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Ep 3/9 注意書き必須のスコーンがある祝日

 こういうのを仲間内というのだろうか。仲間内で語り合うと、あっという間に時間が過ぎ去っていった。

 ティアはこの宿の子だから、テーブルでダベってばかりいられず、客引きに軒先に出たりもしたけれど、やっぱりこっちが気になってたまらないみたいだ。


 そんな姿を見るに見かねて、クルスさんがティアに店の掃除を頼むことで、一緒に楽しむ時間を作ってくれた。

 かくして時が流れて、ついにラングドシャとアーモンドクッキーが完成した。スコーンの方はもうちょっとかかりそうだ。


 ソフィーとティアに手伝ってもらって、大皿にラングドシャとアーモンドクッキーの半分を乗せて、ケニーくんたちが待つテーブルに運んだ。


 僕の作ったお菓子を、みんなが期待を込めて眺めてくれている。

 それだけで気恥ずかしいような、でもそれ以上に嬉しい気分になった。


 我先にケニーくんとティアがラングドシャに手を付けてほおばると、他のみんなもつられて手を伸ばした。


「へぇ、これが噂のクッキーか。はははは……こりゃすげぇな」


 どこで拾ってきたのか、リョースくんが丸い小石を二つ手のひらで握った。

 たくましいその腕が筋肉を浮き上がらせて、すぐに手のひらが開かれると、片方の石が二つに割れていた。凄い力だ……。


「いしわれた! リョーンしゅごーいっ!?」

「へへへ……絵本の勇者になった気分だわ。これってよ、1枚10000イェーンで売ってもいけるんじゃねぇか?」


 そう言われても乗り気しない。

 だってこれは危険物でもある。販売者としての責任を取る覚悟なんて僕にはない。


「ぁぁ……っ、何度食べて美味しいクッキーですの♪ ですけど、不用意に物を壊しそうで、不安になるお菓子でもありますの……」

「わかるー。ティアもなー、このまえなー、わるいおぢさんになー、さらわれそうになってなー」

「え……!?」


 ちょっと待ってティア、僕もクルスさんもそんな話聞いてないよ!?

