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Ep 5/8 50年前にはあり得なかった共闘

・●


 では再び話を戻す。俺がノック一回で学長室に踏み込むと、ヤツは何も言わずに書斎から立ち上がった。

 学長――あのキザジジィがついて来いと言わんばかりに俺の横を素通りしたので、俺も何も言わずにその背中を追った。


 大方の予想通り、目的地はあの奇妙な地下空間カテドラルだった。

 そこには英雄科の教師たちが既に集まっており、彼らはああでもないこうでもないと、事態の原因を議論していた。


 生徒たちが明日の実習のために、厳しい教練を乗り越えてきたというのに、思わぬ不具合で迷宮に入れませんでは済まない。

 教師たちになりにがんばってくれていた。


「学長……!」

「おお、エドガーではないか」


 そこにエドガーを連れた学長が現れたので、彼らは意外な顔に驚いていた。

 エドガーに剣を貸してくれようとした、あの片手剣の先生もいる。


「エドガーくんっ、レイテ先生が変なこと言ってるけど、気にしちゃだめよっ! せんせーたちはエドガーくんの味方だからねっ、ねっ!?」

「あ、ああ……心配してくれて、助かる……」


 それとあのラムダとかいう、託児所ライクで生徒と接する付き合いにくい女教師も一緒だ……。

 繰り返すが俺は苦手だ……。人格面だけで評価すれば、彼女は乳母の方がずっと向いているだろう……。


「同感じゃ。アイアンゴーレムを4体倒した程度で、迷宮のバランスが狂うはずがないではないか。おのれ理事長派め……つまらぬ小細工をしおる……」


 この学内には派閥があるとは聞いていたが、どうやら冒険科の大半は学長派のようだ。

 理事長と学長。二つ並べられるだけで、聞きたくもない面倒な関係が想像出来た。


「で、原因はつかめましたかな?」

「不明ですな。いやはや、全く反吐が出ますぞ。難易度イレギュラーの迷宮を、下級に見せかけて、それをまさか処刑用に使っていただなんて……これはカテドラルの設計に対する冒涜じゃよ!」


「同感ですな。それで他に情報は? こちらのエドガーくんも、事態の解決に協力して下さるそうです」

「むむ、おぬしには授業を受けてほしい。と言いたいとこなのだが、濡れ衣を着せられた彼が解決に貢献した――という逆転ストーリーは悪くないですな。魔法科と理事長とあのクソガキを牽制も出来る。いやはや、全くけしかん連中じゃな……」


「フフフ……しかし事態を解決できなければ、ここを管理している我々の方の顔が潰れますな。さて、それではエドガーくん、どうにかして下さい」


 初老のジジィと本物のジジィの間で言葉が行き来していたかと思えば、いきなりこちらに飛んで来た。

 まあ、全く頼られずに蚊帳の外にされるよりもいいか。


「俺は一介の生徒だぞ、学長が俺なんかを頼るな――と普段ならば言うが、一つ気づいたことがあるぞ」

「ほう、それはなんでしょう?」


「妖精型モンスター、ウィスピーベルの魔力がわずかに残っている。どうやらしばらくそこにいたらしい」

「なんじゃと!?」


 俺が指さした先に学長と先生方が飛びつき、しゃがみ込むと、しばらくして彼らは納得した様子で顔を上げた。


「言われるまで気づきませんでした。確かにこれは、アレの魔力に似ておりますね……」

「エドガーくんすっごーい♪ 確かー、ウィスピーちゃんといえばー、周囲の魔物のレベルをー、空気読まないで上げちゃうとんでもないモンスターだったかしら?」


 説明するまでもないがコイツはレアモンスターだ。

 本体の戦闘力はないに等しいが、野に一匹発生するだけで、生ける災害となって近辺の都市を脅かす。


「正確にはモンスターではなく妖精らしいですが、なるほど、それならばつじつまが合います。つまり何者かが、このカテドラルに侵入し、外部から連れてきたウィスピーベルを迷宮に解き放ち、迷宮の難易度を狂わせたと」

「ならば管理迷宮が臭いですなっ!」


 その言葉は初耳だ。学長に目を向けるとまたこの地を自慢するような表情を浮かべた。

 だが説明は初老の剣術教師に譲るそうだ。


「おぬしはまだ知らぬか。ここカテドラルには、管理者専用のエリアがあるのじゃ。そしてこの管理迷宮は、特定の迷宮と次元が重なっておっての。まあ要するに……下級迷宮にウィスピーベルを放てば、下級迷宮全ての難易度が跳ね上がるのじゃな」

「何せ全ての迷宮を一つ一つ調整するのは非効率ですからな。迷宮のバランスを調整したくなったら、この管理迷宮に教職員が入り、危険な魔物を排除し、逆に弱い魔物を外から運ぶこともございます。驚きの仕組みでしょう?」


