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Ep 4/9 スッコンの食べれる冒険者宿

・○


 その日の夕方過ぎ、ベルートさんが山のような荷物を抱えて帰ってきた。

 その頃には僕も店の従業員の一人として、厨房に入ったり、ウェイターをやったりと、ティアとクルスさんと一緒に店を切り盛りしていた。


 ソフィーたちはあれから店に長居してくれたけど、客席が足りなくなってきたのを気にしたのか、『そろそろお暇しますの』と言って少し前に帰った。

 せっかく遊びにきてくれたのに、最後の方はあまり相手ができなくて申し訳なかった。


 いや、それよりもベルートさんだ。

 さっき僕は山のような荷物と表現したけれど、それは比喩でもなんでもない。


 ベルートさんは自分の3倍はあろう大きなリュックサックを背負って、店の入り口の前に現れた。


「おや、これはちょうどいいところに。申し訳ありませんが、これを運ぶのを手伝ってくれませんか?」

「ベルートさんって、見た目は細いのに、力持ちなんですね……。僕、驚きました……」


 そのリュックの中から現れたのは氷付けになった肉塊だった。

 ケニーくんのウォーハンマーより大きくて重い塊を一つ渡されて、僕は情けなくもよろめいた。


「いえ、私はこれでも、本当は非力なんですよ。おや……」

「おとーたん、やっと、かえったかーっ、おかえりぃぃぃぃーっ!」


「ただいま、ティア。いつもいつも、あなたは大げさですね」

「へへへ……ほめても、よだれしか、でないぞー、ジュルリ……。マーマーッ、おにく、きたー!」


 ベルートさんを手伝って、僕は肉を厨房に運んだ。

 信じられない重さだ。

 これを涼しい顔で背負って帰ってくるだなんて、ベルートさんは存在そのものがミステリーだった……。

 どうなっているんだろう、この人……。


「おとーたんっ、これ、たべろー?」

「おや、あなたがお菓子をわたしに分けて下さるなんて、珍しいこともあるものですね」

「え、あっ、そ、それは……っ」


 それからベルートさんと一緒に、使わないものを地下倉庫に運んでまた厨房に戻ってくると、ティアがあのスコーンをお皿に乗せて、キラキラと目を輝かせてベルートさんを見上げていた。


「フフ……何か事情があるようですね?」

「おとーたん、ゆびのさきっちょ、けがしてる。これたべると、よくなるぞー?」

「ティア……。それは、そうなんだけど、でも、それは……」


 ベルートさんはこの宿のご主人だ。

 そのご主人に、僕の料理はかゆみをともなう可能性がありますと、知れるのは困る……。


 だというのにベルートさんはスコーンを手に取り、半分に割ってティアと分けて食べてしまった。

 ティアがヒヨコみたいに大きく口を開けて、ベルートさんの指先からスコーン貰う姿がかわいかった。


「毎日の教練で疲れているというのに、店を手伝って下さりありがとうございます。ですが学業も大切ですから、疲れて動けない日は休みたいとハッキリと言って下さいね。あなたはうちの大切な――おや?」


 ベルートさんが不思議そうに指先の切り傷を見た。

 きっとかゆいんだと思う。けれど彼はそんな素振りすら見せず、目を細めて傷口を観察した。

 僕たちの目の前で、見る見るうちに傷口がふさがっていった。


「どやーっ、しゅごいだろー! エドガーのスッコンッ、けがなおる!」

「おやおや、これはスッコンというお菓子なのですね」

「ただのスコーンです……。いえ、ただのスコーンのはずでした……。でもごめんなさい、ベルートさん……。また変な効果のお菓子、作っちゃったみたいで……」


 僕は申し訳なくてベルートさんに頭を下げた。


「へんじゃないぞー? エドガーの、スッコンのおかげで、おとーたんのて、なおった! ケーニもだ! エドガーのおかげだぁーっ!」

「ええ、これは素晴らしい一品ですね。一時的に無性にかゆくなるというのが、だいぶ難ではありますが……。しかしこのスコーンは、まさにこの冒険者宿・丸白鳥亭のために存在してるようなものでしょう」


