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Ep 9/9 過去から来た獣(挿絵あり

・●


 その話を聞いた夜、俺はエドガーが眠るのを待っていつものようにベッドを抜け出した。


「おや、また夜遊びですか?」

「アンタは俺の保護者か。そんなもの俺の勝手だ」


 一階に降りるとすぐに主人のベルートにバレていた。


「で、今日はどちらへ?」

「外の空気を吸うだけだ。用事が済めばすぐ戻る」


 どうやってここを嗅ぎ付けたのかわからんが、アレはまだこの近くにいるはずだ。

 それにモモンガは夜行性だからな。今頃、外で退屈していることだろう。


「かゆっ、かゆいっ、かゆいけどうまっ……! ああこのかゆさがたまんねぇよ……。ようエドガーッ、またこれ作ってくれよな!」

「あ、ああ……気に入ってくれたようで何よりだ」


 原理がよくわからんが、あのスコーンを食べた客の体から擦り傷が消えてゆく。

 これでは薬屋の立場がないな。

 すっかりエドガーの菓子には、勇ましい連中を中心に固定ファンが付いていた。


 俺は俺の手柄ではないのだが来店客に手を振り、丸白鳥亭の入り口から軒先に出た。

 昼間は暖かかったが、夜となると少し肌寒い。

 早く出てこいと心の中で命じつつ、俺はヤツが気づくのを待った。


 するとすぐに光る目が釣れた。

 モモンガの大きな目が夜行性の光を放って、こちらをじっと見ている。

 じっくりと様子を見て、俺の正体を見破ろうとしているのだろう。


「レオパルドン、早く出てこい。こんな寒空の下で、主人をいつまで待たせるつもりだ」

「……ッッ!?」


 ヤツは現れない。まあそこは仕方がないな。


「俺だ。見た目は変わったが、アルクトルゥスだ。さっさと出てこいと言っているだろう」

「ご、ごす……ごす、ずん……?」


「ああ、俺だ」

「本当に、本当に、お前、ごすずん様なのか……?」


「ああ、色々とあったがこうして俺は復活した。来い、レオ!」

「その呼び方、ぁ、ぁぁぁぁ……ご……ごすずぅぅぅ-んっっ!!」


 光る目が空を滑空して、俺の目前に飛び込んで来た。

 本人は魔獣の王と名乗っているが、実のところその姿はただの白いモモンガだ。

 膜のあるふかふかの体を大の字に広げて、俺の肩へとポトンと降りて来た。


「寂しかったよぉっ、ごすずん寂しかったよぉ、ボクゥゥーッ!!」


 感動の再会であったが、エドガーの若さもあってか首筋に抱きつかれるとくすぐったい。

 そこで俺は両手でレオを抱いて、顔がよく見えるように仰向けにさせた。


「まさかまた会えるとは思わなかったぞ。よくもまあ、50年も猛禽類に狩られず生き延びたものだな」

「ボクチンは鷹なんかに負けないよ、ごすずんっ! はぁぁ……これが新しい、こすずんの匂い……スリスリ……」


 これのどこが魔獣王なのだろうな……。

 モゾモゾと身体を擦り付ける白いモモンガを、俺は不器用に撫でてやった。


 アルクトルゥスはその昔、死にかけのモモンガを拾って実験を行った。

 それは獣をベースにした獣同士の魂の融合だ。


 実験台はこのモモンガ、レオパルドンと、最果ての世界に君臨していた獣系最強にして最高にうざったい魔獣・獅子王ディアブロの魂だ。

 以降、この小さな生き物は言語能力を獲得し、使い魔として俺に尽くしてくれた。


「ごすずん、酷いんですよ、この宿のやつら……! ボクチンのことをただの愛玩動物扱いして、全身をスケベ男みたいに、やらしい手でなぶり回したんですっ! あんなやつらっ、ごすずんのお力で惨たらしくやっつけて下さい!」