 よっぽどこいつらはここの設計者に思い入れがあるようだ。

 迷宮を一カ所に養殖して、それぞれを難易度ごとに操作する。言うまでもなく天才の仕事だ。


「なら、その管理迷宮に入って、レベルの上がりすぎたモンスターと、ウィスピーベルを駆除すれば、下級迷宮が正常に戻るのだな?」


 ヘソ曲がりの俺は本題を進めた。

 ジジィのうんちく語りよりも行動の方を優先したい。でなければ即動くことを選んだエドガーに悪いからな。


「ふむ……やってみる価値はありますな。では、先生方は授業に戻って下さい」

「学長っ、それはないじゃろう! ワシも連れて行け!」


「いえ、貴方たちは授業に戻って下さい。後は私とこのエドガーくんにお任せを」


 俺は別に一人で構わん。むしろ付いてくる気だったのか、アンタ。

 そう言ってやりたいところだったが、エドガーらしくないことを言い過ぎると場を混乱させるので止めた。


「学長のサポートは俺に任せてくれ。足手まといなりに、彼をフォローしてみせる」

「むむむ……まあ、おぬしならばいい前衛にはなるじゃろ。では任せたぞ、エドガー」


「任せてくれ」

「魔法科の連中なんぞに負けるでないぞ。……おおそうだ、ワシの剣を貸してやる、そなたのは折れてるだろう」


「結構だ。そんな上等な剣を折ったら返済できない」

「ならくれてやるわっ!」


「いらん。折れるとわかって借りるやつが――」


 ん? あれは、自称ボンクラのツァルトか……?

 なぜまたカテドラルに下りてきた……?


「そこにおりましたか学長っ! この書類にサインをいただきたいのですが……むむっ、君は我が宿敵エドガーくんではないかねっ!?」

「また面倒なタイミングで面倒なやつが出てきたな……」


「面倒とはなんだねっ!? 君から見て、私はそんなにめんどくさい男かねっ!?」

「ああ、やかましい上にピーピーギャーギャーうっとうしくてたまらん」


「ガァァァーンッッ?! エドガーくんに……あのやさしいエドガーくんにまで、そう思われていただなんて……。ガクシッ……」


 何から何まで大げさで芝居じみたやつだ……。

 だが本気でエドガーに嫌われたと、ショックを受けているようだな……。


 そんなツァルトの脇から学長は書類を拾い上げ、悠長にペンを取り出した。

 だが不備か何かがあったのか、その手が止まる。


「ツァルトくん、ご自分の名前を間違えているようですが? ほら、ここです。ツァルト・ワーグニャーになっております」


 ニャ……?? おい、どこをどうやったらそんな間違いが出来るんだ……。

 やはりコイツ、アホだな……。天地創造級のアホだ……。


「ガーガーガーガーーンッッ?! か、書き直し……クゥゥゥッ、このツァルト・ワーグニャー、一生の不覚ッ!! はぁぁ……っ、出直してきます……」

「いえ少しお待ちを。今回は特別に、これにサインをしても構いませんが」


「マジで!? フッ、フフフッ、フハハハハッ……いえいえどうせしたたかな学長のことです。あなたは無条件だなんて人のいいことを言う人ではないっ! さあご命令を! このツァルト、なんでもいたしますっ! 補助金が貰えるなら、私は靴だって舐められますよ!」

「そういった特殊な趣味は持ち合わせておりません。ツァルトくん、これから私たちは管理迷宮に向かうのですが、あいにく先生方には授業があり、前衛が足りておりません」


 しかし随分と話のテンポがいいな……。

 こう見えて学長とツァルトの付き合いは、かなり長いのかもしれん。


「は、喜んでお供しましょうっ! エドガーくん、一緒にがんばろうっ、キラーンッ!」


 俺はこんなに調子のいい金持ちを見たのは初めてだ。

 白く軽薄に輝く歯を見せて、ツァルトはこれまでの因縁を(一時的に)投げ捨てた。


「何がアンタをそこまで、節約に走らせるんだ……」

「おおっ、聞いてくれるかねっ!?」


「いや急いでいるので後にしてくれ」

「私の親は私以上に金遣いの荒い人たちでね……。彼らがもう少し節約というものを知ってくれたら、我がワーグナー家は公爵という家柄以上の躍進が出来たはずなのだよ。つまらない見栄のために、つまらない金の使い方をしては、領地の運営資金を圧迫する。私は幼い頃から父と母のどうしようもなさを見て育った! 私は君に敗北して気づいたよ。見栄よりも大切な――」


 後にしろと言ったのに聞かない上にその後も長かった。

 エドガーへの対抗心で、金を浪費するお前もお前だと思うぞ……。


「事情はだいたいわかったもう黙れ」

「なんでだね、君ぃっっ!? こんな話出来るの君だけなのにっ!」

「めまいがするようなことを言うな……」


 こんなのに好かれて、好敵手認定されてしまうだなんて、難儀だなエドガーは……。

 とにかくこのメンツで、下級管理迷宮を下ることになった。


『アルクトゥルス、ツァルト先輩にはもう少しやさしくしてあげたらどうかな……』


 見ていたのか。

 断る。元はと言えば、お前がコイツにやさしくするから懐かれてしまったのだろう。

 面倒を見たいというならお前が勝手に見ろ。さらに懐かれて妙なことになると思うがな。


『……。レオくん元気かな……』


 そう言葉を残してエドガーの声は途絶えた。


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