Ep 1/5 太陽の娘
前章のあらすじ
老父と死に別れたエドガーは、強制力たっぷりの遺言に従い、王都の王立学問所を目指す。
その道中、スリとの遭遇をきっかけに可憐な少女ソフィーと出会った。
偶然親しくなった二人は王都への旅を共にしたが、不運にも盗賊団の襲撃を受けることになる。
これを若手冒険者のリョースと共に迎え撃つが、エドガーは鉄壁の肉体こそ持っていたが、その臆病さゆえに戦闘力を持たなかった。
盗賊は撃退された。
エドガーの中に眠る前世人格、アルクトゥルスは自重を知らなかった。
全てを吹き飛ばして、そこにクレーターだけが残った。
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第一部 史上最強の田舎者が来りて蛇を討つ
一章 丸白鳥亭のティアと波乱の入学式
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Ep 1/5 太陽の娘
「じゃあな、エドガー、生活が落ち着いたら訪ねてこいよ。その間抜けづらは覚えたからな。会いに来なかったら許さねーぞ、わかったな!?」
「う、うん……わかったよ、リョースくん」
馬車は夜通し進み、翌日の昼に王都西部の馬車駅へと、僕たちを降ろすことになった。
リョースくんとソフィーとはここでお別れだ。
心細い気持ちになったけれど、よく考えたら僕とリョースくんは同級生になることが決まっていた。
別れを惜しむ彼の姿を見上げると、今さら自分も王立学問所に通うだなんて言えない……。
「いや、大丈夫かお前? なんか心配だな……」
「大丈夫だよ。たぶん……」
「スリには気を付けろよ? 都会にはよ、観光客や田舎者を騙して、楽して稼ごうとか考えてるバカがいるんだからな?」
「その話、もう馬車で10回は聞きましたわ。わたくしも気持ちはわかりますけど、いい加減しつこいですのよ……」
リョースくんの目がお前も心配だぜ、ソフィーと言っている。
打ち解けてみると、リョースくんは面倒見の良いお兄さんタイプだった。
「おう、お前もまたな、ソフィーお嬢様」
「嫌みな人は、さっさと行ってしまえですの……」
僕はリョースに手を振って、彼が馬車駅を立ち去ってゆくのを見守った。
「行っちゃったね……」
「わたくしはあの男がまだ嫌いですの……」
「なんで?」
「だって、いちいち嫌みったらしいんですもの」
「ちょっと不器用なだけだよ。冒険者たちの世界って荒っぽいから、僕たちみたいに素直な性格じゃやっていけないんだ」
「それでも限度がありますの……! あの男、最後までわたくしをお嬢様呼ばわりでしたのよ……!」
最後にソフィーと名前を呼んでくれたのは、親愛の現れだと僕は思う。
ふいに彼女が僕の方に向き合って、それから深くフードを下ろして見せた。
「行くの?」
「ええ。でもわたくし、このご恩は忘れませんの」
「恩って言われても僕、何もしてないよ?」
「ふふ……本当に謙虚ですのね。リョースは邪魔でしかたありませんでしたが、わたくしはエドガー様と旅を共に出来て、とても楽しかったですの。……またお会いしましょうね」
「うん、またねソフィーさん。僕もがんばるよ……」
ソフィーさんが立ち去って行くのを見送った。
そして彼女の姿が豆粒みたいに小さくなってから気づく。
よく考えたら、僕の方から彼女に連絡を入れる方法がない……。
けど今から背中を追いかけたら、ソフィーは変に思うかもしれない。
ソフィーは僕が王立学問所に入ると知っているんだから、きっと訪ねて来てくれるはずだ。
連絡先を教えてなんて言えない僕には、そう信じる他になかった。
「あの、王立学問所の方に行きたいんですけど、どの馬車に乗ればいいですか……?」
王都に到着したら、まずは下宿先を探しなさい。
故郷を出るときに神父様からそう教わった。
「それならあそこの馬車だよ。ああそうだ、エドガーさんは俺たちの恩人だ。運賃を無料にするよう、俺から言っておきますよ」
「え、いや、そういうのはご迷惑がかかるので……」
恩と言われても身に覚えがない……。
僕たちを運んでくれた御者さんは、この二日間で僕の性格を察していたようで、何から何まで親切に手配してくれた。
「勇ましい方のエドガー様にもよろしくお伝え下さい。では!」
