵ですの……はぁ、エドガー様……」
それだけじゃない。
ソフィーの頬が薄ピンクに上気して、なぜか潤んだ瞳で僕を見つめていた。
胸に手を当てたそのしぐさからは、彼女の高鳴った鼓動を連想させられた。
『アルクトゥルスッ! また勝手に僕の意識を奪って……! いったいソフィーに何をしたのさ!?』
『ちんたら煎っていたら日が暮れるからな、ちょっと代わってやっただけだ』
『嘘だっ、ソフィーに何かしたでしょ!』
『少し挨拶をしただけだ。顔をちょっと撫でて、あごを軽く掴んで、声をかけてやっただけだ』
それを聞いて、僕は耳まで顔が熱くなった。
僕の身体でなんてキザなことをしてくれるんだ……っっ。
『な、なっ、なぁぁっ!? なんて恥ずかしいことするんだよぉーっ!』
『手間賃くらい貰ってもいいだろう。お前がいつまでもモノにしないなら、俺が先に貰ってしまうぞ』
『それ、本気で怒るよ……アルクトゥルス……』
『ククク……怖いな、お前は』
何もランさんとティアの前でやらなくてもいいじゃないか……。
代わりに煎ってくれたのは助かるけど、僕の身にもなってよ……。
「どうしたの、エドガー? それで続きは?」
「エドガー、ティアも、なでなでしてー? ランとソフィ、してくれたけど、エドガーまだ」
「あ、うん……」
ティアのさらさらのブロンドを撫でると、なぜだかソフィーが僕に対抗してきて、気づいたらランさんを含めた三人でティアの頭を撫でていた……。
「へへへ……へへへい……へい、へへへ……。なんか、いいきぶん……でへ」
ティアはご満悦だ。これほど甘えるのが上手な子、僕は他に見たことがない。
僕だけ手を引っ込めて、よく煎られたデビルナッツを包丁の腹で軽く押しつぶすと、煎り方が良かったみたいで綺麗に砕けた。
「グルルルル……」
「あれ、今、うなり声とか聞こえなかった……?」
僕も獣のうなり声が聞こえた。
まさか猛獣が町に逃げ出して、この宿に入り込んだんじゃと周囲を見回しても、特に異変はどこにもない。
「うーうん、きのせいじゃ、ないぞー。レオポンきた。ぐるぐる、いってる」
「あら、本当ですの」
「う、うわっ!?」
いつの間にか調理台に、赤く目を光らせたレオポンがいた……。
「グルルルル……これは、ボクチンの、大好物の……デビールなっちゅっ!」
「噛んでるじゃん」
「か、噛んでないよっ! それよりごすずん、はやく、それを……ボクチンにぃ……よこせぇーっ、ガルルルルッ!」
目が赤くなったレオくんは小さなモンスターだった。
煎ったことで香りが広がって、嗅ぎ付けて来たのだろう。レオくんなのに怖い……。
「ダメだよレオくん、そのまま食べさせたら、レオくんおかしくなるって、アルクトゥルスが――」
「がおーーっっ!!」
「う、うわあああーっ!?」
レオくんが砕けたデビルナッツめがけて飛びかかって来た!
僕には立ち向かう勇気なんてない、持って行かれてしまう――
「やかましい、お前はそこでおとなしくしていろ、レオ」
そう覚悟したら、またアルクトゥルスが僕の自由を勝手に奪って、レオくんを魔法のツタで縛り付けていた。
「ピギュゥゥーッッ!?」
「まほーだまほーだ! ぼくちん、おちついたかー?」
レオくんの赤い目が黒目に戻った。
むかれた牙も元通りになって、愛らしいレオくんに元通りだ。
「えっと……じゃあ、急いで混ぜて焼くね。待っててね、レオくん」
「ピェェ……ッ! ボクチンの、ボクチンのなっちゅ……ボクチンのなっちゅがー……!」
「ヤバ、なっちゅだって、ソフィー……」
「か、かわい過ぎますの……」
全粒粉ベースのクッキー生地にデビルナッツを混ぜ合わせて、レオくんが食べやすいように小さな楕円形に形を整えた。
それをオーブンに入れてしまえば、レオくんだって手を出せない。
完成までさっきのテーブルでしばらく待つことになった。
ボーロは一つ一つが小さいから、すぐに出来上がる。早くレオくんとティアに食べさせたい。