 ティアは誘拐されそうになったというのに、平然としていた。


「誘拐だなんて許せませんのっ! こんなにかわいいティアちゃんをさらうなんて……わたくしがさらいたいくらいですのにっ!」

「うん。でもなー、ぱーんちしたらなー、おぢさん、たおせちゃったんだー。エドガーは、ティアの、いのちのおんじんだなー?」


 のんきなティアとは反対に、僕とソフィーは背筋が凍っていた。

 ティアがここからいなくなったら、どれだけ沢山の人が悲しむだろう。

 あ……まさかあの時の、木に縛り付けられていた変態男って……。


「うめ……うめぇ……ああうめぇ……。んぐっ、むぐぅっ……」


 衝撃の事実に僕たちが驚いているというのに、ケニーくんはラングドシャをむさぼっていた。

 彼は皿からごっそりとラングドシャを自分の手元に確保して、誰にも渡さないぞと言い出しそうな身振りで、一枚一枚大切そうに口へと運んでいる。


 ティアがそれに気づいたようで、隙を突いて元の皿へと奪い返した。


「あっ?! それは俺んのだっ、勝手に持ってくなよなーっ!?」

「ケーニ、ひとりじめ、だめだぞー?」


「なんでだよーっ、俺のだつったら俺のだ! 金払ったの俺だぞー!?」

「バカ言え、俺もクルスさんも金出したっての、意地汚ねぇことすんじゃねーよ……。それに、んなこと言ったらソフィーとエドガーが食いにくくなるだろ……」


「だってよぉ、こんなにうめーんだぜ……。俺ぇ、これいっぱい食べてぇよぉぉ……っ!」

「いや幼児かっつの……」

「わかるけど、だめだぞー……。みんなで、わけたほうが、おいしいよー?」


「一人で食べた方がいっぱいうめぇよぉっ!」


 ケニーくんは正直だった。それはそうなんだけど、それをやっちゃうと物を美味しく食べられない。

 だからみんな食べ物を分け合うんだと思う。


『ランがいないから俺が代わりに言おう。完全に豚だな……。甘味好きの暗黒面に墜ちている』


 ふいにアイツの声がした。僕の中で、僕の人格を信じられなくなるような発言をしないでほしい……。

 豚と言われたら、納得しかけてしまう自分がイヤだ……。


「それなら大丈夫だよ、ケニーくん。そろそろスコーンが焼けるから……」

「マジかよっ、スコーンもあるのかっ!? だったら腹八分目にしといてやらぁ!」

「ツッコミどころが多すぎて疲れますの……」


 これだけ沢山作れば、ベルートさんやクルスさん、店の常連さんも楽しめるはずだ。

 ケニーくんがバカ食いしなければきっと……。


「みてこよう!」

「そうしましょう! エドガー様、早く早くっ!」


 スコーンはなんの変哲もない焼き菓子だ。

 材料は牛乳、バター、小麦粉に甘味料に酵母。つまりは甘い味付けのパンだった。


 僕たちは厨房に入ると、オーブンの中から大きく膨らんだスコーンを取り出して、1ホールをみんなの待つテーブルへと配膳した。

 リョースくんと僕は落ち着いていたけど、他のみんなは目を輝かせて、焼きたての甘いスコーンに大興奮している。


「さくさくふわふわ! バターのにおい、ほわぁぁぁ……!? カクンッ……」

「ティアちゃんっ、意識飛んでますのっ!」


 ティアはいつだって大げさだ。

 だけどお店のオーブンがいいのか、今まで嗅いだスコーンの中でも格別の香りだった。


「ぁ……あぶなかった……」

「今さらだが濃いな、この子……。って、お前もかよっ、ケニーッ!」


 ケニーくんもティアの真似をして、ティアと全く同じように意識を飛ばしていた。

 そんなに大したものじゃないのに、どっちも反応が大げさすぎる……。


「あ、あれ……今、お前、俺のこと……ちゃんと呼んでくれたか……?」

「ああ、意識飛んでるヤツいじってもしょうがねーしな。それよりケーニ、体調の変化とかねーか?」


 ケニーくんは既に一切れをほおばっていて、今のは二切れ目だった。


「うめぇ!」

「それ以外にはありませんの? ティアちゃんは一端ストップですの」

「えーーっ、えええーっ、なんでーっ!?」


 しょうがないとはいえ、ちょっとだけ僕は傷ついた……。

 僕のスコーンは危険物じゃない。人を幸せにする食べ物のはずだ……。


「うめぇうめぇっ、マジうめぇよ、おめーやっぱ天才だなぁっ!」


 ケニーくんは嬉しそうに、ふんわりとやわらかく焼き上がったお菓子を食べてくれた。

 ティアが両手にスコーンを抱えて、羨ましそうにそれを見ている。


「本当に平気ですの? 力のクッキーのように、意外な効果があったりしませんの……?」

「うめぇ!」

「いやそれ以外になんかねーのかよ、お前っ!? 口の中で生地がとろけるとかよっ!?」


