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Ep 8/8 復讐者と生還者 - 復讐の失敗 -

・●


 エドガーたちがフランクに騙し討ちにされたそのすぐ後、カテドラルは大騒ぎになっていた。

 発端はソフィーだ。後で彼女から聞いた話によると、俺たちが入った537迷宮の前で、クソ担任のレイテがフランクを待っていたそうだ。


「貴方はエドガー様の担任の方の……お願いですっ、助けて下さい! エドガー様たちが大変なんです!」

「存じています。……ソフィー様がご無事で良かった」


 必死で助けを求めてもレイテは端から取り合わなかった。

 それでもソフィーは食い下がって仲間の救出を求めたが、クズのレイテが応じるはずもない。さしものソフィーもそこで違和感に気づいた。


 レイテの表情の端々には、狡猾な笑みが混じっている。

 教師であるのにフランクに対する態度が妙にうやうやしく、フランクもそれを当然のものと受け入れていた。


 それは共犯者である状況証拠も同然だ。極めつけにその外道教師はこう言った。


「何度言われても、アイアンゴーレムが4体も出たと聞いては、助けに行くことなど出来ません。それに、別にいい(・・・・)ではないですか。用済み(・・・)のケニーと、汚らわしい盗賊ギルドの○○○(ソフィーには聞き慣れない言葉)野郎に、生きる価値のないヘタレ男では、救出隊の命を天秤に架ける価値すらない」


 絶句するソフィーの目の前で、レイテはわざとらしく扉飾りを交換した。

 下級を意味する翡翠飾りから、訓練に適さないことを意味する黒曜石の飾りに変えたそうだ。


 気に入らない英雄科の生徒を処刑したいならば、魔法科の生徒は537迷宮のあの部屋に誘導して、一人だけ逃げればいい。

 非常によく出来た仕組みだ。


「そんな……でしたらそこを通して下さい! 私が一人で行きます!」

「諦めろ、誰が助けに行ったところで間に合いはしない。やつらは死んだのだ」

「ゴミどもが消えて私もスッとしました。さすがはフランク様、将来末恐ろしいお手並みで……」


 大方、コイツらは情報操作をする腹だったのだろうか。

 許婚のフランクが単身ソフィーを助けに向かったはいいが、他の者は助けられなかった。フランクの勇気ある行動に全校生徒は拍手を、と。


「ラムダ先生は……」

「彼女なら地上に戻しました、もう諦めて下さい」


「そんな……」

「もう終わったのだ。俺たちもここを通す気はない」


 だがたくましくもソフィーは地上に向かって走った。

 可能性を信じて地上に戻って、学長室に飛び込んで事情を伝えると、彼は動揺一つすら見せずに涼しくこう返した。


「そうですか。レイテくんとフランクくんがそんな暴挙を……。ですが、ふふふ……ハメる相手を間違えたことに、彼らは気づいていないようですね。よろしい、面白いので見物に向かうとしましょう」

「笑い事ではありませんっ! エドガー様が死んでしまいますのっ!」


 魔王アルクトゥルスの再来がアイアンゴーレム数体ごときに負けるはずがないと、学長は確信していた。

 実際はエドガーが身体を渡さないせいで、ボロボロになるまで苦戦させられたのだがな……。


「エドガーくんなら大丈夫です。彼の並外れた頑丈さ、そしてあの桁違いの魔力と、術への造形の深さ。彼を倒せる存在がいるなら、逆に教えて欲しいくらいですよ」

「……あ」


 学長の確信し切ったその言葉に、ソフィーは途端に気持ちが落ち着いてしまったそうだ。

 アイアンゴーレムの弱点は電撃魔法だ。


 フランクの誤算は、俺という古の賢者がエドガーの中に存在しているとは思いもしなかった――という、誰にも想定の出来ない事実だ。


「申し訳ありません、貴方にはとてもつらい思いをさせてしまったようです」


 どうでもいいが、キザなやつは老いてもキザだ。

 学長はやさしくソフィーの肩に手を置いて、背中に手を回して窓際に誘導した。


「この王立学問所は国の税金で成り立っております。なのでどうしても、貴族勢力の意見が大きくなりがちでして……。ああいったやからの排除が、なかなか私の独断では出来ないのです。貴方の気持ちを逆撫でする言い方になるかもしれませんが、狙われたのがエドガーくんで助かりました」

「まぁ、驚きましたの……。学長さんは、エドガー様をとても買っているんですのね……っ!」


「はい、彼のことはどうしても嫌いになれません。50年前、あの男は確かにやり過ぎましたが……私に血筋が絶対ではないことを、その姿で教えて下さいました。彼は当時とまるで変わっていません……」


