Ep 4/4 ダブルフェイス
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しまった。リョースの言うとおりで、今は女を口説いている場合ではなかった。
アクシデントに便乗して、一気にソフィーを押し込めたところまでは良かったが、エドガーに全権を奪い返されることになった。
しかもそのエドガーは、恐怖に身をすくませて震えているという始末だ。
これでは気に入った女に、情けないやつだと思われてしまう。ちゃんとしろ、エドガー……。
「ご、ごめん、ソフィーさん、僕……」
「エドガー様、わたくしを守って下さったんですの……?」
ソフィーの方はさすがのお嬢様っぷりだ。
こんな状況だというのに、恥ずかしげにエドガーを見つめて、瞳を少し潤ませていた。
「バカやってねーで戦えよっ!? お前ら、それなりにできるんだろ!?」
リョースは一四のエドガーから見て、一つか二つ上に見える。
非戦闘員に身を伏せさせて、長剣を片手に馬車の陰に身を隠して、弓使いを含む盗賊たちに警戒を向けていた。
「で、でも、僕、身体が……」
「そう言われましてもわたくし、人に向けて魔法を撃ったことなんて一度もありませんの」
「うるせーっ、死にたくなかったら戦え! エドガー、お前もいい加減立て!」
「こ、怖い……無理だよ、腰が抜けて、立てない……」
エドガーは荷台をはいつくばって、どうにか馬車から街道に転げ落ちた。
その気にさえなれば、誰にも負けない肉体を持っているというのに、肝心の中身がポンコツだ……。
「テメーの大事な彼女を、クズどもの慰み者にされてもいいのか!? いいから立てっ、言っとくが俺は死にたくねーぞっ!」
「それは……それは嫌だ」
いや宣言撤回だ。軟弱なエドガーなりに、恐怖を克服して立ち上がった。
身を隠さずに棒立ちになって、矢の的になったとも言う。
「おいバカッ!?」
「しゃがんでエドガーッ!」
それに向けて盗賊たちが弓を構えて、絞って、一片の人道精神もなしに斉射した。
だが心配はいらない。いつかこんなこともあろうかと、俺は長い時間をかけてエドガーの身体に細工を仕込んだ。
すなわち鉄の城壁に弓を放つがごとく、肌を貫くよりも先に、矢尻の方が潰れるという結果を招いた。
棒立ちのエドガーは、矢の運動エネルギーに押されて倒れ込みそうになったが、踏みとどまったようだ。
「お、おい、コイツ、矢を弾き返したぞ……?」
「バカそんなわけあるか!」
盗賊たちも、ソフィーもリョースも状況を理解できないままでいた。
エドガーは己の矢傷を探していたが、そもそも刺さっていないのだから見つかるはずもない。
「あの、お金なら払います。だからどうか見逃して――わぁぁっ?!」
盗賊が剣を抜いてエドガーに飛び込んでくると、物陰に隠れていたリョースがそのわき腹を突き刺した。
「へっ、よそ見すっから死ぬんだよ」
「テメェよくも弟を! ぶっ殺してやるっ!」
盗賊は合計8名による徒党だった。
リョースはエドガーの隣に移動して、逃げずに共同戦線を敷くことに決めたようだ。
「ちゃんとやれエドガーッ、戦わないなら見捨てるぞ!」
「ぅ、ぁ……で、でも、僕、戦いなんてしたこと――」
「エドガー様ッ、貴方なら出来ますの! わたくし、わたくしだって……人に向けて魔法を撃てます!」
俺は介入の機会をうかがっていた。だがこれは良い傾向だ。
ソフィーが銀のセプターを取り出して、エドガーとリョースの背後に飛び込むと、彼女はフードを戻すことすら忘れて、爆裂の矢を盗賊に放った。
着弾と同時に魔法は弾けて、1名を戦闘不能にした。
「うはっ、やるじゃねぇか、お嬢様!」
「この女っ! 弓だ、あの女を狙撃しろ!」
報復の弓矢がソフィーを襲う。リョースとエドガーに向かって、剣を持った盗賊が突撃した。
ソフィーは巧みに矢を避けて、リョースは長剣で攻撃を弾き返し、すぐさま相手を斬り伏せた。
傍観者だからこそ言えるが、奇襲というこのシチュエーションで、この若さでこれだけ動けることに、どちらにも戦いの才能を感じさせられた。
「う、うわあああああーっっ!?」
残るエドガーは、何を考えたのか手のひらで相手の剣を受け止めようとした。
まあ避けるよりは正しい判断だ。安物の剣をエドガーが半狂乱で握り止めると、剣は根本からへし折れていた。
これでも軟弱なエドガーなりにがんばった方だろう。
エドガーの恐怖と興奮は最高潮となり、そして幸いにも、立ったまま失神してくれていた。
「な、なんなんだよっ、てめぇっ!?」
「凄いですの……。剣を、素手で受け止めちゃいましたの……」
長かったな。やっと俺の手番が来た。
エドガーよ、小心者のお前なりに、よくがんばったと褒めてやる。
生まれ持った性格ばかりは、己の意思や努力ではどうにもならんからな。
それに臆病さは汚点ではない、危機回避能力の一つだ。逃げることを知らぬ者は、より格上の存在に食い殺されるのが宿命だ。
「……下がっていろ。今から本物の爆裂魔法を見せてやる」
「あの、エドガー様……?」
「この状況で、何言ってんだよお前っ!?」
二人が下がらないので盗賊に向けて一歩歩く。
すぐに下手くそな斬撃が振り下ろされたので、あえてエドガーの真似をしてそれを手のひらで受け止めた。
「爆ぜろ」
剣に向けて爆裂魔法を発動させると、剣ごと盗賊が遙かかなたに吹き飛んだ。
転生前の賢者アルクトゥルスには大きな弱点があった。それは弱い肉体だ。
俺が魔導を志したのは二十過ぎからのことで、どんなに強大な魔力を得ても、常に肉体の枷に縛られ続けた。
言わばエドガーは、かつて討たれたアルクトゥルスの弱点を克服した完全体だ。どんな剣も俺を傷つけることは出来ない。
「下がれ、そこの馬車もだ。その位置だと巻き添えを食うぞ」
「な、何言ってやがるコイツ! 囲め囲めっ、なんかやたらに硬ぇけど、そんな人間がいるわけねぇ! いっせーのででいくぞ、いっせー、のー、でっ!!」
不格好なやり方だが確実だ。現に生前の俺はこの手口に負けた。
取り囲まれて、連携されて、いつまでも終わらん波状攻撃を受けて、針を通すような一撃を、あのクリフのジジィに叩き込まれた。
だが、俺はエドガーが5つの頃より、過去より培ってきた技術の全てをかけて、自らの肉体改造を続けた。
言わばこの身体は物理無効の肉体だ。よって、振り下ろされた刃は全て砕け散る!