「いえ、僕の方こそ助かりました……」
それは僕の知らない僕のことだろう……。
御者さんに手を振られながら、僕は特区行きの馬車に揺られていった。
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「ほら、あれが王立学問所ですよ」
「わざわざすみません……馬車駅で降ろしてくれて良かったのに」
「飲み仲間の命を救ってくれたお礼です。入試試験、がんばって下さいね」
「あ、はい……がんばります……」
ごめんなさい、爺ちゃんが勝手に決めた裏口入学なんです……。
僕は馬車を降りて、親切なおじさんに手を振ってから、こういうのって田舎者っぽいのかなと、腕を引っ込めた。
それから王立学問所へと振り返る。
右を向いて、それから左を眺めて、向こう側に広がる全てが学問所の敷地であることに僕は驚いた。
彼方に見える学舎は白く荘厳で、学校というより王都にそびえる二つ目の宮殿だった……。
その正門には武装した門衛までいる。
容姿身なりの整った貴族師弟の姿に、賢そうなお兄さん方、強そうな英雄科の若手戦士たちが行き来していた。
「爺ちゃん……昔のコネって、一体どんなコネなの……。ただの田舎者が通う世界じゃないよ、これ……」
神父様に言われた通り、先に下宿先を探そう。
あの門をくぐるとき止められるんだろうけど、大丈夫かな、爺ちゃんの書類……。
「なんだね、少年? そうか、私のサインが欲しいのだな?」
「へ……?」
「やーんっ、見知らぬ田舎者にまで慕われちゃうツァルト様、素敵ぃーっ♪」
ぼんやりと正門を眺めていたら、見るからに位の高そうな貴族様が目の前にいた。
どうしよう……目を会わせるなり誤解されている……。
「さ、持って行きたまえ。私はファンサービスに余念のない男だ、遠慮はいらない」
「やーんっ、ずるーいっ!」
「い、いえ、結構ですっ、わっ!?」
「フフフ……魔法科筆頭の私に憧れる気持ちはわかるがね、諦めたまえ。君のような下々の存在は、魔法を使えるようにできていないのだよ」
「下民にもやさしいなんて素敵!」
押し付けられたのは真っ白な上質の紙だった。
その白紙の上に、達筆過ぎて全然読めない何かが書き殴られている。
彼は哀れみと理解の目を僕に向けて、何もなかったかのように僕の隣を通り過ぎていった。
白い紙はひっくり返せば何かに使えそうだ。貰っておこう。
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王立学問所の近くには、学生街と呼ばれる地区があるそうだ。
ここからなら学校に近いので、通いやすいとさっきのおじさんに教わった。でも――
「悪い、うちはもう一杯だ。てか、他のところも埋まってると思うぞ」
「はい……ここで7件なので、それはよくわかっています……」
入学シーズンなのもあってどこの宿もいっぱいだった。
どうしよう。王都にやっと来れたのに、寝るところが見つからないなんて考えもしなかった……。
「それは大変だな。……そうだな、学生街の外でいいなら、良いところがあるが」
「それ、本当ですかっ!?」
「ああ、荒っぽい冒険者たちが集まる街でもいいなら、俺から紹介してやる。学校との距離も近いぞ。どうする?」
「大丈夫だと思います。育ての親が元冒険者だったので……」
「そうか。じゃあ手を出せ、地図を書いてやる」
「あ、ならこれに……」
さっきの偉そうな人がくれた白い紙を、宿のぶっきらぼうなおじさんに渡した。
「プッ……なんだ、あのボンクラからサインなんて貰ったのか」
「あの貴族様と、お知り合いですか……?」
「アレとは関わらない方がいい。見た目以上のクズ野郎だ。……これでよし。次に会ったら距離を取れ、ろくなことにならんぞ」
「わ、わかりました……。それより宿の紹介をして下さりありがとうございますっ」
「いちいちそうやって礼を言うな。悪人の目から見たら、カモにしか映らないぞ」
「すみません、僕、田舎者でして……」
「それは見ればわかる……」
学生街の宿を出て、手書きの地図を頼りに地区を変えた。
すると武装した人たちの姿が増えて、ふと地図から顔を上げると、探していた丸白鳥亭の看板がそこにあった。
綺麗な学生街よりゴミゴミしていて騒がしいけど、僕にはこっちの方が落ち着くみたいだ。