 それはソフィーには理解できない昔話だ。

 やはり学長は俺がアルクトゥルスであることを見抜いた上で、好きに泳がしてくれているようだった。


 魔王扱いを受けたアルクトゥルスは平民の出身だ。貴族の血は一滴も流れていない。

 それが最強の魔導師となって最果ての世界に君臨したとあれば、貴族の絶対性と国の体制を保つために、遅かれ遠かれ俺は世界の敵として討たれていただろう。


「では、レイテくんをからかいに行くとしましょう」

「はいっ、わたくしもフランクに勝ち誇りに行きますの! わたくしのエドガー様はあんな人形に負けません!」


 そんなわけで、ソフィーは学長と共にカテドラルに戻った。

 フランクとレイテは最初から学長の登場を想定していたのか、全く悪びれずに平然としていたようだ。


「これはこれは学長。こんなところまでご足労いただいてすみません」

「ソフィーが迷惑をかけた。後で強く言っておくので許してほしい」


 しかしいちいちムカつく男だ。だが学長とソフィーは勝利を確信していた。

 必ずエドガーが無事に戻って来ると信じていたから、少しも悔しくなかったと言っていた。


「いえ、私はただ見物に来ただけですので、お構いなく」

「わたくしも考えを改めましたの。エドガー様があんな鉄のお人形なんかに、負けるはずがありませんの!」

「ハハハハハッッ、魔法を使えない下民がどうやってアイアンゴーレムを倒すというのだね!? ソフィー、お前がそこまで馬鹿だとは思わなかったぞ、ハハハハッ、これは傑作だ!」


 一方のレイテはひきつった笑いを浮かべるだけで、愚かなフランクに同意しなかった。

 エドガーの見せた非常識な身体能力が、イレギュラーな結果を招くかもしれないと少し考えたのかもしれん。それこそが答えだ。


 エドガーは魔法には頼らず、奇跡の料理とただの馬鹿力でアイアンゴーレムをガラクタに変えた。

 かくして時が流れ、次々と下級迷宮の扉の前に生徒たちが戻ってきた。


 それぞれの迷宮にはそれぞれの傾向と、それぞれの滞在時間があるので、必ずしも同時に戻ってくるものではない。

 ソフィーたちはカテドラルの祭壇から、5層下のエリアを眺めて、エドガーたちが戻ってくるかこないかの賭けの答えを求めた。


 俺たちの迷宮は下級より難易度が高いため、他の生徒を教室や医務室に帰して、さらにだいぶ待つことになったようだ。

 ただしリョースはソフィーたちの様子とエドガーの不在を不審に思い、なぜ一人だけ迷宮の外にいるのかと問いかけた。


「はぁっ!? だったらなんでこんなところで高見の見物してんだよ、お前っ!?」

「やかましい、下民ごときが出しゃばるな!」


「てめぇこそすっこんでろっ、ダチを救いに行くなんて当然のことだろが! あとお前は後でぶっ殺す!」

「リョース貴様ッ、フランク様になんて言い方をするんだ! 彼は将来、公爵様になるお方だぞ!」


「だから今のうちに媚びておこうってか? だっせー!!」

「ッッ……教師に向かってダサいとはなんだっ! なら勝手に後を追ってお前も死ねばいい!」


「はははっ、ならそうさせてもらうぜ! ていうか学長てめーっ、てめー何ニヤニヤ笑ってやがんだよっ!?」


 それは恐らく、リョースの姿がどことなくクリフのジジィに似ていたからだろう。

 その昔に己が属している世界を彷彿とさせる、権力に媚びない反骨精神がリョースにあったからだろう。


「では一つ聞きますが、エドガーくんがアイアンゴーレム4体ごときに、本当に負けると貴方はお思いで?」

「……あ」

「そういうことですの。わかったらおとなしく――あっ、戻ってきましたの!!」


 擦り傷と打撲だらけの一行が537迷宮の前にようやく現れた。

 といってもかなり距離があったので、豆粒のように小さくしか見えなかったようだ。

 俺たちはそれなりに満身創痍だったが、昇降機を借りてカテドラル上層に戻った。


 レイテもフランクも度肝を抜かれて言葉を失っていたそうだ。

 直前の様子を見れなくて残念だった。


「馬鹿な……そんなこと、あり得ない……。どうやって生きて帰ってきた……どうやって、どうやってアレを倒したんだ!?」

「え、そ、それは、その……」

「私もぜひお聞きしたいですな。思いの外、苦戦したご様子でなおのこと気になります」


 レイテの方はエドガーたちの姿に言葉を失い、亡霊でも見たかのように後ずさって、エドガーよりも遙かに情けなく腰を抜かした。


「ほれ見ろ、生きて戻ってきたじゃねーか!」

「さっきまで助けに行くと、騒いでいた人の言葉とは思えませんの。エドガー様、少しジッとしていて下さいね」

「ううん、僕はいいからランさんとケニーくんにお願い」


 言われた通りにソフィーは二人に回復魔法での応急手当を始めた。

 学長もそれを手伝うと、すぐに手当が終わっていた。


「で、私からもお聞きしますが、どうやって事態を切り抜けたのですか?」

「それがよぉっ、エドガーのやつすげーんだよっ! 折れた長剣でっ、アイアンゴーレムの手首を斬り落としちまってよぉっ、さらに首の後ろをズキャーッと突き刺して、生身で止めやがったんだよっ!! しかもクッキーが美味ぇ!!」


 クッキーの情報は話を混乱させるだけなので、黙っていた方がよかっただろう。


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