「仲良くしろ」


「そ、そんなぁ、ごすずんぅぅっ……!?」


 ふかふかのその毛をまた撫でる。

 それは50年前とまるで変わらない、やわらかな毛並みだった。


 転生によって力の半分を残して他の全てを失ったと思っていたが、この触り心地はあの頃と変わっていない。

 言わばこいつは、こいつの存在そのものが、俺がアルクトゥルスであった証拠だ。


「あの女……あの女か! あの女がボクチンのこすずんを、たぶらかしたんだ……!」

「たぶらかされてなどいない。それより宿に入るぞ、ベルートにもお前を紹介する」


「え……え、いや、ボクチン……あの人は、苦手……。怖い……」

「得体が知れないからか? それは俺もお前も似たようなものだ。行くぞ」


 胸にレオを抱き込んだまま、俺は肌寒い軒先から賑わう宿の中に帰った。

 レオはベルートを恐れて小刻みに震えていた。まるで小さなオモチャのようだった。


「はい、話はうかがっておりました。そちらがレオパルドンさんですね。初めまして、付近を妙な生き物がウロチョロしていたので、今夜狩ろうかと思っていた矢先でした」

「ビィィッッ?! ボ、ボクチン悪いモモンガじゃないよぉっ!?」


「フフフ……冗談です」

「本気でアンタに怯えているようだ、勘弁してやってくれ。……ああ、それよりもベルート、ピーナッツを出してやってくれ。ああ、バターでは炒めるな、コイツには殻付きでいい、舌が贅沢になる」

「バタピーあるのっ!? ボクチン、バタピーがいい!」


 お前、ベルートに怯えていたのではなかったのか……?

 白くて変な生き物はカウンターに乗り出して、魔獣王の誇りも何もなく小躍りした。


「フフフッ、変わり身が早いことで。少し待って下さいね。お近づきの印に、サービスにしておきますので」

「わーいっ、ごすずんっ、この人やさしい人だよ!」

「俺が出て行かなかったら狩られていたかもしれないのに、よくそんなことが言えるな……」


 こうして、賢者アルクトルゥスの遺産がこの宿に転がり込んできた。

 このモモンガは鳥のように空を飛ぶことができるので、まあ行方不明にならない伝書バト程度の役割なら担ってくれそうだ。


 すぐにバターピーナッツが完成して、夜中に腹が経ることこの上ない香りを皿の上で放った。

 そいつにレオが飛びつき、一つずつピーナッツを抱え込む。

 後は無心に、カリカリカリカリカリカリ……だ。


「カリカリカリ……ボクチン、ここんちの子になる……。美味しい、このバタピー、今まで食べた中で、一番美味しいよっ、ごすずんっ!!」

「今さらかもしれんが、あまり人前で人語を喋るな……。捕まって見せ物小屋に売られるぞ……」


「大丈夫だよ、ごすずん、ボクチンはもう、数え切れないほど人間に捕まってるから!」

「そ、そうか……。それは、誇れる部分だったのだろうか……?」


「もちろんだよごすずん! 愚かな人間から、餌を奪い取ってやったんだ!」

「それは……なかなか大変な人生だったな、レオ……」

「フフフ、これはまた大物が転がり込んできたものですね」


 まあ、いいか。

 ティアがすこぶる喜び、その結果クルスさんとベルートの機嫌がよくなれば、お人好しのエドガーもニコニコとつられて喜ぶ。

 レオには、自由に動けない俺の代わりに動いてもらうことにしよう。


「ごすずんっ、それはボクチンのバタピーッ!」

「一握りくらいよこせ」


「ピ、ピィ……ピィィィ……」

「泣くな。わかった、やっぱりいらん……」


「ごすずん、ボクチン、信じてたよぉっ!」


 野生化して凶暴になるどころか、これでは飼い慣らされたただのペットだな……。

 バタピーをかじる白いモモンガは、ランプの暖かい光に照らされて、大きな黒目を動かしながら幸せそうに尻尾を丸めていた。


挿絵(By みてみん)

お友だちのしーさん作「ボクチン」

もっふもふのかわいい子ありがとう!

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― 新着の感想 ―
[一言] ごすずん・・・wうまくしゃべれんのですなこの丸い毛玉
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