店の入り口を探すと、そこにブロンドの髪を伸ばした女の子が座っていた。その子と目が合った。
「おーー?」
凄く見られている。
僕より二つか三つ年下の女の子が目をまん丸にして、何が面白いのか不思議そうに僕を見ている。
「な、何……?」
「ねぇねぇ、おにーさん、なまえ、なんてゆーんだー?」
「名前? エドガーだよ」
「そか! ティアは、ティアだぞー!」
僕は手書きの地図と、元気な女の子ティアを交互に見比べた。
この宿屋の子なのかな。エプロンを身に付けて、我が物顔で軒先にしゃがみ込んでいる。
その子が立ち上がると、僕よりさらに小柄なことがわかった。
「もしかしてティアは、丸白鳥亭の人……?」
「ちがう」
さっきまで明るかったのに急にティアは不機嫌になった。
「よみかたちがう。ここはなー、丸白鳥亭だぞー。かわいいだろー、このかんばん!」
「ええっ、それって読み方にかなり無理がない……?」
「へへ、こまけぇこたぁいいのよ……。かわいければ、それでいい。エドガー、わかってないなー?」
「ご、ごめん……まだ修行が足りないみたいです……」
僕はしろぴよ亭の看板をもう一度見上げた。
冒険者の集まる地区の宿屋にしては、とてもかわいい看板だ。
飛べるのか不安になるほどに丸い子鳥がそこに描かれている。
「そういえばエドガー、これは、ティアのよそーだけどなー。もしかしてー、エドガーは、おきゃくかー?」
「うん、そうだよ。宿が見つからなくて困ってて……」
「そっか! ティアはなー、ここのむすめだぞー。きゃくひき、してた」
「そ、そうなんだ……」
客引きらしい素振りあったかな……。
でも不思議なことに、ティアが元気な笑顔を浮かべるたびに、ここに泊まりたくなる自分がいた。
「エドガー、こっちこい? いちめーさま、ごあんないだぞー!」
「お世話になります……」
「へへへ……。ママーッ、おきゃくさま、つれたよー! ティアの、じょしりょくで!」
彼女の女子力に惹かれたつもりはないんだけど、なんだか元気を分けて貰えた気がする。
都会の人らしさがなくて、どっちかというと田舎者の僕側に見えたからかもしれない。
ティアの姿を追ってしろぴよ亭に入ると、カウンターに綺麗なお姉さんが立っていた。
ティアはママと言うけど、驚くほどに若い母親だった。
「うふふ、ティアは客引きの天才ですね~♪ ようこそ、エドガーさん」
「え、なんで僕の名前を……」
「あらやだ、私地獄耳なんですよー♪」
「ママ、そういうのは、やめとけー? おへやのおと、ママにきかれる、おきゃくさんよくない。おとーたん、いってたぞー?」
地獄耳はさておいて、こんなにやさしそうな母親は生まれて初めて見た。
母親に甘えるティアの姿はマザコンそのもので、それもしょうがないと納得させられるものがある。
それは若草色の髪をした、清楚な顔立ちのお母さんだった。
「えっと……よければここに泊めてもらえますか? 王都に長期滞在するので、長く泊まれる宿を探していて、あ、これ一応紹介してくれた宿屋さんのサインです……。あっ、ちが、変に達筆な表側じゃなくて、裏の方!」
「私の名前はクルス、この宿屋の女将さんやっています。ようこそ、丸白鳥亭へ!」
「ママ! しろぴよ亭!」
「あらやだ、間違えちゃったわ~♪」
「ど、どっちが正式な名前なんですか……?」
「好きな方で大丈夫よ♪」
「しろぴよ亭っ、だぞーっ、エドガー!」
ティアはクルスさんにベッタリとへばりついたままだ。
店内をさっと眺めれば、酒場宿形式の店内にお客さんの姿はどこにもない。
そういえばずっと馬車だったので、まともな物を食べていなかった。
「お昼はやってないんですか?」
「ごめんなさいねー。うちは夜からなの~。ティア、簡単な物をエドガーくんに出してあげて」
「へい、おかみ! エドガー、ちょっと、まってろー!」
「すみません、営業時間外に……」
「いえいえ♪ これからよろしくお願いしますね~、エドガーさん♪」
お母さんってこんな感じなのかな……。
クルスさんの笑顔を見たら、爺ちゃんの重低音気味の子守歌が恋しくなった。
今日からここが僕の拠点だ。
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