Ep 4/8 週末の危機 シャボンの惨劇 - 下僕洗浄中 -
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ここで少し横道にそれるが、そのしばらく後に丸白鳥亭でも小さな事件が起きていた。
この後のことに一応繋がる部分なので、先に解説しておこう。
全てのきっかけは、とある一言だった。
「ママー? レオポンなー、ほらー、おしりのとこなー? ちょっと、きいろくない?」
「あら、ティアはよく見てますね~♪ ……ん、そうですね。うちもー、宿泊業ですからー、このままはまずいかしら……?」
レオをフォローするならば、人間だって自分の尻を毎日見るやつなんていない。
……ただし糞が尻に付いて黄色くなったという可能性については、考えないものとする。
「おのれ、人間め! ボクチンを侮辱したな! ボクチンはウンコたれじゃないっ!」
「でも~……気になりますねー……」
「そだ! ボクチン、おふろ、はいろーっ!」
「ピィィッ!? お風呂はヤダッ、あまつさえ下等な人間なんかに洗われてたまるかーっ、トゥッ! ぁ……っ」
飛んで逃げようとしたそうだが、クルスさんに素早く回り込まれたそうだ。
ちんたらと空に浮くモモンガをクルスさんは胸に包み込んで、ティアに小さな水瓶を裏庭へと運ばせた。
ああ、レオの挙動か? クルスさんにもベルートと同じ得体の知れないものを感じて、固まってしまったようだ。
だが彼女には死んだふりは効かん。モモンガは水瓶の中の水面にやさしく放流された。
「ゆかげんはー、どないやねんー?」
「ピィィィッッ……どうもこうもないよっ、冷たいよぉっ!」
「あらホント♪ ごめんなさいね、レオパルドンさん。うちも客商売だから……そうだわ! 後で主人に、大好きなバターピーナッツを作らせますから、ちょっとだけ我慢しましょうね~?」
「バタピーくれるの!? それならいいよっ、好きなだけボクチンを洗って! ぁ……お尻は、やさしくね……?」
「うんち、ついてるかな……」
「ボクチンお尻にウンチ付いてないよっっ!」
「おしり……レオポンの、おしり……おしろのあな、みたい……」
「ピィィィッッ、このヘンタイッッ! ボクチンのお尻の穴は、エドガーとアルクトルゥス様のものだっ!」
いや……いや、レオよ、そんなもの貰ってもこっちは困るぞ……。
そういえばその昔、レオの尻の穴から、なぜか俺の髪の毛が生えていたことがあったな……。
あれは一体なんだったのだろうか……。
「みればわかる……みせてー?」
「見せるかーっっ!! ヘンタイッヘンタイッヘンタイッッ!」
「ごめんなさいねー。うちの子、ちょっと変わってるの♪」
「ちょっとどころじゃないよっ、この子!!」
しかしなんだかんだ、水浴びそのものは気持ちよかったそうだ。
少し冷たいが慣れてくると心地よい水温で、レオは水瓶の水風呂を満喫した。
だが二人は風呂と言った。そのままでは終わらん。
ティアと小瓶からゲル状の洗濯石鹸をすくい取って、クルスが水風呂からモモンガをすくい上げた。
「ボクチンのお尻、綺麗になった?」
「いいえ、これからです♪ お願いします、ティア先生」
「まかせなさい。いくよー、ボクチン?」
「え……そ、それは、それはまさか、石鹸……!? ボクチン石鹸嫌いっ、止めて止めてーっ、ピィィィーッッ?!」
「ごめんね……ワシャワシャワシャワシャーッ!」
人間からすると毛皮の脂は悪臭の源で、石鹸で綺麗になった獣は達成感の象徴だ。
拘束を受ける一匹のモモンガは、ティアという遠慮を知らない洗い手に揉みくちゃにされた。
水に濡れて小さくみすぼらしくなったモモンガが、白い泡にまみれて全身を洗われてゆく。
「バタピー、バタピー、バタピー……ッ! まだっ、まだ終わらないのっ!?」
「え? ティア、ずっと、こうしてたい……。ゆびに、からみつく、もふもふ、いい……」
「我慢してとっても偉いですよ~、レオパルドンさん♪」
目的と過程が入れ替わることなどよくあることだ。
ところがそこに、レオを呼びかける声が響いた。
それは空気の振動ではなく、直接レオの精神に働きかけるものだ。
こんななりだが、この生き物は一応のところ使い魔だった。
「あ……ごすずん……? ごすずんが、ボクチンを呼んでる! 行かなきゃ!」
「エドガー、どこどこー? あれ、レオポンひかって――おあああーーっっ?!」
「あらー?」
その刹那! びしょ濡れの泡まみれになったモモンガが光に包まれた!
「バタピー忘れないでね!」
それがレオパルドンの最後の言葉だった……。
よもや召喚者も、己の使い魔を召喚したら、泡まみれのびしょ濡れで現れるとは予想もしなかった……。




