Ep 7/7 初めての迷宮と鋼と復讐者 5/9 - やるじゃん豚 -
「バカ言ってねーで戦えよっ!」
「えーそんなのつまんないー。おしゃべりしながら行こーよぉっ」
「スライムプレイ……。わかりました、後でリョースに詳しく聞いてみますの……炎の矢っ!」
「えいっ……! ダメだってソフィーッ、よくわかんないけどリョースがきっと困り果てるよっ!?」
ラムダ先生に教わった通りに刀子を投げつけるだけで、次々とスライムが灰へと変わってゆく。
僕はスライムを相手に小さな優越感に浸った。
「それはそれで面白そうですの♪」
「何々、それってもしかしてソフィーの彼氏?」
「ちっげーよっ、リョースの野郎は最高に空気読まねぇ最高のアホだ! アイツのせいで俺は……ちくしょうっ!! うわちゃぁっっ?!」
一度もケニーくんがスライムにウォーハンマーを使わないわけがわかった。
腹いせにケニーくんがウォーハンマーを振り下ろすと、酸の肉体が飛び散ってケニーくんの肌を一瞬だけ焼いてから、灰へと変わった。
スライムを近接攻撃で倒すとこっちが痛い。
僕は学習すると同時に、最前衛をしてくれるケニーくんに感謝した。
「ぷっ……」
「笑うなーっ! これはただ、ただエドガーにお手本を見せてやっただけだ……。スライムに剣なんて振ったら、こっちが痛ぇぞってなぁ! 何だよその目、疑うなよっ、ホントにホントだぞー!?」
「えっと……僕はケニーくんを信じるよ……」
「いやスライムに打撃武器振るとかー、バカっしょ♪」
「俺はデブじゃねぇっっ!!」
誰もデブなんて言っていない。でも僕たちはこれ以上、そこには触れないことにした。
ケニーくんは確かに少しぽっちゃりしているけど、僕たちの頼もしい前衛だ。
進んで、倒して、進んで、スライムばかりの下級迷宮2層目の敵を倒してゆくと、土壁の世界にやや仰々しい扉が現れた。
草木を連想させる緑の扉には、木の葉と樹木を模したレリーフが刻まれている。
おまけにその向こう側から獣のうなり声まで聞こえてきた。
「エリアボスだな。さっきまでの雑魚とは格が違うからよ、お前ら注意しろよ」
「言われなくともわかってますの、さあどーんとこいですのっ!」
「ぅ……ま、待って……」
ソフィーもランさんも平気そうなのに、僕だけ獣のうなり声に萎縮してしまっていた。
なんでみんな平気なんだろう……。もうちょっとだけ、気持ちを整理する時間が欲しい……。
「ケッ……ヘタレが」
「ブヒーブヒー♪ フゴッ……」
「ランッ、てめぇっっ!!」
「口の悪い豚ちゃんより、かわいいヘタレくんでしょ♪」
「はいっ、エドガー様を守らなければと、わたくしも熱く燃え上がってきますの!」
こんなのダメだ。男らしく、男らしく立ち向かうんだ。
僕は恐怖心を押さえ込み、扉に手をかけた。それからみんなに目で確認を取ってそれを押し開く。
扉の向こう側には魔法陣があり、巨大な狼がそこに封じられていた。
なんだコイツ……ッ。怖い、デカい、あんな牙で噛まれたら死んじゃうじゃないか……っ!
「無理すんじゃねーぞ、ヘタレ。部屋に入ったらあの封印が解かれる、さあ行くぞ」
「……が、がんばる」
ランさんが三本の矢をそれぞれの指に挟み、ソフィーが魔力を増幅し終えると、僕はケニーくんと一緒に大狼へと突撃した。
怖い怖い怖い怖い! 怖いけど、ここで逃げたらまたヘタレ扱いされる……!
