Ep 6/8 ghost in labyrinth
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管理迷宮とやらは、カテドラルと呼ばれるこの円錐状の空間の遙か底にあるそうだ。
学長に導かれて昇降機に入ると、俺たちは暗闇の世界に飲み込まれていった。
この区画は管理者専用という性質から、昇降機を使わなければ立ち入ることができない。そう説明された。
照明も設置されておらず、まるで夜のように薄暗く、どこか心がざわつく場所だった。
ここでエドガーと入れ替わったら、アイツは恐怖に固まってしまうかもな。
いや、なかなか惹かれて止まないプランだが、エドガーは機嫌を損ねると面倒なので止めておくか。
昇降機を出ると学長がオレンジ色の照明魔法を手のひらに灯し、とある一角の無骨な扉を押し開くと、俺たちは彼の背中を追って下級管理迷宮へと入り込んだ。
不慣れな俺たちへの気づかいも何もなく、学長が迷宮を進む。
ツァルトが前衛という役割を思い出して先頭に立つまで、俺たちは老人の背中を追ってただ歩き続けた。
「むむっ、いきなり大部屋か。どうします学ちょ――」
数えて二つ目のフロアの扉を開くと、そこは大型のスライムや、強化されたゴブリンであふれる大部屋だった。
特別な迷宮と聞いて期待していたのに雑魚ばかりだ。
「オメガブレイク」
俺は期待はずれのザコども全てを、得意の爆裂魔法で吹き飛ばした。
「ギャァァァーッッ、なっ、何をするのだね君わぁぁーっっ?!」
「エドガーくん……私の話を聞いていませんでしたか?」
せっかく俺が手間を省いてやったのに、彼らにはどうも不評だった。
「あぁ……レベルの高い個体だけを倒して進む。そういえばそんなことを言っていたな……」
「ついさっき私が説明を受けたというのに、なんで君はこんな肝心なことを忘れられるのかねっ!?」
「すまん。つい浮かれてしまった」
「浮かれて大部屋の魔物を一撃で吹っ飛ばす常識はずれなどっ! この世界にたった一人だけだよっ、エドガーくぅんっ!?」
ツァルトに言われるのはどこかしゃくだが正論だ。
だが仕方あるまい。俺はエドガーの影として、普段は見守ることしかできないのだ。大部屋一つ吹き飛ばしたくらいでそう騒ぐな。
「雑魚は私が眠らせますので、初級にそぐわぬ強敵だけをお願いします。ああ、ツァルトくんは前だけ守って下さればそれで十分です。始末はエドガーくんに任せましょう」
「はっ、学長のお言葉のままに!」
これっぽっちも知りたくないというのに、ツァルト・ワーグナーという人間がわかってきてしまった。
こんなどうでもいいやつの、家名を覚えてしまうくらいにな……。
コイツはコイツなりに学長を尊敬しているのだ……。
ともあれそういうことになって、俺たちは下級管理迷宮のさらに奥へと進んでいった。
通常の下級迷宮との相違点は――よくわからん。
ちなみにここは、なんの変哲もない灰色の石壁で統一されたフロアだった。
「ホブゴブリンも狩って下さい。アレは一年生には強過ぎます」
「あんな雑魚まで狩るのか? それは甘やかし過ぎではないか?」
「ふむ……そうでしょうか? 確かに迷うところではありますが……」
「迷わないないで下さいよ学長っ!? こらっ、サラッと死者が出るようなことを抜かすなっ、世界がみんなお前のレベルになったら3秒で破滅するわっ!」
「そういうものか……?」
ホブゴブリンは大型のゴブリン種だ。
ゴブリンたちとは別の種だが、下級の亜族を力で従わせる能力を持っている。
駆除しろと言われたので、俺は全ての個体を下級魔法ブレイクで吹き飛ばした。
「フフ……今は昔と違いますから、ご理解下さい」
残る雑魚どもは、学長がまとめてスリープの術で寝かせた。
年寄りのくせにとんでもない魔力容量だ。既に100を超える数を寝かしたというに、まだ平然としている。
ああ、ツァルトの活躍か?