「うんめぇぇっ!!」

「うずうず……もうたべていいかー? ティアもたべたい、もう、がまんできない、はぐぅっ!」


 良かった。変な効果はないみたいだ。 

 なぜだか知らないけど、カステラの方は魔力が回復すると一部で評判で、作れ作れと催促されている。


 せっかくのお菓子なんだから、余計な効果なんていらないのに……。


「あ、なんか、かゆい……身体中がかゆくなってきた……」

「んむぅぅーっ!? もごもご……ごくんっ。かゆくなるのか、これー!? たべちゃったぞー!」


 一度口に入れた物を吐き出すという発想がティアにはなかった。

 今僕たちの目の前で、ケニーくんが全身をかきむしっている。


 ごめんね、ケニーくん……。

 変な材料入れてないのにどうしてこんなことになっちゃったんだろう……。


 こんなんじゃ僕、お菓子屋さんになれないよ……。


「あ、かゆいの引っ込んだ。あれ……それになんか、痛くない……」

「痛くないって、その傷か?」


「いや、全部……全部引っ込んじまった……。あっ……」


 ケニーくんが自分の体に手を当てて、何かに驚いた様子であちこちを軽く叩いた。

 続いてその手が頭にも伸びて、痛々しいその包帯を外した。何か変だ、そこにあったはずの傷がなくなっていた。


 ケニーくんは頭を打って、その部分を切っていたはずなのに。


「なあ、俺のここ、どうなってる……?」

「どうもこうも、油ぎってますの」

「はははっ、大げさな包帯巻いてる割に、傷なんてどこにもねーじゃねーかよ、お前」


「すげぇ……」


 ケニーくんはそのまま黙り込んでしまった。


「おい、まさかそのスコーン食ったら、頭の傷が消えたとか言うなよ?」

「そうっそれなんだよ! ここがよ、切れてたはずなんだけど、ツルッルツルでもう跡形もねぇ! あっ、胸のところにも打ち身が残ってたから、見てみてくれよっ!」

「キャッ、ちょ、ちょっと、何考えてるんですのっ?!」


 でもそれは一時のことで、いきなりケニーくんが上着を脱ぎだした。

 ソフィーが悲鳴を上げるのも当然だ。ティアは不思議そうに、ケニーくんの上半身を見ている。


「おーー……ケーニ、おっぱい、おおきいなー。うらやましい……」

「いや、お前よぉ、んな汚ねぇもん見せんじゃねーよ……。クルスさんにはっ倒されんぞ……」


「ほらやっぱりだ、消えてる! あとよ、これはおっぱいだけどおっぱいじゃねぇ、筋肉だ!」

「いいから早く服を着て下さいっ、もう信じられませんのっ!」


 クルスさんという女性は、宿の中でその名前を呼ぶと音もなく現れる。

 上半身丸出しのケニーくんの真横に、クルスさんが闇から浮かぶように現れて、そのわき腹をちょんと突いた。


「あら~、すごいのねー♪」

「オゴォッ!? ど、どど、どこから現れたんだよ女将さんっ!?」


「ふふふー……この筋肉、ぷにぷにですね~♪」


 ケニーくんをいじりながら、クルスさんはスコーンを口に運んだ。


「あら美味しい。これは人気メニューになること、間違いなしですね♪ ぷにぷに……」

「あっあうっ!? や、止め、女将――ほぐぅっ!?」

「マーマ、ケーニこまってるぞー。そのへんに、しとけー?」

「ぅぅっ、そんなことより、早く服を着て下さいませ……」


 裸のケニーくんはクルスさんにつつき倒されて、最後は床で悶絶することになっていた。

 もしかしたら娘の前で服を脱ぐ若者に、制裁を加えているのかと思ったけれど、ケニーくんに飽きたら今度は僕の頬を突いてきたので、きっと細かい理由なんてない。



 ・



 いくら経っても、スコーンを食べたティアに体調の変化は起きなかった。

 つまりそうなると、このスコーンは、肉体の外傷を癒す治癒のスコーンだったということになる……。


 魔法だ、奇跡だ、凄いと、みんなが口々に驚いて効果を賞賛してくれたけど、これは僕の望むお菓子の形じゃない。

 だって傷があると一時的にかゆくなるスコーンだなんて、説明書きなしにはとても売れない欠陥商品だ……。


 それでも治癒のスコーンは口へと運ぶと、口の中で甘い香りと共にやわらかく崩れていって、僕たちを確かに幸せにしてくれた。


「エドガー様はお菓子作りの天才ですの。苦いポーションの代わりに、甘いスコーンを食べられるだなんて、こんなの夢みたいですのっ!」

「おとーたんも、よろこぶぞー。エドガー、ありがとう!」


 お菓子が薬になる世界も、丸白鳥亭界隈ではそう遠くないのかもしれない……。

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