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Ep 7/7 初めての迷宮と鋼と復讐者 7/9 - 鋼を斬ったヘタレ -

・●


「なんで俺がこんな目に遭うんだよぉっ!?」

「そんなの巻き込まれたからに決まってるじゃん。ん……だけど困ったね、あんな鉄の塊、どうやって倒そう……」


 ケニーはさておき、戦略的に詰んでもなおランは戦いを諦めてなどいなかった。

 シーフギルドの出身ということは、すなわちそれは貧民の出身ということだ。

 よってランは逆境にくじけずにアイアンゴーレムの単眼を――いや正しくはレンズを弓で狙い撃った。


 物理面で言えば、こいつらに急所らしい急所はどこにもない。

 レンズに少しの傷を付けることは出来たかもしれないが、確か胴体のどこかに、機械じかけの目玉がもう一つ装備されているはずだ。


「ムダだって言ってんだろっ!? アイツらには弓も剣も鈍器もてんで効かねぇ! 迷宮の制限時間まで、逃げまくるしかねぇよっ!」

「それってまだまだ先でしょ。逃げてるうちにぶっ殺されるのがオチだよ」


「んなことはわかってる! だけどアイツらは物理じゃ倒せねぇっつってんだろ!」


 一定の時間制限を過ぎると、迷宮は侵入者を地上へと放り出す。

 とはいえ、ただ逃げただけでは10分すらもたないだろう。

 四方より襲い来るゴーレムからケニーは逃げまどい、ランはその逆に突っ込んだ。


「え、ランさん……!?」

「何やってんだおめぇっ、お、おおっ!?」


 ゴーレムは両手に刃こぼれした巨大なハルバードを持っている。

 ランは鈍色に色褪せたそれを、まるで小鳥のように目にも止まらぬフットワークでかわし抜き、素早く腰のダガーを引き抜くと、機動力を奪うべく敵の脚部関節に突き刺した。


 戦法としては正しい。見事にも右足を鈍らせることに成功した。だが――


「げっ、マジッ!?」


 右足を機能不能にさせる前に、ダガーの方が先にへし折れていた。

 甲冑と甲冑の隙間を狙ったはいいが、そのまま抜くも突き刺すも出来なくなって、敵の超重量に刀身を潰し折られたのだ。


「後ろから来るぞ、危ねぇっ!」

「ぇ……ぁ」


 先に言う。ランが戦闘不能になった。

 ダガーを取り戻すことに気を取られているうちに、別のゴーレムに背後を取られて、腕ではたき飛ばされてしまったのだ。


 ランは遙か遠くの壁に叩き付けられ、受け身は取れたようだが立ち上がれなくなっていた。


「ひ、ひぃっ、ひぃぃーっ……な、なんだよあの馬鹿力っ!? たたたたたたたた助けてぇぇーっ、おかぁーちゃぁぁぁーんっっ!!」


 逃げると言っていたケニーもあまり長くはもたなかった。

 4対1で執拗に追いかけ回され、最後はハルバードの薙ぎ払いを受けてランと同様に倒れた。

 ふっくらとした体格と、打撃に強い皮装備が幸いしたようで死んではいない。


 ちなみにだが、エドガーがやつらにまったく狙われないのには相応の理由がある。

 やつら機械人形は知恵足らずの合理的者なのだ。

 動かないエドガーを最弱の雑魚、非戦闘員と認識して、殺戮を後回しにしただけだ。


 情けないことにエドガーは立ち尽くしていた。

 とにかく巨大で、圧倒的な質量を持つ鉄の怪物たちに、足も手もまぶたすら動かせなくなっていた。


 よってゴーレムたちはエドガーではなく、負傷したケニーとランを処刑するべく、緩慢な動きで一歩一歩と歩いてゆく。


 いいやつだったがこれはもう死んだな。今すぐエドガーが気絶してくれたら、介入も出来るのだが……。

 いや、だがその考えは少し気が早かったようだ。


「二人に手を出すな! こ、こっちに……こっちに来いっ、この鉄クズ野郎ッ!!」


 エドガーがアイアンゴーレムに刀子を投げ付けると、当然ながら甲冑を貫けるわけもなく弾き返された。

 しかしこれによりゴーレムたちの中で優先順位が変わり、4体全てが後方のエドガーに振り返った。


「僕は……僕は英雄の子だ!」


 こんなこともあろうかと、エドガーは先日あのクッキーを作っていた。

 まあ、そうなるように俺が仕向けたのだが、結果としてこれは幸いだった。


 エドガーは道具袋からアーモンドクッキーを袋ごと取り出すと、震える手で一枚それをかじる。


「ケニーくんっ、ランさんっ、騙されたと思って、これを食べて!」


 続いて一枚をケニーの方角に、袋ごと残りの二枚をランへと投げつけた。

 かんばしい反応はない。彼らからすれば、死ゆく物への餞別にすら見えたかもしれんな。


「力が溢れてくる……。これならやれる!」


 一見は甘く香ばしそうなクッキーだが、それはあの小さなティアすらゴリラに変える奇跡のアイテムだ。

 原理は不明だ。俺も魔導の研究者として解析しようとはしたが、導き出された答えは、夜食には適さない暴力的な美味さであることと、寝返り一つで物を壊せるという危険性のみだ。


