Ep 7/7 初めての迷宮と鋼と復讐者 4/9 - スライムは弱くない -
ケニーくんとランさんの背中を追って、僕たちは此処ではでない何処かへと通じる扉に飛び込んだ。
「不思議ですの……。あの辺りに、別の扉があったはずですよね?」
そうするとまるで夢でも見ているかのような……奇妙な感覚に陥った。
「ふーん、噂には聞いてたけど、凄いね、コレ……。あはっ、もうおかしすぎて笑えてきちゃう」
もはやカテドラルのあの蒼い壁はどこにもない。僕たちは地中にいた。
石の壁に囲まれた四角い部屋を期待して扉をくぐったというのに、ここはフロアと呼ぶよりも、小さな地下空洞と表現した方が似つかわしかった。
少し怖い言い方をすると、まるで巨大アリの巣に迷い込んでしまったかのようにも思える。
壁――と呼んでいいのかわからないけど、土の壁が複雑に隆起していて、さらによく見ると樹木の根がびっしりと土という土にからみついていた。
いったいなんの樹木かすらわからないけど、その根の一部はフロアの内部へと大きく飛び出して、土くれの地面へと突き刺さっていた。
こんな光景が目の前に現れたら、ただただ口を開けて驚くしかなかった。何もかもが僕たちにとって初めての体験だった。
「なんだよ、経験者は俺だけかよ。頼りねぇ……特におめーな、あんまボケッとしてんじゃねーぞ」
「ごめん、ケニーくん……。でも驚いちゃって……」
後ろを振り返ると土壁にあの扉がめり込んでいた。
扉の向こうにカテドラルの蒼い世界を見つけて、帰り道があることに僕は内心ホッとした。
土の世界から見る、蒼と千の扉の世界は否応なく幻想的だ。
「つまんねーことで驚いてんじゃねーよ。さっさと行くぞ、これから嫌ってほど見ることになるんだからよー」
「おっけー♪ ザクザクっといってみよーっ♪」
「う、うん……。ザクザクって、どっちの意味だろう……」
僕のつぶやきが聞こえてしまっていたのか、ランさんは腰の短剣をやけに艶めかしく撫でた。
お宝をザクザクではなく、敵をザクザクと刻む方の意味だったのかもしれない……。
けれど彼女は僕の長剣とケニーくんのウォーハンマーに目を向けると、背中にかけていた弓と矢を手に取った。
「前もイけるけど、今日は後ろでイこうかな~……♪」
「だぁぁぁーっ、いちいち調子狂う言い方すんじゃねぇーっ! おめーさっきからなんなんだよっ、ぜってー狙って言ってるだろ、ぜってーよぉっ!?」
「あれれっ? 豚の過剰反応はさておいて――ふーん、へぇー♪ そうなんだー?」
「な、何、ランさん……?」
ランさんがまた僕を突っつこうとしてきたので、とっさに僕は身体を引っ込めた――はずなのに踏み込みが深くて逃げられない。
なんで僕みたいな小者にこんな興味を向けて来るのだろう。
「もしかして君たち、下ネタとか通じない系……?」
「あの、下ネタってなんですの?」
「ご、ごめん……僕、そっち方面はあまり、詳しくなくて……」
僕がそう返すとランさんはまた小さく驚いて、絶対そんな表情する必要ないのに退廃的な微笑みを浮かべた。
「こん中で、エロは豚だけか~」
「ケニーだっつんってんだろっ、もう一度豚とか言ってみろっ、ぶっ殺すっ!」
「豚。豚豚豚豚、このスケベな豚野郎っ♪ 豚って言われてホントは嬉しいんでしょ、このブタッ♪」
「ッッ……ひ、酷い……。ぁっ、じゃなくてっ、てめー7回も言いやがったな!?」
「ランさん、そういうのはケニーくんが可哀想――」
「俺に同情したりフォローすんじゃねぇーっっ!!」
「あの……それより進まなくてもいいんですの?」
ソフィーの言葉に僕たちは我に返って、正面側の通路を進むことにした。
前衛が僕とケニーくん。中衛が弓を持ったランさん。後衛に金属片手杖を手に持ったソフィーをおいて、僕たちは洞窟同然の通路を歩く。
