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Ep 5/7 二人のティアとアーモンドクッキー with カステラ 5/6 - 力のクッキー -

「どう思います、エドガー様……? わたくし、剣なんて握ったこともありませんのよ……? なのにこんなのおかしいですわ……」

「僕は開拓民だから、クワとかカマとか小さいナタとかなら……。でも、素手でこういうことが出来るのは、うちの爺ちゃんだけだったよ……」


 このクルミが脆いだけ? いや、そんなことはないと思う。

 だったら落とした衝撃で割れていてもおかしくない。流通の過程で割れるのが関の山だった。


 ところがまた店のベルがカランカランと鳴った。

 ソフィーと一緒に顔を上げると、ここの店主のベルートさんがそこにいて、どこかしなやかな足取りで僕たちの前にやってきた。


「おや、もしやそちらはエドガーくんの彼女ですか?」

「か、彼女っ!? へ、変なこと言わないで下さいよっ、ち、ちちちちちちが、違いますよっ!」

「ええ、違いますの。わたくしはエドガー様の同級生のソフィーティアと申します。ソフィーとお呼び下さい」


 少し傷ついた……。本人に悪気はないけど、僕と同じようにうろたえてほしかった……。

 そうだよな……。ソフィーは、僕よりアイツが好きなんだから……。


「これはご丁寧に、ソフィーティアさん。わたくしはベルート、この酒宿の主人をしています。いえ、ティアの父親と言った方が覚えやすいでしょうか」

「まあっ、ティアのお父さんでしたの! わたくし、あの子が大好きですわ! あんなかわいい子、他にいませんの!」


 何を思ったのかベルートさんが猫みたいに顔を洗った。

 ニコニコとクルスさんみたいにやさしい目で、ソフィーを見つめている。娘を褒めるとこの親子は、すぐに機嫌が良くなるところがあった。


「ぜひティアと仲良くしてやって下さい。あの歳で店を手伝ってくれるのは嬉しいのですが、そのせいで、あの子は友達と遊ぶ機会が限られておりまして。ん、どうかしましか、エドガーくん?」

