Ep 3/8 モモンガと妖精が飛ぶ宿・しろぴよ亭 1/2 - モテるおんなはつらい -
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迷宮実習の後は布団から抜け出せなくなるのに、今日は朝早くに目が覚めてしまった。
理由は考えなくてもわかる。ソフィーとランさんが遊びに来てくれるからだ。
そこで僕は部屋を出ると、まだ薄暗い酒場の掃除を始めた。
誰かがお酒をこぼしたのか、床に酒気が染み着いた臭いがする。
井戸水をバケツにくんで、店中にモップをかけて回った。なんだか清々しい気分だ。
それからしばらくするとクルスさんが起きて来た。
「はぁ……。エドガーくんが、お嫁さんになってくれないかしら……」
「え、ええっ……!? あの、何を言っているのか、よくわからないんですが……」
「ふふふ……卒業しても、ずーーっとここにいてくれていいのよ? ティアも喜ぶから、ずーっといて下さいね~?」
「ずっとですか……?」
「そうよ~。ずーーっと、ティアと一緒にいて下さいね♪」
それってつまり、僕をティアのお婿さんにしたいってことなのかな……。
凄く嬉しいけど、押し付けられるのは複雑な気分だ……。
「それより他に手伝えることありませんか。あ、この前みたいに洗濯とかしたいです!」
「あらあら、大変な力仕事なのに、またいいの~……?」
「友達が遊びに来るまで暇なので。僕にやらせて下さい」
そう伝えると、クルスさんは終始ニコニコと微笑みながら空き部屋のベッドシーツを抱え渡してくれた。
それを受け取って僕は街に出る。
いつもの洗濯場に向かうと、いつもの奥さんたちの顔ぶれがあった。
大きなシーツの洗濯は大変だけど、喋りながらなら苦にならない。
洗濯石鹸から香るシャボンの香りを嗅ぎながら、僕は爽やかな朝を過ごしていった。
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ずっしりと重くなったシーツを抱えて丸白鳥宿に戻った。
クルスさんは厨房で朝食の支度をしていたみたいだ。
けど相変わらずで、僕が宿に戻ってくるとクッキングナイフを片手に歓迎してくれた。
「う、うわっ……」
「あらごめんなさい、エドガーくんがそろそろ帰ってくる頃かと思って~、つい♪」
「いえ、ちょっと驚いただけで……。それより他に手伝えることはありませんか? なんだか待っているだけなのが落ち着かなくて……」
「んーー……今のところは大丈夫よ。朝食でも食べながら~、ゆっくりしたらどうかしらー?」
そう言われても食欲はあまりなかった。
二人がここに来ると思うと、何か食べたいという気持ちより、歓迎の準備を万全にしておきたかった。
「いえ、あまりお腹空いていないので、僕、軒先の掃除してきます!」
「あらー……」
ほうきとちりとりを持って宿を出た。
掃除の中でも、軒先の掃除は特に好きだ。それはきっと、僕もこの丸白宿の一員で、この場所を自慢に感じているからだ。
僕はせっせと掃除を進めていった。
しばらくするとティアが起きてきたみたいだ。宿の窓から声が聞こえて来た。
「ティアちゃ~ん、ちょっとお話があるの~♪」
「おー? どうした、ママー? きのーは、ひろいぐい、してないぞー?」
「それは毎日自粛してくれると助かるわ~♪」
「えー……でもなー。たべれるきのみ、とりさんに、ぜんぶあげるの、もったいない……」
いつもながら凄い会話だ……。
「あのね、ティアちゃん。エドガーくんのことなんだけど~……」
クルスさんのその一言に僕は動揺した。
まさか僕、実は嫌われていたりしないだろうか……?
がんばり過ぎていてうっとうしいとか、もしも思われていたりしたら……。
「ティアちゃん、エドガーくんのことー、もしかして、好きなのかしら~?」
へっ!? な、なんでそういう方向に話が行くの……っ!?
ティアが僕のことを好きかどうかなんて、そんなの……え、ど、どうしよう……。
「うん、すき! ティア、エドガー、だいすきだぞー。あ、でもなー、レオポンもなー、ウッピーもすきだ。ママもおとーたんも!」
「あらあら♪ じゃあ、質問を少し、変えますね~。ティアは、エドガーくんを、男の子として好きかしら?」
えっ、ちょ、えっ、ええっ!?
ほうきを抱き抱えたまま、僕はここから立ち去るべきだろうかと葛藤した。
だけど気になる……。さすがに、ティアに嫌われてるなんてないだろうけど、気になる……。
「そのことか……」
「はい、そのことです♪」
「あのなー、ティアなー、じょしりょく、たかいからなー」
え……?
