Ep 8/8 復讐者と生還者 - 復讐の失敗 -
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エドガーたちがフランクに騙し討ちにされたそのすぐ後、カテドラルは大騒ぎになっていた。
発端はソフィーだ。後で彼女から聞いた話によると、俺たちが入った537迷宮の前で、クソ担任のレイテがフランクを待っていたそうだ。
「貴方はエドガー様の担任の方の……お願いですっ、助けて下さい! エドガー様たちが大変なんです!」
「存じています。……ソフィー様がご無事で良かった」
必死で助けを求めてもレイテは端から取り合わなかった。
それでもソフィーは食い下がって仲間の救出を求めたが、クズのレイテが応じるはずもない。さしものソフィーもそこで違和感に気づいた。
レイテの表情の端々には、狡猾な笑みが混じっている。
教師であるのにフランクに対する態度が妙にうやうやしく、フランクもそれを当然のものと受け入れていた。
それは共犯者である状況証拠も同然だ。極めつけにその外道教師はこう言った。
「何度言われても、アイアンゴーレムが4体も出たと聞いては、助けに行くことなど出来ません。それに、別にいいではないですか。用済みのケニーと、汚らわしい盗賊ギルドの○○○(ソフィーには聞き慣れない言葉)野郎に、生きる価値のないヘタレ男では、救出隊の命を天秤に架ける価値すらない」
絶句するソフィーの目の前で、レイテはわざとらしく扉飾りを交換した。
下級を意味する翡翠飾りから、訓練に適さないことを意味する黒曜石の飾りに変えたそうだ。
気に入らない英雄科の生徒を処刑したいならば、魔法科の生徒は537迷宮のあの部屋に誘導して、一人だけ逃げればいい。
非常によく出来た仕組みだ。
「そんな……でしたらそこを通して下さい! 私が一人で行きます!」
「諦めろ、誰が助けに行ったところで間に合いはしない。やつらは死んだのだ」
「ゴミどもが消えて私もスッとしました。さすがはフランク様、将来末恐ろしいお手並みで……」
大方、コイツらは情報操作をする腹だったのだろうか。
許婚のフランクが単身ソフィーを助けに向かったはいいが、他の者は助けられなかった。フランクの勇気ある行動に全校生徒は拍手を、と。
「ラムダ先生は……」
「彼女なら地上に戻しました、もう諦めて下さい」
「そんな……」
「もう終わったのだ。俺たちもここを通す気はない」
だがたくましくもソフィーは地上に向かって走った。
可能性を信じて地上に戻って、学長室に飛び込んで事情を伝えると、彼は動揺一つすら見せずに涼しくこう返した。
「そうですか。レイテくんとフランクくんがそんな暴挙を……。ですが、ふふふ……ハメる相手を間違えたことに、彼らは気づいていないようですね。よろしい、面白いので見物に向かうとしましょう」
「笑い事ではありませんっ! エドガー様が死んでしまいますのっ!」
魔王アルクトゥルスの再来がアイアンゴーレム数体ごときに負けるはずがないと、学長は確信していた。
実際はエドガーが身体を渡さないせいで、ボロボロになるまで苦戦させられたのだがな……。
「エドガーくんなら大丈夫です。彼の並外れた頑丈さ、そしてあの桁違いの魔力と、術への造形の深さ。彼を倒せる存在がいるなら、逆に教えて欲しいくらいですよ」
「……あ」
学長の確信し切ったその言葉に、ソフィーは途端に気持ちが落ち着いてしまったそうだ。
アイアンゴーレムの弱点は電撃魔法だ。
フランクの誤算は、俺という古の賢者がエドガーの中に存在しているとは思いもしなかった――という、誰にも想定の出来ない事実だ。
「申し訳ありません、貴方にはとてもつらい思いをさせてしまったようです」
どうでもいいが、キザなやつは老いてもキザだ。
学長はやさしくソフィーの肩に手を置いて、背中に手を回して窓際に誘導した。
「この王立学問所は国の税金で成り立っております。なのでどうしても、貴族勢力の意見が大きくなりがちでして……。ああいったやからの排除が、なかなか私の独断では出来ないのです。貴方の気持ちを逆撫でする言い方になるかもしれませんが、狙われたのがエドガーくんで助かりました」
「まぁ、驚きましたの……。学長さんは、エドガー様をとても買っているんですのね……っ!」
「はい、彼のことはどうしても嫌いになれません。50年前、あの男は確かにやり過ぎましたが……私に血筋が絶対ではないことを、その姿で教えて下さいました。彼は当時とまるで変わっていません……」
それはソフィーには理解できない昔話だ。
やはり学長は俺がアルクトゥルスであることを見抜いた上で、好きに泳がしてくれているようだった。
魔王扱いを受けたアルクトゥルスは平民の出身だ。貴族の血は一滴も流れていない。