 これを夜な夜な俺に肉体改造され続けてきたエドガーが食えば、あるべき力を出し切ることも可能だろう。……理屈の上ではな。


 クッキーを全て飲み込むとエドガーは突っ込んだ。

 一体目のアイアンゴーレムのハルバードをかいくぐり、足の付け根の間接部に滑り込ませるように、力任せに長剣を振った。


 刃が甲冑を滑り火花を散らし、それがさらに大きく弾けて、暴力的な金属音が鳴り響いた。

 ランの突撃は結果的に、エドガーへと敵の弱点を伝えることにもなったようだった。


「ぇ……嘘……。斬っ、ちゃった……」

「んな、あ、あり得ねぇ……。って、おま、剣、折れてんじゃねーか……っ」


 誤算が一つあるとすれば、学問所支給の長剣が並みの強度だったことだな。

 エドガーはアイアンゴーレムの右足を見事切り落としたが、手元の長剣から刀身の半分が消えていた。


「あ、あれ……?」


 やはりこのぼんやりした性質は戦闘にまるで向いていない……。

 エドガーは折れた長剣を見つめて固まった。


 なんの変哲もない普通の剣だが、愛着があったのだろう。

 攻撃手段を失って途方にくれたのかもしれん。


「何つっ立ってんだよ、エドガー……ッ!」

「危な……ああっ!?」


 ハルバート持ちのゴーレムは無力化した。

 だがその巨体の向こう側に、ハンマー持ちのアイアンゴーレムがいたことに俺は気づいていた。


 心の中からヤツに警告したが、俺の言葉がヤツに届いたことなんて今日まで一度もない。

 よって俺は、巨大なハンマーで殴られて、死ぬほど痛い目に遭うのを甘んじて受け入れるしかなかった。


 石壁に叩き付けられて嬉しいやつなんて、マゾ野郎の世界にすらいるわけがない……。

 死ぬほど痛かった……。


 その激しい痛みがクリフのジジィどもと戦い続けた生前の記憶を呼び起こし、何がなんでも生き延びて、あのフランクとかいう勘違いしたクソガキに天誅を下すと心に決めた。


「い、痛い……」


 エドガーは立ち上がった。その頑丈な肉体はこの程度の衝撃で壊れたりなどしない。

 エドガーは俺の来世であると同時に、俺の研究成果そのものだったからだ。


 彼は迫り来る機械人形たちを睨み、それからまた性懲りもなくまた何も考えずに突っ込んだ。


「えいっ……! えいえいっ、こ、このーっ!」


 それはへなちょこモーションのパンチとキックによる、幼児のケンカのような戦い方だ。

 腰の入っていないパンチがゴーレムを一歩後退させ、ヘロヘロのヤクザキックが鉄の甲冑を転倒させた。


 しかし力押しの通じる相手ならいいが、相手もまた力押しの戦法を取る超質量の塊だ。

 殴っても殴っても動きを止めないため、エドガーとは相性が最悪だった。


 俺は始めて見た。身長2m半の鉄の巨人と、相撲を取ろうとするバカをな……。

 しかもそれは俺自身で、今もゴーレムの膝にしがみ付いて押しては押されてを続けているという……。


 知恵足らずの合理主義者が、もう片手のハンマーで後ろから敵を殴りつけるという解を得るのは、遅いか早いかの違いでしかなかった。


 後頭部をやられてエドガーの動きが止まった。

 ゴーレムはエドガーの細い身体を大きな腕でつかみ、かかげ、残虐にも床へと叩き付けた。


 エドガーは立ち上がらなかった。エドガーの意識が途絶えて行くのを俺も感じた。

 いつもならばこれは入れ替わりのチャンスだったが、まずい。


 ハンマーで頭の中を揺らされたせいか、エドガーと一緒に俺の意識まで失われてゆく。

 せっかくここまでお前を育てたというのに、こんな理不尽な結末は許されない……。

 世界は無慈悲な全滅エンドを突きつけて、俺の意識を奪い取った。


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