「エドガー、ティアのこと、すきになっちゃったみたい。モテるおんなは、つらいなー」
「あらあら、やっぱり♪」
え、ちょっ、ティア!? いつからそういう見解になっていたの!?
それにクルスさんもやっぱりってどういうこと!?
「でもなー、ソフィは、エドガーのこと、すき。ママー、ティアは、どうすれば、いいんだー?」
いやそれはきっと、僕じゃなくて、ソフィーが好きなのはアルクトゥルスの方だよ、きっと……。
「あらそう……ソフィーちゃんとの三角関係だったのねー……」
「そうなんだー。エドガー、おかし、おいしいしなー」
「でもね、ママね……あの子をおよそに持って行かれるのは困るわー……。ティアの女子力で、エドガーくんのハート、どうにかならないかしらー?」
「んーー……ほんき、だせば、たぶん……エドガー、ティアにメロメロだなー」
「あら頼もしい♪ じゃあ、よろしくお願いしますね、ティア♪」
「おうっ、ティアに、まかせとけ! うっふーん♪ ってやれば、エドガーは、キュンキュンだ。しんぼうたまらん」
色気は全くないけどティアの言葉がかわいかった。
なんてマイペースな親子だろう。
僕も二人が望むなら卒業後もここを拠点にしてもいいかな……。
「おーいっ、エドガーッ! こっちこっちっ、おはよっ!」
「おはようございます、エドガー様」
そんな盗み聞きをしていると、そこにソフィーとランがやって来た。
とてもランドルフ・♂とは思えない明るい笑顔が飛び込んで来て、僕の手をスベスベの手で握った。
「お、おはよう……。あの、ランさん、なんで僕の手を……」
「ふっふっふっ……もしかして僕に触られてドキドキしてる? はぁっ……エドガーって、やっぱかわいいっ、やっぱ沼に落としたいなぁ♪」
「そ、そっちの沼は嫌だよ、僕っ!?」
「そんなこと言わないでさー、ぬっぽりハマろうよ~♪ 落ちちゃえばぁ、楽なんだってば~♪」
「なんの話ですの……?」
そう聞かれても説明なんて出来るわけがない。
ランさんも答えられては困ると、僕に向けて人差し指を唇の前に立てた。
やることなすことコケティッシュなのに、これがランドルフ・♂だなんて――やっぱり信じられない……。本当は女の子なんじゃ……。
「なんでもないよ……。ランさんの、いつものたちの悪い冗談だから……」
「うちはずっと待ってるからね、エドガー」
「いや、そういうの困るってば……」
「あははっ、絶対向いてると思うんだけどなー」
「ぅっ……。そ、それにしても早いね、ソフィー」
こんなことなら素直に朝食を食べておくべきだった。
まだ朝ご飯を食べる朝だ。こんな時刻から二人がやってくるなんて嬉しい予定外だった。
「やはり早かったでしょうか……? ですがエドガー様たちは、休みの日は夕方から忙しくなるみたいですし、ランさんを誘って、早めに来てみたのですが……」
「ううん、やることなくて、洗濯と掃除してたところだからちょうどいいよ。中に入って。宿の人にランさん紹介するから」
男だって部分はもちろん省いてだけど……。
ところが宿の扉を開くと、目の前にティアとクルスさんが僕たちをニコニコと微笑みながら待ちかまえていた。
やっぱりクルスさんは、地獄耳だ……。
「どうも~、宿の人その1のクルスです♪」
「ティアだぞー! ソフィ、おはよ、よくきたなー!」
親も子も笑顔いっぱいで、容姿はそんなに似ている感じはしないけど親子を感じさせた。
ソフィーとランさんも最初はこの不意打ちに驚いていた。でも――
「う、うわぁぁぁ~、なにこの子かわいいっ! やばっ、この子超かわいいよーっ!? モモンガなんて、もうどうでもいいくらい、かわいいっかわいいっ、ヤバいかわいいよぉっ!」
「あ、ずるいですの、ランさん……っ!」
二人はティアの愛らしさに我を失ってすぐに揉みくちゃにしていた。
ランさんの方は実はアレが生えているだなんて、口が裂けても言えない雰囲気だった……。
「おわーー、たすけてー、エドガー。いいにおい、いっぱい……ぐへへ……」
ティアもクルスさんも嬉しそうだし、このことは一生黙っておこう……。