それが最強の魔導師となって最果ての世界に君臨したとあれば、貴族の絶対性と国の体制を保つために、遅かれ遠かれ俺は世界の敵として討たれていただろう。
「では、レイテくんをからかいに行くとしましょう」
「はいっ、わたくしもフランクに勝ち誇りに行きますの! わたくしのエドガー様はあんな人形に負けません!」
そんなわけで、ソフィーは学長と共にカテドラルに戻った。
フランクとレイテは最初から学長の登場を想定していたのか、全く悪びれずに平然としていたようだ。
「これはこれは学長。こんなところまでご足労いただいてすみません」
「ソフィーが迷惑をかけた。後で強く言っておくので許してほしい」
しかしいちいちムカつく男だ。だが学長とソフィーは勝利を確信していた。
必ずエドガーが無事に戻って来ると信じていたから、少しも悔しくなかったと言っていた。
「いえ、私はただ見物に来ただけですので、お構いなく」
「わたくしも考えを改めましたの。エドガー様があんな鉄のお人形なんかに、負けるはずがありませんの!」
「ハハハハハッッ、魔法を使えない下民がどうやってアイアンゴーレムを倒すというのだね!? ソフィー、お前がそこまで馬鹿だとは思わなかったぞ、ハハハハッ、これは傑作だ!」
一方のレイテはひきつった笑いを浮かべるだけで、愚かなフランクに同意しなかった。
エドガーの見せた非常識な身体能力が、イレギュラーな結果を招くかもしれないと少し考えたのかもしれん。それこそが答えだ。
エドガーは魔法には頼らず、奇跡の料理とただの馬鹿力でアイアンゴーレムをガラクタに変えた。
かくして時が流れ、次々と下級迷宮の扉の前に生徒たちが戻ってきた。
それぞれの迷宮にはそれぞれの傾向と、それぞれの滞在時間があるので、必ずしも同時に戻ってくるものではない。
ソフィーたちはカテドラルの祭壇から、5層下のエリアを眺めて、エドガーたちが戻ってくるかこないかの賭けの答えを求めた。
俺たちの迷宮は下級より難易度が高いため、他の生徒を教室や医務室に帰して、さらにだいぶ待つことになったようだ。
ただしリョースはソフィーたちの様子とエドガーの不在を不審に思い、なぜ一人だけ迷宮の外にいるのかと問いかけた。
「はぁっ!? だったらなんでこんなところで高見の見物してんだよ、お前っ!?」
「やかましい、下民ごときが出しゃばるな!」
「てめぇこそすっこんでろっ、ダチを救いに行くなんて当然のことだろが! あとお前は後でぶっ殺す!」
「リョース貴様ッ、フランク様になんて言い方をするんだ! 彼は将来、公爵様になるお方だぞ!」
「だから今のうちに媚びておこうってか? だっせー!!」
「ッッ……教師に向かってダサいとはなんだっ! なら勝手に後を追ってお前も死ねばいい!」
「はははっ、ならそうさせてもらうぜ! ていうか学長てめーっ、てめー何ニヤニヤ笑ってやがんだよっ!?」
それは恐らく、リョースの姿がどことなくクリフのジジィに似ていたからだろう。
その昔に己が属している世界を彷彿とさせる、権力に媚びない反骨精神がリョースにあったからだろう。
「では一つ聞きますが、エドガーくんがアイアンゴーレム4体ごときに、本当に負けると貴方はお思いで?」
「……あ」
「そういうことですの。わかったらおとなしく――あっ、戻ってきましたの!!」
擦り傷と打撲だらけの一行が537迷宮の前にようやく現れた。
といってもかなり距離があったので、豆粒のように小さくしか見えなかったようだ。
俺たちはそれなりに満身創痍だったが、昇降機を借りてカテドラル上層に戻った。
レイテもフランクも度肝を抜かれて言葉を失っていたそうだ。
直前の様子を見れなくて残念だった。
「馬鹿な……そんなこと、あり得ない……。どうやって生きて帰ってきた……どうやって、どうやってアレを倒したんだ!?」
「え、そ、それは、その……」
「私もぜひお聞きしたいですな。思いの外、苦戦したご様子でなおのこと気になります」
レイテの方はエドガーたちの姿に言葉を失い、亡霊でも見たかのように後ずさって、エドガーよりも遙かに情けなく腰を抜かした。
「ほれ見ろ、生きて戻ってきたじゃねーか!」
「さっきまで助けに行くと、騒いでいた人の言葉とは思えませんの。エドガー様、少しジッとしていて下さいね」
「ううん、僕はいいからランさんとケニーくんにお願い」
言われた通りにソフィーは二人に回復魔法での応急手当を始めた。
学長もそれを手伝うと、すぐに手当が終わっていた。
「で、私からもお聞きしますが、どうやって事態を切り抜けたのですか?」
「それがよぉっ、エドガーのやつすげーんだよっ! 折れた長剣でっ、アイアンゴーレムの手首を斬り落としちまってよぉっ、さらに首の後ろをズキャーッと突き刺して、生身で止めやがったんだよっ!! しかもクッキーが美味ぇ!!」
クッキーの情報は話を混乱させるだけなので、黙っていた方がよかっただろう。




