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Ep 8/8 復讐者と生還者 - ただの女ったらし -

・●


「それよりもてめぇっ、俺たちまでハメやがったな、クソ野郎!!」

「そうだそうだっ、あとちょっとで死ぬところだったじゃん! 死ねこのクズッ、女の敵っ、死ねっ、一度死んで、もう一度死んだ後に猫のおしっこ飲んで100回死ね!」


 陰謀の失敗と、予想外の力技(物理)による結末に学長は終始楽しそうに笑っていた。

 彼らの世界を知りたくもないが、学問所の学長というのは、権力争いと無縁ではいられないのだろうな。


「だ、黙れ……俺は悪くない。お前たちを殺そうとしたのはアイアンゴーレムで、俺では――うっ!?」

「ていうか、やっぱ殺す……。ここまでされて、引き下がれるわけないじゃん……」


 ランが一歩跳び下がって、弓をフランクに向けた。

 下民を一緒くたに同じ下民と見たのが災いしたな。

 最底辺ほど国に保護されていないので、忠誠心に欠ける。


 だがその鋭い矢尻の前に、エドガーが腕を横にかかげて止めた。

 その次に折れた剣を抜いて、かと思えばそれを足下に捨てる。


 そして俺は驚かされた。

 目にも止まらぬ速さで、俺の介入無しの自らの意思で、エドガーは剣を抜こうとしたフランクの懐に踏み込み、ゴーレム戦でのへなちょこパンチがまるで嘘のような鋭いボディブローを、フランクのみぞおちに埋め込んだ。


「カ、カハッ……お、俺は、公、しゃ……ぅっ、ウゲェェェェ……ッッ」

「わおっ♪」

「な、何やっているのだエドガーッ、その方は、リーベルト公爵の世継ぎだぞっ!? わ、私の責任になったらどうしてくれるっっ!! フランク様ッ、大丈夫ですかっ!?」


 性格はまるで異なるが、エドガーは俺だった。

 気に入らないやつは誰だろうとぶちのめす。肉体という器は変わったが、本質は変わらない。


「へっ、あのまま撃たれるよりまだマシだろ……」

「名門の生まれなら、名門らしい行いをしてよっ! こんなのソフィーを苦しめるだけで、なんにもならないじゃないかっ、お前なんか嫌われて当然だよ!!」

「正論ですな。しかし正論が通じるなら、世の中に悪党は――おや?」


 ところがそこにどうでもいい役者が現れた。 


「フハハハハッ、学長を訪ねてカテドラルにやって来てみれば、面白いことになっているではないかね!」


 それはアホ貴族のツァルトだ。

 ソフィーから後で詳しく聞いたのだが、どうもフランクのリーベルト家とツァルトの家はその昔から著しく険悪らしい。


「うわ、変なのがまた出た……」

「変なのとはなんだねっ!? おっ、だが君かわいいね、私とお友達から始めないかい? 言ってはなんだが……私の実家は金持ちだよ!」

「ソレ金になびく女しか引っかからねーだろっ!?」


「うむ、よく言われる」

「いや言われたなら直せよっ、ていうか話かき回すなよな、誰だよアンタッ!?」


 リョースくんのツッコミを受けてもツァルトは無意味に勝ち誇るばかりだ。


「私の名はツァルト・ワーグナー! ワーグナー公爵家のドラ息子であるっ!」

「いや自分でドラ付けんなよっ!?」


 開き直った上で、金になびく女と付き合っているとすれば、性格面だけはちょっとした大物かもしれんな……。

 それに少しだけ、エドガーに敗北してコイツも変わったような気がする。


「き、貴様ら……っ、この俺を、この俺を殴って、無事で済むと思っているのか……っ!」

「逆ギレかね? ハハハッ、ここは私に任せたまえエドガーくん」

「え……あの、なんで……?」


 ツァルトは嬉々としていた。

 将来の政敵となる相手のスキャンダルに遭遇して、気味が悪いくらいにご機嫌だった。


「確かに君には200万イェンと家宝の恨みがあるが、そこの男が関わってるなら話は別だ! いいところ見ちゃったねぇーっ、あーららーこららーっ、王様に言いつけやるぅー♪」

「貴様ツァルト・ワーグナーッ! なぜこんな下民の肩を持つ!!」


「フフフッ、それはだね……。君の醜態はどんな歌劇よりも私に響くからだっ! 私は見たよ、見てしまったよ、最低の発言を繰り返して下民に殴られる一部始終を見たよ? 剣を抜くチャンスを与えられたのに、見下していた下民にみぞおちを貫かれる君の姿を、今後私は一生忘れないだろう! ありがとうっ、エドガーくんっ!!」