ガラスで作られた剣で岩を殴ったかのように、無数の鉄片が飛び散って、やつらに跳ね返った。当然だが悲鳴が上がった。
「悪いな、それは既に対策済みだ。そしてこれが本当の爆裂魔法――オメガブレイクだ」
魔力の塊を大地に叩き付けると、そこが爆心地となった。
アルクトゥルスだった頃の俺は防御力が乏しく、よってこんな使い方は一度だってしたことがない。
だが、このエドガーの肉体ならば可能だ。
俺は俺ごと、盗賊どもを含む周囲の全てを、超爆発で吹き飛ばした。
そこまでする必要があるのかと聞かれれば、俺は当然だと答えよう。
相手を侮るやつは最後に負けるのだ。いかに相手が雑魚盗賊だろうとも、俺はもう二度と手を抜いたりなどしない。
魔王アルクトゥルス最大の敗因は、実力を過信し、舐めプをする愚か者だったことだ……。
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・○
「あれ……僕、また意識が……へっ?!」
ふと気づいたら、僕は見知らぬ場所にいた。
荒野の真ん中に、まるで星でも落ちたかのようなクレーターがあって、僕はその真ん中に立ち尽くしていた。
意識が飛んだ後は、結構な確率でとんでもないことになってるけど、こんなに酷い展開は生まれて初めてだ……。
「エドガー様ッ!」
「あ、ソフィーさん。盗賊はどうなったんですか?」
「ああっ、ご無事でよかったですのっ! エドガー様ッ、エドガー様ッ、わたくしはもうっ、貴方が……っ!」
「う、うわっ……!?」
クレーターの真ん中で我に返ると、上の方からソフィーさんさんが飛び降りて来て、僕の胸に飛びついた。
何もしてないけど、なんだかヒーローみたいだ……。
「なんで生きてんだ……? そもそもなんなんだ、お前? つーか自分の足下に爆裂魔法ぶっ放すとか、お前つえーけど――大陸一のバカだろっ!?」
「何言ってるのリョース、僕魔法なんて使えないよ」
「じゃあコレはなんだよっ!?」
「僕もよくわかんないけど、たまたまお星様が落ちてきたとか……」
「コイツ……自分のやったこと覚えてねぇのか……」
僕にとってはそんなことより、ソフィーさんがいつまで経っても離れないことの方が気になった。
ローブの下のソフィーさんの素顔は凄く綺麗で、つい見とれてしまうほどだ。
「ソフィーさん、そろそろ馬車に戻ろうよ……?」
「エドガー様がいなかったら……わたくし、死んだ方がマシな目に遭っていたのですのね……」
「いやいやいやいやいやっ、俺もいたし! おーい、リョースくんもいましたよーっ?」
「わたくし、このご恩は一生忘れませんの。ぁぁ……エドガー様……」
「また無視かよ……。ったくよ、出発の準備しとくからよー、急げよ、エドガー」
「うん……ごめんね、リョースさん」
「ったく、調子狂う連中だわ……。爆発する田舎者とか、人に話しても誰も信じねーよ、これ……」
こうして僕はソフィーさんを落ち着かせて、王都への旅を再開した。
それからことあるごとに、ソフィーさんはエドガー様エドガー様と僕の名前を連呼して、フードを下ろしたままのかわいい笑顔を向けてくるようになった。
かわいい。ソフィーさんは凄くかわいい……。
ついだらしない顔をしてしまうたびに、それをリョースに見られて何度も笑われた。
気弱な僕には分不相応だけど、いつかこんなお嫁さんが欲しい。
そして爺ちゃんやリョースが喜ぶような酒場宿を開いて、お菓子を名物にしたら、それで人気宿になって……。
家を処分したときは不安でいっぱいだったけれど、今の僕は一時の希望に酔っていた。
爺ちゃん、友達が二人出来たよ。紹介出来ないのが残念だけど、爺ちゃんはずっと僕を見守ってくれていると信じている。
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