Ep 4/8 週末の危機 シャボンの惨劇 - 冤罪 -
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俺は会ったその日に気づいていたが、ランの正体に動揺するエドガーの心模様は、俺からすればなかなかの見物だった。
さすがに、ランドルフという本名には笑ったがな。
ランは己を偽らずに、己のなりたい姿格好を選んだだけだ。
人の目を気にして自由な心を失うより、ああやって己の本性を受け入れて生きる方が、悔いのない人生となるだろう。
さて、愉快な茶番劇はここで一旦休止だ。
エドガーは教室には戻らず、校庭のベンチでしばらく心の整理をした。
かわいいとか、女装が似合うとか、あの辺りの言葉はエドガーにとって相当に不本意だったようだ。
俺から言わせれば、ヤツはクリフのジジィのことを引きずり過ぎだ。
エドガーはエドガーのなりたい姿を取ればいいと思うのだが――反面、エドガーがオカマに目覚めると俺が非常に困るので、やはりナシで頼みたい。
ともあれ予鈴の鐘が鳴り、さらに授業の開始を告げる本鈴が鳴ると、エドガーは遅刻に気づいて教室に向かって駆けた。
しかしそんなエドガーを待っていたのは、一部のクラスメイトからの冷たい目だった。
座学や一般教養の授業は担任のレイテが行う。
状況から想像するに、教壇のレイテがまたろくでもないことを吹き込んだのだろう。
「ふんっ……週末の実習を台無しにした上に、授業にまで遅れてやってくるとはいい身分だな、エドガー」
「え……っ?」
今朝、フランクがエドガーを睨んでいたのを思い出した。
レイテは学長に痛いところを掴まれたというのに、まだあのクズと切れていないらしい。
「おい、勝手なこと言うんじゃねーぜ、センコー! エドガーのせいって決まったわけじゃねーだろが!」
「そうだそうだ、理屈が通んねーぞっ、なんでそれがエドガーのせいになんだよぉっ! インガカンケー突き詰めりゃ、全然繋がってねーじゃねーかよ、このクソがっ!」
それとは逆に、ケニーはレイテと完全に決裂したようだな。
過去のしがらみを投げ捨てて、エドガーをかばってくれた。
「遅れてきたバカのためにもう一度説明してやろう。今週の迷宮実習は中止だ。迷宮内で暴れ回って、バランスを狂わせたバカのせいだ」
「だから言ってんだろてめーっ、あのアイアンゴーレム騒動は、おめーらがっ、俺たちごとっ、エドガーをぶっ殺すために仕組んだことじゃねーかよっ! 何偉そうに被害者づらしてんだよっ!」
忌々しいふとっちょにレイテが不機嫌に表情を歪ませた。
残念だが、頭のおかしいやつに正論は効かない。全てを己の都合のいいようにしか受け止めない。
「恐れもせず担任教師に暴言を吐くとは、愚かなやつだ。これだからデブと平民は嫌いなんだ……」
「階級の問題にすり替えるんじゃねーってのっ、こっちは理屈が通ってねーって言ってんだけだろっ! あと俺はデブじゃねぇ!」
エドガーは当惑していた。
荒っぽい口調を使うケニーとリョースにそのまま賛同するわけにもゆかず、状況もまだ飲み込めていない。
「とにかく今の下級迷宮は、下級の難易度ではなくなってしまっている。中止はもう決定だ。この様子ならば来週も実習が行えるかもわからんな。……そこのエドガーのせいで」
しかしエドガーがアイアンゴーレムを倒したせいで、迷宮のバランスが狂っただと?
理屈がガバガバ過ぎて失笑を禁じ得んな……。
人を貶めるにしても、もう少しリアルなカバーストーリーを設定してもいいだろうに、懲りないクズ教師だ。
「そんな……僕のせいなの……?」
お前もお前でなぜそう受け止める……。
「だからちげーって言ってんだろっ、おめーは悪くねーっ、あんときのおめーは最高だった! なあリョース!」
「おう、エドガーは悪くねぇ。こんなバカな煽動に引っかかって、エドガーに変な敵意向けるバカは俺たちがぶっ倒すからな! おめーもそれ以上言うなら覚悟しとけよ、センコーッ!」
人望という面ではリョースの圧勝だ。
レイテのこじつけは論破され、当初エドガーに向けられていた冷たい目も同情に変わっていった。
「忌々しいガキどもだ……」
こうしてクラス内の不穏なムードは、リョースとケニーのおかげでどうにかなった。
だが他のクラスで似たようなこじつけが行われていたら、エドガーの立場がまずいことになる。
レイテとフランクも汚い手には慣れているので、既にそうなるよう仕込んでいてもおかしくない。
今回の件はお人好しのエドガーには荷が重い。介入するべきだと俺は判断した。
『おい、聞こえるか、エドガー。この後、昼飯を食ったら学長室を訪ねろ。俺が学長と話を付けてやる』
『アルクトルゥス……? ううん、大丈夫だよ……。このくらい、君の力を借りずに切り抜けて見せるよ』
『黙れ、いいからおとなしく俺に身体を寄越せ。もたもたしてると、明日の実習を受けられんぞ。明日のことはお前に任せる。だがこの件は俺に任せろ、実習が本当に中止になったら、他の生徒たちも穏やかではいられんぞ』
俺が強く言い切るとエドガーの心が沈黙した。
ソフィーもエドガーも、ランやリョースだって明日の実戦訓練を楽しみにしている。
肉体の主導権や意地より優先するべきものがある。
『わかったよ。だったら、今すぐ学長室に行こう!』
『今すぐか。ククク……悪くない、後手後手になって追いつめられるよりも、ずっと賢明な判断だ』
エドガーは立ち上がり、学長に詳しい話を聞きに行くとレイテに断って教室を飛び出していった。
瞬発力の限りに授業中の校舎を駆け回り、瞬く間に学長室の前にやってくる。
「任せたよ、アルクトルゥス」
ついこの前まで肉体の渡し方がわからないと言っていたのに、ヤツは当たり前のように俺へと身体を明け渡してくれた。
それだけ必死だったのだろう。
「ああ、こういう人任せは嫌いではない。ここから先はこの俺に任せておけ」
必ずお前の汚名をそそぎ、お前たちに明日の実習を受けさせてやる。
ウラド公の無念を晴らしたい、復讐したいと、俺と一つになった魂たちもそう言っているからな。いい機会だ。