「え、あの……はい……」


 ここまで晴れやかに人の不幸を喜ぶ男が他にいるだろうか。

 満面の笑みでエドガーは感謝されて、どう返したらいいのかわからずしばらく困り果てた。


「やはりお前は最低の男だ……」

「君には負けるよ。許婚の心を奪われた程度で、こんなことをしてどうするんだね? いいかね、フランク、君は知らないかもしれないが、世界には女がいっぱいいる。金や地位になびかない女も山ほどいる。だが――100人なびかせればこっちの勝ちだっ!!」

「ただの女ったらしじゃねーか、てめーっ!!」


 発言者の人格と、エドガーの意思はさておき、俺はツァルトのアホの言葉に賛同した。

 せっかく生を謳歌しているのだから、今度の人生はもっと楽しみたい。


「クッ……このままではアホが伝染る……。いいかソフィー、覚えておけ! その男を諦めて、俺のものになるなら、ソイツに手を出すのを止めてやる。よく覚えておくんだな……!」

「そんなのお断りですのっ! わたくしは、決してあなたの都合のいいお人形にはなりませんの! だって……あなたは、わたくしが好きなのではなく、ご自分の虚飾を満たしたいだけではありませんか……。わたくしは宝石や黄金ではありませんの……」


 それはソフィーが今日までフランクにため込んできた不満なのだろう。

 しかしフランクはそれを侮辱としか受け止めなかった。


「うっ……!? ゲ、ゲホッゲホッ……エドガー、覚えて、いろよ……。このままでは、済まさな……オェッ……」


 急に酸っぱくなった口を膨らませながら、フランクはエドガーに貫かれた腹を抱えてカテドラルから去っていった。


「結局尻尾巻いて逃げてんじゃねーか、だっせ。おいケニー、立てるか?」

「うっせーっ、平気だっての……。ケッ……」


 ケニーに睨まれてレイテが動揺していた。

 俺たちと一緒に用済みを始末するつもりが失敗して、深い恨みを買った形になる。

 ケニーはもうリョースと距離を取る必要がなかったようで、素直に彼の肩を借りた。


「では、後はよろしくお願いしますね、英雄科のレイテ先生。私もツァルトくん同様、この事態を有効活用させていただきますので、後でお話をしましょう」

「ぅっ……。はい、かならずうかがいます……」


 フランクが消えて、レイテの庇護者がいなくなった。

 痛いところを掴まれたのもあり、俺たちの担任は恐ろしく素直にうなづいた。

 学長も学長だ。自分たちの学内政争にこの事態を使うらしい。


「ところで、私にご用ですかな、ツァルトくん?」

「おおそうでした! 実は学食の割引申請を出し忘れてしまいまして……」

「ちょっと待てやっ、実家がクソ金持ちなら、んな申請出すなよなっ!?」


「フハハハハハッ、それは下民の発想だ! 切り詰めるところは切り詰める。受けられるサービスはキッチリと受ける。これこそが貴族の本文だ!!」

「うわ……ちっさ……」

「はぁっ、こういう金持ちがいるから、俺たち下っ端が儲からねーんだよなぁ……」


 こうして事件は不穏を残しながらも幕を引いた。

 エドガーはクリフの技を一つ習得し、ソフィーを中心とする関係がさらにこじれにこじれた。


「ツァルトさん、ありがとう……」

「気にするな。君はクソほど気に入らないが、私はその3倍アイツが嫌いだ! ぶっちゃけ死ねばいいのに……と思っているだけだっ!」


「ツァルトさんも、僕のこと闇討ちしようとしましたけどね……」

「フハハハ……夜道には気を付けたまえ。私は私をバカにした相手に対して執念深いのだ! ああそれと……その……ティアくんを巻き込んだ件は、済まなかった……。あれはさすがにやり過ぎだった……」


「ツァルトさん……わっ!?」

「次はエドガー様の番ですの。別に、手を繋ぐ必要は全くないのですが、そこは気分ですの。この度も巻き込んでしまって、申し訳ありません、エドガー様……」


 書類にサインを貰い去って行くツァルトの後ろ姿を見送りながら、エドガーはやわらかいソフィーの手のひらに胸を高鳴らせた。


「いいんだ。それよりソフィーさえ嫌じゃなかったら、来週も付き合ってくれる……? そうしたらまた、月曜日からがんばれるんだ」

「もちろんですの。ふつつか者ですが、これからもよろしくお願いいたしますの、エドガー様」


 エドガーはソフィーの返答に安堵した。

 フランクのせいでソフィーが迷宮を嫌いになっていたらどうしようと、俺までエドガーに引っ張られて不安を覚えてしまっていた。杞憂だったようだ。


 それから彼はカテドラルの入り口に目を向けてこう思った。

 ありがとう、ツァルトさん。ツァルトさんはやっぱり悪い人ではないのかもしれない……と。


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