下級迷宮の上層にはスライムなどの物質系が多く、下るにつれて獣系が現れて凶暴になり、深くまでやってくると魔法しか効かないゴースト系や、弓や鈍器などの武器を使う危険な亜人系が現れると座学で教わった。
実際、最初の層はスライムばかりだった。
空っぽのフロアと分岐道を当てずっぽうで進んで進んで、さらに奥のフロアにていざそれと対峙してみると、僕は僕がスライムの群れごときにすら身をすくませる真性のヘタレである――という現実を知った。
「おい、ビビッてんじゃねーぞっ、ちゃんとやれ!」
ケニーくんがスライムの気持ちの悪い溶解液を皮の盾で防いだ。
僕も彼の真似をして、学問所支給のマントでやつらの厄介な攻撃を防ぐ。
僕の膝くらいの大きさしかないけど、それは青くてドロドロと粘っこく不気味で、僕にとっては十分過ぎるほどの驚異だった。
回復魔法や薬があれば溶解液が直撃しても大丈夫だそうだけど、肌に受けると激痛が走る上に、ムダ毛が溶けてツルツルになってしまうと教わった。
ムダ毛。それは男らしさの象徴だ……。ケニーくんが羨ましい……。
「はいはいっと♪」
「爆裂の矢! ですのっ!」
ケニーくんがウォーハンマーを振ろうとしないので、僕も防戦に徹した。
その間に後ろから矢と魔法が連発で飛んできて、スライムの核を貫き、スライムを爆散させる。
「熱っ……!?」
「どわっちやぁぁっっ?! てててっ、てめぇソフィーッ、スライムにその魔法は止めろやっ!」
スライムはゼリー状の酸の塊だ。
マントでとっさに防いだけど、一部が顔にかかって熱した油のように僕を焼いた。
痛みと驚きに頬へと触れると、さらりと粉のようなものが手に付着して、僕は二重に驚くことになった。
「大丈夫ですのっ、エドガー様!? まさか飛び散るとは……ごめんなさい……!」
「てめーっ、俺にも謝れよな!?」
「はいはい、そういう謝罪しろアピールは最高にウザいから止めなよ……」
「俺は被害者だっての!」
奥の暗がりにスライムがもう一匹いた。
弓で核を貫けばいけるなら、僕にだってできるはずだ。
投擲用の刀子をアンダースローで構えると、次の瞬間、鋭い刃が敵の核を穿ち、厄介なゼリー状の怪物を灰へと変えていた。
そうだった。迷宮の怪物を倒すと、灰や別のものに姿を変えるなんてこの世界では常識だったんだった。
「はっ、まぐれ当たりだな」
「ゼロキルの癖に何偉そうなこと言ってんの、この豚?」
「はぁっ、もうノーコメントですの……」
これ以上ああだこうだと言い合っても成績は上がらない。
遠くから核を貫けばそれほどの脅威ではないとわかると、僕たちは同じ戦法でドロドロの怪物を片付けては前進して、迷宮1層目を抜けた。
螺旋を描くスロープを上って行けば、その先が迷宮の2層目だった。
「スライムって、よく見るとかわいいですの……。炎の矢っ!」
「えぇぇ……それはちょっと理解できないかな……」
「あーわかるわかるー。スライムプレイとかしてみたいよねー♪ 何も知らないエドガーくんと♪」
ケニーくんが前で囮になっている間に、投擲と弓矢と炎の魔法で青白いドロドロの生き物を倒した。
見た目はまん丸で、そこが女の子を引き付けるのかもしれない。
「スライムプレイ……って、なんですの?」
僕はこの酸状の身体にかわいさなんて感じない。
前衛からすると、熱した油そのものと戦っているような気分になって、可能な限り自分に近付かせたくなかった。
「知らない? 一部の酸のない子をね、裸になった身体に――」
「よ、よくわからないけどそれ以上は言わなくていいよ……っ!」
「ん……そんなことをしたら、全身ドロドロになって不快ではありませんの?」
た、たぶん、そのドロドロを楽しむのかな……。そんなの、変態だ……。
「バカ言ってねーで戦えよっ!」




