Ep 2/8 三回目の迷宮実習 剣術よりも冴えた方法 3/3 - 悪魔の木の実 -
「エドガー様っ、何を!?」
「馬鹿野郎っ、こんな状況で何をやって――」
代わりに拳を握り締めて、突進を始めようとするザリガニ野郎を見据えた。
そして敵の尋常ならぬ瞬発力の突進に、目にも止まらぬ速度の拳をかぶせて、敵の頭部を横殴りにした。
結果、エドガーの斜め後ろへとキングロブスターが吹き飛び、激しい物音を立てて壁に激突していた。
そういえば、クリフのジジィの友人に、世にも珍しい格闘家タイプの冒険者がいたな……。
「えっ、今殴ったっ!? 殴り飛ばしたよねっ!?」
「折れた長剣じゃ力入んねーから、直接殴ったのか……? お前よぉ、つくづく非常識なやつだな……」
「だけどまだ動きますのっ!」
敵は脅威をソフィーからエドガーに塗り替えたようだ。
再びエドガーに突進と鋭いハサミを放った。
だがな、エドガーは視野狭窄型の天才だ。
エドガーはジジィの友人の見よう見まねで拳と蹴りを放ち、その打撃の一つ一つがザリガニの外骨格を砕いた。
不器用でしょうがないやつだが、型にはまるととんでもない。
「今なら炎魔法が入る。撃て、ソフィー!」
「は、はいっ、エドガー様!」
エドガーの口を盗むと、ソフィーは俺の存在を察したのか魔力の増幅を始めた。
さらにエドガーの拳が敵の骨格を砕き、リョースとランが追撃を入れると硬い殻がはがれてゆく。
「ザリガニ料理に興味はございませんが、こんがりと焼けて下さいませっ、フレイムッ!!」
ファイアボルトが炎の矢なら、フレイムは地より燃え上がる火葬の炎といったところだ。
炎がこんがりと青白いキングロブスターを焼き、すぐに真っ赤なザリガニ焼きが完成した。
汚水の臭いと、甲殻類が焼けた臭いが混ざったかのような、食えそうで食えそうもない香りが室内に広がっていた。
「うげ、まずそ……」
「いやお前、ザリガニ食ったことあるんだろ?」
「うん、まずかった……。変だよね、ロブスターなら美味しいのにね……」
「ランさん……」
貧しい生活に同情したのか、ソフィーがいたたまれない表情を浮かべた。
俺も元々平民だが、ザリガニを食うほど落ちぶれたことはないな……。
エドガーが折れた長剣を拾う頃には、キングロブスターの死体が白い灰と変わっていた。
その灰の中に、何かの木の実が大量に散乱している。
「ねえ、リョースくん、ところでこれってなんだろう……」
「ん……なんだこりゃ、見たことねぇな」
「うちもないなぁ……マズそ」
それは殻付きの木の実だ。褐色の殻に、真っ黒な実が入っている。
どこかで見たような気もするが、俺もよく思い出せん。
「普通科の植物学者さんに見せたら、わかるかもしれませんの」
「ああ、そういやうちの学校って、王立学問所――一応研究機関だったっけな」
厄介なボスを倒して得たアイテムが、正体不明の木の実では意気消沈というものだ。
金目の物なら良い臨時収入になるというのに、早くも期待出来そうもない。
「進むか……」
「そうしましょう。ザリガニに時間を取り過ぎてしまいましたの」
木の実を回収して、再び彼らは迷宮を進んだ。
やがて制限時間の約1時間が過ぎると、地下12階到達というトップスコアを叩き出して、カテドラルへと強制転移されることになった。
・
成績二番手のグループは地下9階止まりだった。
レイテのクズは忌々しそうにこちらを睨むだけだったが、投擲術のラムダ先生はエドガーたちを褒めてくれた。
「凄い凄い♪ 入学三週目でここまでやれる子、先生初めて見ちゃった♪ よくがんばりました、いい子いい子♪」
「あ、あの、先生? 人前で頭を撫でられるのは、さすがに抵抗がありますの……」
相変わらずノリが託児所だったが、そこは諦める他にない。
心より大成果に喜んでくれていたので、むしろ俺もエドガーが誇らしいくらいだ。
「ところで先生さ、これ何かわかるー? チョ~まずそうなザリガニが落としたんだけど」
「いや、まずそうは余計だろ。食うか食わないかって発想から離れようぜ、ラン公……」
ランがドロップをラムダ先生に見せると反応があった。
「これは……まあ珍しい、デビルナッツね」
「うわ、名前からしてまずそう……」
「だから食うって部分から離れろってお前……」