褐色の大狼がうなり声を上げ、ケニーくんの方を狙った。
彼のたくましい腕と皮の盾が狼の顎を下から殴り上げ、重くて痛いウォーハンマーを敵の首に叩き付けた。
「爆裂の矢ですのっ!」
ケニーくんが大狼が格闘している間に、後ろから矢と魔法が飛んでくる。
しかし硬い毛皮のせいで矢傷は浅く、魔法の直撃を受けてもひるむ程度だ。
僕も刀子を投げつけてみたけれど、それも浅く突き刺さるだけでまともなダメージにはならなかった。
「エドガーッ、おめーもこっちにこい! そんなのちまちま投げててもしょうがねーぞ!」
「ソ、ソイツに近付くの……?」
「ったりめぇだろ! そっちから挟み込めや、このヘタレ野郎!」
「わ、わかった……う、うわああああーっっ!」
腰の長剣を抜いて、僕は大狼の側面に突っ込んだ。
犬科とは思えない、正気を失った白い目が僕をギロリと睨む。
黒目ならまだかわいげがあったのに、血走ったその目にあるのは怒りと狂気だけだった。
立ち止まりたくなるのを堪え、力任せに長剣でその横腹を斬りつけると、ザクリと深い手応えが走る。
「おまっ、危ねぇっ!」
斬ることに夢中で、斬った後のことを全然考えていなかった。
怒り狂った狼の牙が僕の喉元を狙った。
やっぱり飛び込むんじゃなかったと深く後悔していると、ケニーくんの恵まれた体躯が大狼に体当たりを入れてくれた。
「ナイス豚!」
「エドガー様っ、そのままトドメを!」
今がチャンスだ。なのに僕の身体は恐怖のあまり動かない。
ソフィーに良いところを見せなきゃいけないのに、意のままにならない自分の心の弱さが憎かった。
「オラァッッ!!」
結局、ケニーくんが大狼の脳天をウォーハンマーで叩き付けたのがトドメになった。
大狼の肉体が輝く灰となって崩れ去り、そしてその灰が暗褐色の宝石へと変わっていた。
「やるじゃん豚」
「はぁっはぁっはぁっ……豚で定着させようとすんなっ!」
ケニーくんが呼吸を乱しながら宝石を拾い、それを僕に投げ付けた。
迷宮の敵がアイテムをドロップしたら、学校が買い取ってくれることになっている。
思わぬ臨時収入だった。
「わぁっ、見せて見せてエドガー! へー珍しい色、ウィスキー固めたみたい♪」
「これが迷宮のドロップ……。実際に体験してみると、とても興奮しますの!」
石の保管を二人に任せて、僕は二人に背を向けて土くれの天井を見上げた。
僕はやっぱり情けないやつだ。いざという時に動けないだなんて、冒険者として落第以下だ……。
「おい……」
「ぇ……あ、何、ごめん、今はちょっと……」
「ホントヘタレだな、おめー……」
「僕も好きでこんな性格に生まれたんじゃないよ……。この性格は、生まれつきだから……」
爺ちゃん、僕には無理なのかもしれない……。
強くなろうとしても、気弱なこの性格が僕の足を引っ張る。
爺ちゃんの夢を叶えるなんて、大変だよこんなの……。
そうやってウジウジとしていると、ケニーくんが僕の肩に触れた。
「あの狼、思った以上に硬いやつだった。おめーの一撃、すげー深く入ってたし、ダメージソースとして貢献したと思うぜ。後先考えずに攻撃だけ考えるバカは、初めて見たけどよ……」
「ケニーくん……。ありがとう、そう思うことにするよ……。ケニーくんって、やっぱり良い人だね……」
「は? 頭湧いてんだろおめー、あんだけ難癖付けてきた相手に、良い人だなんてよく言えるな!? ダメージにかけては8割てめーの手柄だって、こっちは言ってんだよ!」
情けなさの証拠をぬぐい取って、後ろのケニーくんに振り返った。
ケニーくんはそんな僕の姿を見下したり、笑いたてたりなんてしなかった。
「だってケニーくん、そんなに悪い人には見えないから……。それに悪い人は、こうやって人を励ましたりしないよ」
「アホ抜かせ! ああくそっ、やっぱおめーら嫌いだ……! 俺はおめーなんか慰めてなんかいねーよっ!」
ソフィーとランさんは僕たちのやり取りに気づいていたけど、特に何も言わなかった。
次こそはソフィーに良いところを見せよう。進んで行けば、まだチャンスはある。
「僕も剣で前に出るよ。少しでもこの性格を克服したいから」
「けっ……せいぜいがんばれよ。おら行くぞ、女ども!」
「ちょっといいやつかと思ったのに、この豚態度でかくなーい?」
「リョースの同類ですの……。性根の善し悪しと品性は必ずしも等しくない。なんて言葉が浮かんできますわ……」
ソフィーの言葉に僕は心の中で深く同意した。
爺ちゃんを中心にして、息子の僕の周りに集まってきた大人はそういうタイプの人ばかりだった。
だから僕はケニーくんのことが嫌いになれない。
冒険者とその志望者が職業柄荒っぽいのは当然のことなのだから。
「ふざけんなっ、俺をあの迷惑野郎と一緒にすんじゃねぇ!! ていうか豚扱いは止めろつってんだろこのクソビッチッ、エドガーに色目使うな迷惑だろこのアホッ!!」
「えへへ……だってウチ~、フツーにクソビッチだしぃー♪」
えっ、開き直った!?
それになんでケニーくんじゃなくて、僕の方を見ながらそういうことを言うの……?
「んん……? あの、エドガー様。クソビッチというのは、具体的にどういう意味なのでしょうか……?」
「えっ、いや、それは……」
「あ、ビッチっていうのはね、ふしだら――」
「わーっわーーっうわああーっっ!! とにかく進もうよ、グダグダしてる暇なんてないよっ!」
「あはっ♪ エドガーって、純情でかっわいいー♪ ねぇねぇ、よかったら後でウチと遊ぼうよ……?」
僕とケニーくんは奥の通路に続く扉を開き、二人を引き連れて3層目へのスロープを進んだ。
ランさんは危険人物だ……。誘いは嬉しいけど丁重にお断りした……。