「ねーっ♪ みんな、なまきずの、はえない、おしごとしてるからなー」

「生えるのですか?」


「うん、はえる。はえるで、あってる」

「そ、そうかな……ちょっとだけ、違うような気もするけど……」


 ベルートさんは何が面白いのか、ニコニコと僕たちのやり取りを見ていた。

 爺ちゃんとはまったく性格が違うけど、爺ちゃんもときどき僕にこういう目を向けてくれた。


「エドガーくん、ことは相談なのですが」

「え、な、なんでしょうか……?」


「もしあなたさえよければ、ティアは決して渡せませんが、うちの店に永久就職しませんか?」

「えっ、永久就職!?」

「でへ……てれるー……。やっぱりなー?」


「何がやっぱりなのっ!?」

「モテるおんなは、つらいぜ……。これが、じょしりょく、か……」


 ティアは話をひっかき回す天才かもしれない……。

 ベルートさんが言っていることは、そういう意味ではない。

 だけど小心者の僕を動揺させるには十分だった。


「フフフ……素晴らしい女子力ですね。エドガーはもうあなたにメロメロですよ」

「おおっ、やっぱりなのかっ!?」

「ベ、ベルートさん……っ」


「そういうわけでエドガーくん、どうかわたしたちの息子になって下さい。養子縁組みの書類は、こちらで用意しておきますので」

「え、いや、う、嬉しいですけど困りますよーっ!? 本当、嬉しいですけど……こんなの、冗談が過ぎますよ……」


「わたしは本気ですが?」


 ベルートさんはよっぽど治癒のスコーンが気に入ったみたいで、さっきから何度も傷口が消えた指先を見ていた。

 必要とされているのは嬉しい。でも話が飛びすぎだ……。


 するとそこにクルスさんまで現れた。


「もうあなた、エドガーくんを困らせちゃダメですよ~♪」

「いえ、ですがエドガーくんのおかげで、最近は客足がだいぶ好調です。エドガーくんにここを去られると、わたしたちは困ってしまうではないですか」


「ウフフ、そうねー♪ エドガーくんが、ずっとここにいてくれたら、嬉しいのは確かかしらー?」

「そういうことです。エドガーくん、わたしたちの息子になりませんか? ティアは何があろうとも絶対に誰にも渡せませんが、兄妹ならしてさしあげられます」

「あ、あの……色々と、勘違いがあるような……」


 ここの子になれば、僕はティアにお兄ちゃんと呼んでもらえる……?

 それは、なんというか、ソフィーに激しく嫉妬されそうだ……!


「そうね~……エドガーくんがいなくなったら、私たちも寂しいですねー……。そうだわ、これからは、私のことを、マッマッ! って呼んでくれても、いいのよー♪」

「ママー、エドガー、こまってるぞー? おとーたんも、ごういんは、だめだ。でもエドガー? エドガーは、ずっと、ここにいろー?」


 クルスママと、僕は心の中で彼女の名前を呼んだ。

 老父に育てられた僕にとって、母親は恐れと同時に憧れの存在だった。

 本当にクルスさんが僕の母親だったら、どんなにいいことだろう……。


 でもだからといって、養子縁組みは順番がおかしいような……。

 でも、でも、でもそうしたら僕は、もうひとりぼっちじゃなくなって……。


 僕は本気で養子縁組みを考えた。

 だけど僕の父親はクリフの爺ちゃんだけだ。爺ちゃんの豪快な笑い声が聞こえたような気がして、僕は我に返った。


「エドガー、おにーちゃん?」

「うぐぅっ?!」


 我に返ったつもりだったのに、追撃が強烈だった……。

 天使のように愛らしい微笑みで、ティアが僕を家族の呼び名で呼んでくれた。


「おや、随分と効いていますね」

「ウフフ~、ティア、もっと言ってあげて~♪」

「おにーちゃん♪ おかし、つくってー?」


 ところがそこに店の方から『注文はまだか』と声が上がって、丸白鳥亭一家の謀略の手がどうにか止まってくれた。

 おにーちゃん……エドガーおにーちゃん……。僕は裏庭に逃げ出して、薄暗くなった空の下でもだえた。


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