「うん、これは、とぉぉぉぉ~~っても、まずい木の実よ♪ モンスターが喜んで食べるから、罠に使われることはあるけどぉ……他の食べ物でも代用できるから、価値はあまりないわ~」
どこかで見たことがあると思ったら、そうか、これはあの木の実か。
「なんだよ、小づかいにもなんねーのかよ……」
「残念……まあ、薄々わかってたけどー、マズそうだったし……」
「だからそこから離れろつってんだろ……」
いやこの木の実には、唯一無二の利用価値がある。
ここは必ず確保しなければならんだろう。
『エドガー、これはレオの好物だ。お前が貰っておけ』
『え、本当?』
『ああ……。ただ夢中になり過ぎるので、手に入ったときは少量ずつ与えていた』
『そんなに美味しいんだ……。あれ、だとすると、レオくんって……モンスターなの……?』
『……何を言っている。本人が魔獣と名乗っただろう。アレは立派なモンスターだ』
『そうだったんだ……。レオくんって、ただの喋るモモンガじゃなかったんだ……』
猫にすら負ける生き物を、果たしてモンスターと呼んでいいのかという疑問は残るが、分類上は一応モンスターだ。一応だが。
「これ、僕が買い取ってもいい?」
「え、マズいのに食べるのっ!?」
「食べないよ!?」
「止めとけ止めとけ、腹壊すぞ?」
「だから食べないってば!」
「わたくしはエドガー様にあげますわ」
「うちもいらない、あげる」
「気にしなくていいのよ~♪ 学問所が買い取っても~、この量だと500イェンがいいところよ♪」
それはまた、下手をすればピーナッツの方が高そうな値段だな……。
「外食一回分か……おまけにまずいとか、俺もいらね」
「ですがエドガー様、これ、何に使うんですの?」
「うん、実はうちに白いモモンガが住み着いてて……これって、あの子の好物かもしれないんだ」
デビルナッツを袋に詰めながら答えると、ソフィーとランの顔色が変わっていた。
懐疑から一変して、何やらやたらに期待した眼差しをエドガーに向けている。
「え、マジでっ!?」
「エドガー様、唐突で申し訳ありませんが、明日はお暇でしょうか? わたくしっ、ぜひその子を見てみたいですのっ!」
「うんうんっ、うちもうちもっ! うちもエドガーっち遊びに行っていいっ!?」
「え。い、いいけど……きっと二人とも、驚くと思うよ……? レオくん……かなり変わってる子だから……」
よくわからんが、白いモモンガというワードに惹かれたのだろうか。
まあレオなら、彼女たちの期待に応えられるだけのポテンシャルがある。問題なかろう。
そんな中、エドガーはこう思った。
今夜、ティアと一緒にボーロを作る予定だったけど、それは予定を変更して明日にしよう。
ティアだってソフィーが来るなら、ソフィーが一緒に作りたいと言い出すだろうから――と。
「リョースくんはどうするの?」
「俺か? お前の菓子は気になるが、野生動物には興味ねーな……。パスだ。けど、なんか面白れーもん出来たら、こっちにもよこせよ?」
「ぼ、僕のお菓子は便利なマジックアイテムじゃないよ……」
「ははは、今度はどうなるんだろな」
「どうもならないよっ! 僕のお菓子に余計な効果なんていらないのに……」
やはり人の才能というものは、本人の望むようにはならないものだな……。
俺は特殊な効果があった方が得だと思う。
「ですけど、エドガー様のお菓子はそこが面白いと思いますの。エドガー様は開き直って、魔法のお菓子屋さんを目指すべきですの」
「あの時のクッキーちょ~美味しかったよっ、明日はエドガーのお菓子もうち楽しみ! 絶対遊びに行くからね!」
今度は失敗しない。明日はみんなとレオくんが喜ぶお菓子を作って、ゆっくり過ごそう。
エドガーはそう心に決めたが――まあ、俺の来世である以上、望み薄だな。
『才能の壁はお前が思っている以上に分厚く高いぞ。ならばいっそお前は、そのままおかしなお菓子屋さんを目指せばいいではないか』
『嫌だよっ、それじゃおかしな屋さんじゃないかっ!』
『ククク……なかなか上手いことを言う』
『冗談じゃないよっ!』
それがお前の望みなら、望みを叶える方法を探せ。
お前が俺なら必ず見つかる。お前はこのアルクトゥルスの来世なのだからな。