突破を防いでくれた。魔法科に属しながら、剣術の訓練を怠らずに日々努力しているようだ。意外にも前衛として使えた。
「お前、もしかすると剣士の方が向いているかもな」
「フッ、フハハハッ、これは滑稽! この大貴族ツァルト・ワーグナーをつかまえてっ、そんなふてぇことを言えるのは君だけだよ、エドガーくんっ!」
名門の生まれで、高い魔力が約束されていたからこそ、本来不向きなはずの剣の方に打ち込む傾向があるのだろうか。
コイツの襲撃はいつだって物理攻撃ばかりで、魔法でエドガーを倒すという選択をなぜか放棄していた。
物理無効のエドガーには、魔法の方がまだ脈があるはずなのだが、教えてやる義理もないか……。
さて進軍再開だ。
俺たちはその後もバランスにそぐわぬ強敵を駆除しながら、階層を二つ下った。
するとある小部屋に、宝箱が一つ置かれていた。
「見たまえエドガーくんっ、貰って下さいと言わんばかりに、いかにもな宝箱があそこにっ!」
「よし開けろ」
「わーいっ、ツルルンにこの任せて! ではなくてーっ!? なぜっ、私がっ、君にっ、命じられなくてはならないのだねっ!?」
「つまらんことを気にするな。前衛なら身体を張れ」
「お待ちを。下級管理迷宮は、全てとは言いませんが初級迷宮に繋がっています。それは生徒たちに残してやって下さい」
お宝がそこにあるのに、開けるなだそうだ。
俺は学長の願いに従って次のフロアを目指そうとしたが、肝心のツァルトが動かない。
ヤツはよっぽど名残惜しいのか、立ち止まって宝箱ばかりを見ていた。
「金目のものが入っているかと思うと、スルーしがたいものが……くぅぅっ! もし、もしもアレに、超レアアイテムが入っていたら……くぅぅぅっ!!」
「初級にそんなものが転がっているわけがないだろう。早く行くぞドラ息子」
「誰がドラ息子だねっ!?」
「お前だ。この前お前が自分で言った」
「う……うわああんっ、学長ーっ、エドガーくんが虐めるよぉっ……!」
「上級生らしく振る舞うことです。そうすれば、エドガーくんも貴方を尊敬することでしょう」
そんな日が来るとは思えんな。
俺たちはドラ息子を盾にしながら、再び下級迷宮というイージーモードの世界で快進撃を続けた。
とにかくでかいやつを駆除して、学長が寝かせなかったやつを再度駆除する。
俺たちはほぼノンストップで下へ下へと進んでいった。
それにしてもとんでもないジジィだ。
年寄りの癖にやたらと器用で、ツァルトの方が先にバテてしまうほどタフだ。
ドラ息子は両手を膝に突いてうつむいて、荒く息を乱すばかりだ。
「だらしないな。さっさと歩け、置いてゆくぞ」
「ぜぇっぜぇっ……前衛を、私だけに、押しつけて……おいて、よくそんなこと言えるなぁっ!?」
「フフ……昼食に間に合わせたい気持ちはございますが、そこまで急く必要もないでしょう。少しゆっくり――おや? どうかされましたか、エドガーくん?」
ところがそんな俺たちを遠くから見つめている者がいた。
「少し小便してくる。そこで休んでいてくれ」
「フフ……野暮用ですかな」
「アンタ、気付いているだろう」
「さて、なんのことでしょう」
俺はとぼけるキザジジィの前で虚空に手招きすると、今来た道を引き返して前の小部屋に戻った。
意外な場所で、珍しい者を見つけたからだ。
『お前、俺が、見えるのか……?』
亡霊だ。管理迷宮の地下7階で、生徒の亡霊を見つけた。
「ああ、ハッキリと見える。その格好と、死してもなお、まともに会話ができる点からすると、魔法科の元生徒といったところか」
『俺は死人だ……』
その亡霊は首の骨が折れていて、気味が悪いことに頭が肩の上に乗っていた。
スタッフとバックラーを身に付けて、魔法科の制服には大量の吐血が染み付いている。
アイアンゴーレムに殴り飛ばされて、一撃で即死といった風体だった。
「それは見ればわかる。輪廻の輪にも戻れていないようだな」
『当たり前だ……。このままでは、消えられない……』
「亡霊は皆そう言う。まあ話くらいは聞いてやろう。そしてその後は――」
俺の糧となってもらう、とは言えんな。
「俺は殺されたんだ……」
「誰にだ?」
「フランクのやつだ! アイツ、アイアンゴーレムだらけの部屋に俺たちを残して、一人で逃げやがったっ! 殺してやる……殺してやる……! 絶対に地上に戻って、アイツを呪い殺してやるんだ……っ!」
「ああ、あのアイアンゴーレムなら俺が倒した」
正確にはエドガーだが、混乱させるくらいなら俺の手柄にしておこう。
首の折れた愉快な亡霊は、憎悪を忘れて真顔になった。
「あれを、倒した……?」
「ああ。お前を殺したフランクはな、上でのうのうと青春を謳歌し、そして新入りの俺を罠にはめた。……どうやら俺とお前は、少しばかし似た境遇のようだ」
話を聞いてから喰らうつもりだったが、気が変わった。
コイツはエドガーの世間体を破壊せずに、フランクに報復を行う理想的な爆弾になる。
「アイツ……同じことを、繰り返し……ッッ、ゆ、許せ、ない……!」
「そこで提案なんだが、俺に憑り付いて一緒に地上に行かないか? フランクのところに連れて行ってやるぞ」
「ほ、本当か……?」
「ああ、ヤツはまた悪さをしてな。ヤツのせいで、一年生の教練が台無しになりそうだ。だがヤツは地位が地位だからな、ヤツを罰するには、社会に属さぬお前の力が必要だ。俺に付いて来い」
ヤツは折れた首を元に戻して、死体なりにたたずまいを整えた。
憎悪に染まっていた亡霊が礼儀を見せるというのも、なかなか珍しい現象だ。
「名前を、教えてくれ……」
「エドガー。いや、俺はアルクトゥルスだ。過去の亡霊同士、仲良くしようではないか」
「俺はリシュリュだ。復讐のチャンスをくれるというなら、お前に付き従おう……」
リシュリュは俺の前に歩き出し、再び折れ曲がりかけた首を支えながら俺と重なり、俺の中に消えた。
エドガーに憑り付くように存在する俺に、さらにその上から亡霊が憑依するなど妙な話だな。
だがいい感じの復讐道具を拾えた。
探索の目的はまだ果たせていないが、地上に帰るのが今から楽しみだ。




