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EX-Ep 転生不能

・●


 英雄の魂はヴァルハラへと運ばれて、最期の聖戦のための兵士となる。

 まさか伝説が本当のことだったなんて、この光輝く地で目覚めるまで、俺は一片とも信じようとしなかった。


 非効率だと思ったのだ。

 優れた英雄の魂を探し出し、それを天上へと招くなど、それこそ手間がかかってしょうがないだろう。


 しばらくするとODと名乗る女が現れたので、それをそのまま伝えると、人材に勝る富はないと言われた。


「あらゆる栄誉を約束しよう。我らのエインフェリアとなり、最期の戦いに備えてはくれぬか?」

「興味ないな。俺は戦闘狂ではない。それに栄誉など人から貰うものではないだろう」


「そうか、非常に残念だ……。ならばそなたは転生する他にない」


 ODは諦めの早いやつだった。

 すぐに説得の通じない相手であることを見抜いて、『転生』というとっさには読解しかねる一言を告げた。


「転生か。終わったかと思えば次の人生があるのか。それは忙しないことだな」

「天国に行けるとでも思ったか?」


「まさか。終わらない幸福など悪夢と同一だ。神に飼い慣らされた幸せなど要らん」

「たくましいことだ。しかし次にこの地を訪れたときには、気が変わっているかもしれない。その時にまた声をかけよう。では、最果ての魔王アルクトゥルスよ、良き来世を――」


 ODが偉そうに腕をかざして来たので、俺はそれを睨み返した。

 ――何も起きんな。ODも妙だと思ったらしい。偉そうなその腕を引っ込めた。


「どうした、早くしてくれ」

「いや、失敗した。どうやら転生させられないようだ」


「なら神様を廃業にしたらどうだ」

「このヴァルハラに招かれて、そこまでの暴言を吐ける者はそうそういない。そして、どうやら大きいのは口だけではないようだ」


「下ネタか?」

「そなたは神をなんだと思っている……。違う。転生させられないのは、そなたが不自然な存在だからだ。転生の手続きを行おうにも、そなたの魂が巨大過ぎて引っかかる……」


 なんだそんなことか。神と言えど、地上の全てを網羅しているわけではないようだ。

 いやむしろガバガバだ。俺が討ち取られた経緯をまるで知らんらしい。


「あまりに多くの命を殺めると、魂そのものが肥大化することがある。だが、転生出来なくなるほど巨大化するなど、今まで一度も見たことがない。何をした……?」

「俺を最果ての魔王と呼びながらも、お前は何も知らんようだな」


 そこに小間使いの男がやってきた。

 仰々しくODに膝を突いてから、水瓶を抱えて何げなしに俺と目を合わせた。彼の目が見開かれて、恐怖に染まるのが見えた。


「き、貴様はアルクトゥルスッッ!!」


 天界だというのに、水瓶は地上の物と変わらないようだ。

 小間使いが手を滑らせると、ヒステリックな物音ともに砕け散っていた。


「知り合いか?」

「OD様ッ、コイツは天に牙を剥く怪物です! 邪悪な術を用いて、俺たちの仲間から、次から次へと魂を奪い取った――正真正銘の魔王です!!」


「魂を奪い取った……?」

「酷い言いがかりだ。ケンカをふっかけてきたのはそっちだろう」

「うるさいっ、仲間の魂を返せっ!!」


 一万回も同じ言葉を聞くと、返事を返す気すら起きない。

 返せと言われたところで、既にもう魂と魂は俺と完全に混じり合っている。分離など出来ない。する必要がそもそもなかった。


「DO様、コイツは異常者です!! 貴方には信じられますか!? この男は人から魂を奪い取っては、己の魂と同化させていったのです! 自分が自分でなくなるかもしれないというのに!」

「ヴァルハラに招かれるほどの戦功を立てておいて、やることは告げ口か」


「黙れっ、魔王め!」

「話はわかった、下がれ」


 しかしODは俺を罰するつもりなどないようだ。

 小間使いを下がらせて、俺に向けて納得の笑みを浮かべていた。


「とんでもないやつだ。しかし気に入った」

「いいのか? お前は魂をかき集めて、尖兵にしたいのではないのか?」


「だがこんなことする者はいまだかつていなかった。己と他者の魂を混ぜるなど、普通に見ればバカ以前の異常者だ。しかし、純粋に力だけを追求するならば正しい。この世界では魂が大きい者ほど、大きな魔力を持つからだ」


 そうだ。俺はそのことに気づき、力を得るために実行した。

 魂が混じり合おうとも、俺が俺であることは変わらない。それが俺の信じる仮説だったからだ。


「だが、ここに残らない以上は転生をしてもらう」

「それはかまわんが、出来るのか?」


「魂の半分をここに残せ。半分ならば転生させられるはずだ」

「半分になれと言われてもな。まあいい、来世があるだけマシだろう。やれるものならやってくれ」


 ODは俺の魂半分を抜き取ると、碧色に輝く結晶に変えた。

 それは人の背丈ほどもある巨大な塊だった。ODはそれがお気に召したようで、うっとりするような目つきで石に触れる。


「こんな荒技は一度も試したことがない。もしもしくじったら、神がヘマをしたと笑って許してくれ。ではアルクトゥルスよ、今度こそ、良き来世を……」

「神を名乗るからには、ちゃんとやってくれ」


 こうして俺は魂の半分をヴァルハラに残して、エドガーとして生まれ変わることになった。

 俺とエドガーの人格が二つに別れ、俺が記憶を保持したまま地上に復活したのは、ODがヘマをしてくれたおかげだ。


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