Ep 2/9 千客万来の祝日 - みんなでスコーン作り -
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大きなホールを5つ仕込んで、焼き上がりを待つことになった。
そこは業務用の大きなオーブン様々だ。丸白鳥亭は理想的な調理環境が整っていた。
「ふーー……これで、いっぱいあまるな。ティアの、けいさんどーりだ……むふふー♪」
「でもお菓子ってさ、いざ沢山作っても……みんなで摘まむとすぐになくなっちゃうよね」
「ママが、つまみぐいするかもなー……。こまったママなんだー……。あっ!?」
「どうしたの? え、ティア……?」
ところがティアが厨房から店の方に飛び出していった。
耳を傾けてみれば、何やらあっちが盛り上がっている。
「なんだろう……。あっ……」
遅れてティアを追いかけて厨房を出てみると、リョースくんたちの席に見知った人影が増えていた。
ソフィーだ。ソフィーに頭を撫でられて、ご満悦のティアが見えた。
「ソフィ、きてくれて、ティアうれしいぞー! もっと、えんりょしないで、いつもあそびにきて、いーんだぞー?」
「そんなこと言われたら本気にしてしまいますの。ご迷惑ではありませんか?」
「へーき。ティアは、ソフィすき。かわいくて、やさしくて、おひめさまみたい」
「うははっ、聞いたかよ、ケニー? やさしいお姫様だってよ?」
「人の好き嫌い激しいよな、この女……」
「聞こえてますのよ?」
「ますのよー?」
僕がみんなの前にやってくると、ソフィーが二人への邪険な目を解いて、こちらに微笑みかけてくれた。
「あっ……ごめんなさい、エドガー様。リョースのせいで手伝い損ねましたの……」
「手伝う? なんだお前、料理とかできたのかよ?」
リョースくんとケニーくんの気質と、ソフィーはやっぱり合わないのだろうな。
ソフィーは意地悪に笑う二人に、その整ったまゆを吊り上げた。
「で、できますのっ! エドガー様のお手伝いの他に最近は、目玉焼きを覚えましたわっ!」
「目玉焼きって……卵割って油で焼いただけじゃねーか……」
「おいてめーっ、料理なめてんじゃねーぞてめーっ!?」
「油……? 油は、使った方がいいんですの……?」
残念だけど、それは料理初心者がよくやるミスだ……。
初心者が思っている以上に、油が必要な料理は数多い。不可欠と言ってもいいくらいだった。
「あのなー、ソフィ。あぶら、つかわないと、こげる……。カリカリ、ならない。パサパサ、なるからなー、あんまり、おいしくないぞ……?」
「まぁ……!」
ソフィーは口に手を当てて、丸い目でそれは知らなかったと驚いていた。
貴族様だもんね……。それもお金持ちのお嬢様だから、料理ができなくても別に困らないのだろう……。
「まぁ! じゃねぇーよ。ケーニ、お前からもなんか言ってやれよっ」
「ケニーだっつってんだろっ?! おめぇいい加減しつけーぞっ!」
なんて騒がしい休日だろう。
僕は別のテーブルからイスを運んで、みんなのやり取りをただ静かに眺めた。
ズケズケと言うリョースくんに、天然なソフィー。いちいち反応がいいケニーくんと、明るいティアまで加わると、騒がしいやり取りは連鎖に連鎖していつまで経っても終わらなかった。
「で、焼けるまでどれくらいかかるんだ?」
「まだまだだよ。さっきオーブンに入れたばかりだから……」
「ぁぁ……待ち遠しいですの……」
「それ、わかるー……」
「俺もだぜ……はぁぁ、生でもいいから食いてぇ……」
「それも、わかるー……」
「わかっちゃダメだよ、ティア……」
生地をこねながらよだれをすするところが、ティアは料理人として困りものだった。
三倍の早さで焦げずに焼けるオーブンがあればいいのに……。
もう一人の僕、アルクトルゥスならそういう魔法の道具も作り出せたりするのだろうか。
今度また会える機会があったら、お願いしてみるのもいいかもしれない。
「そうか。んじゃ、それまでエドガーの武勇伝を聞かせてもらおうぜ」
「へっ……!?」
「この前の迷宮で、魔法なしでアイアンゴーレムを倒したんだろ? 面白そうだからその話、ちゃんと聞かせろよ?」
「こ、困るよそういうのっ!?」
故郷のモルジアにいた頃は、僕はあまり人に尊敬されるような人間ではなかった。
英雄クリフの息子なのに気が小さくて情けないと、人から口々に言われた。僕はいてもいなくても同じ存在だった。
「おおーっっ、エドガーしゅごいなーっ! ……ねぇねぇソフィ、アイヤンゴレームって、なーにー?」
「おめーっ、知らねーのにノリで褒めんなよなーっ!?」
それなのに今は、みんなが褒めてくれる。内心凄く嬉しかった……。
「てへへ……。エドガーが、じつは、しゅごいのは、ティア、わかってたからなー!」
「ティア、アイアンゴーレムは鉄の巨人ですのよ。……ですがわたくしも興味がありますの。本当にあんなもの、どうやって魔法なしで倒したんですの……? あれを斬っただなんて、言われただけでは信じられませんの……」
あの時は夢中で、テンパってて、考えるより体を動かすしかなかった。
どうやったと言われても、どうして倒せたかなんて、僕の方がわからない……。
「そんなこと聞かれても、自分でもよくわからないんだ……。それに僕が話しても、面白くなんかならないと思うよ……?」
僕は極限状態に追い詰められないと、力を出し切れないタイプだ。
だけどあの力をもし、もしも自由に使いこなせたとしたら、僕は爺ちゃんの望んだ存在に変われるのかもしれない。
「けっ、しょうがねぇな……代わりに俺が話してやるよ。あんときのコイツはよー、マジで神懸かってたぜ……」
「ティアもききたい。ケーニ、おしえてー?」
ティアはケニーくんに向けて首を傾けて、誰に対しても分け隔てないその性格のままに、少し甘えた様子でおねだりをした。
「はぁ……もうおめーからは、特別にケーニでいいよ……。んじゃまず最初に言っておくぜ、あんときはよー、あんときのコイツが――俺に食わせたクッキーは最高に美味かった!!」
「わかるー!」
「わかりますのっ! 今から完成が楽しみですの!」
「いや、話飛んでて俺にはよくわかんねーよ……」
ケニーくんの食い気は相変わらずだった。
こんなに僕のクッキーを気に入ってくれただなんて嬉しい。早く焼けたらいいなと、僕はオーブンの方が気になってたまらなくなった。