「すみません、ベルートさん、ベルートさんはこれを手で割れますか?」


 ベルートさんが現れて、少し思い付いたことがあった。そこで僕は床をはいつくばってクルミを二つ見つけて、片方をベルートさんに渡す。


「フフ……生憎、わたしは冒険者としてはかなり非力でしてね。んっ……ほら、無理ですよ、割れるわけがありません」

「ソフィ、これ割ってみて」


 僕がやると嫌みかもしれない。それにいかにもお嬢様なソフィーにやってもらった方が、この不思議な現象が伝わりやすいと思った。

 ベルートさんはクルミを割れない。でも、ソフィーはまた僕たちの目の前で、クルミを握りつぶして見せてくれた。


「おやおや、最近の若い子は凄いですね。学長は年々粒揃いが悪くなっていると愚痴っていましたが、これは驚きです。新しい魔法か何かですか?」


 そう言いながら、ベルートさんは別のクルミを見つけて床から拾い上げた。

 そして僕たちから距離を少し取ると、こういうことならば出来るぞと、クルミを腰のレイピアで真っ二つにして見せてくれた。


 ……薄々感づいてはいたけど、この人って方向性は異なるけど、爺ちゃんクラスの怪物なのでは……。


「で、種明かしは教えて下さるので?」

「おうーっ! おかえり、おとーたんっ! それっそれなーっ、ティアもできるぞー! そいやーっ!」


 ティアとクルスさんが戻ってきた。娘の元気な笑顔にベルートさんが少しだらしない顔をして、それから目を見開いた。

 ティアがスープ用の大きなカブを抱えてきて、ベルートさんの目の前で抱き潰して見せたからだ……。


「ティア、まさかまた、拾い食いでもしましたか?」

「うーうん。きょうは、してないよー?」

「いえ、そこは毎日自粛してもらえると、親としてとても気が楽になるのですが……」


 事情はよく飲み込めないけど、凄い会話だ……。

 けど拾い食い――いや、まさか、そんなはずは……。


「わたくしわかりましたわっ、これはエドガー様のクッキーですのっ!」

「うんっ、たべたい!」

「おや、また作って下さったのですね」


 するとクルスさんが闇に溶けるように姿を消した。

 かと思えばあっという間に、小皿に僕のアーモンドクッキーを乗せて戻ってきた。


「クルス、お客様の前でそういった身のこなしは、あらぬ誤解を招きますよ。……ふむ、しかしこれも美味しそうですね」

「だって、あなたに早く食べてもらいたくて……♪」


 ベルートさんとティアが小皿からクッキーを一つ取って、アーモンドの香ばしいそれを口へと運んだ。


「おぉ……これは素晴らしい。ティアが夢中になるのも無理もありませんね。それにそうですね、酒場の連中に出したら相当に喜んでくれそうです」

「それよりベルートおじさま、これを割ってみて下さいませんか?」


 クルミももうないので、ソフィーが大きな殻をベルートさんに手渡した。

 いや、そんなはずはないよ。おかしなものは何一つ入れていないし、そんな効果があるはずがない。


「うまうま……カリカリ……。だいじに、たべよう……ほわぁぁ、しあわせだ……」


 お菓子は人を幸せにする。他の変な効果は必要ないと思う。あっても困る、特にお菓子屋さん志望の僕が……。

 そんな僕の願いもむなしく、ベルートさんは親指と人差し指でクルミの殻を挟むと、今度はいともたやすくそれを割ってしまっていた。


「やっぱりですのっ!」

「あらあら、凄いのねー、エドガーくん♪」

「フフフ……食べた者の筋力を増幅する、魔法のクッキーというわけですか。これは驚きました」

「なーっ、おいしいよなーっ、おとーたんも、そうおもうよなーっ!」


 ティアだけ話をよく理解していなかったけど、そういうことになってしまう。

 何をどう間違えたのか、僕が作ったアーモンドクッキーは、人を力持ちにする未知の力を持っていた。



 ・



 それからしばらくして、ようやくカステラが焼き上がった。

 エドガーの作ったお菓子に、魔法の力があるとしたらカステラはどうだろうと、みんなが興味津々だった……。


「ふんすーふんすー……♪ はぁぁぁ……いいにほぃぃ……。あむぅぅーっっ♪」


 一切れずつにカステラを切って、みんなで恐る恐ると皿を囲んでいたら、ティアがそれを素手でつかんで口に運んでいた。


「あまあああああいっっ!! ソフィソフィッ、これ、クッキーより、おいしいかも!」

「本当ですの……? では、少しだけ……ん……。は、はわっ!?」


 ソフィーの口から変な声が出て、てっきりおかしな効果が出たのかとうろたえた。

 だけどこの前のラングドシャはただのお菓子だったんだ、これだって普通のカステラのはずだ……。お菓子におかしな効果なんていらない……。


「あらーっ、あらーっ、なんて危険な甘さなのかしら……うふふっ。でも、これはベルートさんには甘すぎるかしら♪」

「ふわふわで、やわらかくて、甘くてもっちりしていてとても美味しいですのっ! エドガー様ッ、こんなに美味しい物を、世界に生み出して下さり、ありがとうございますのっ!!」

「え、えぇぇ……っ」


 いくらなんでも大げさ過ぎないだろうか……。

 お菓子はみんなで食べると何倍も美味しいから、きっとそのせいだと思う。自分も口に運んでみると、確かにいつもよりも美味しく感じた。前に作ったときより、甘みを強く感じる。


「フフ……確かにわたしには甘いようです。ですが、これを大喜びしそうな常連客が何名も頭に浮かびます。素晴らしいお手並みですね、エドガーくん」

「ぼ、僕はただ、人に教わったレシピ通りに作っただけですから……」

「うふふ、でもー、そのレシピ通りが難しいんですよね~♪」

「ママがゆーと、せっとくりょく、あるなー。はぁ……もうない……。おとーたん、それ、ちょーだい……?」


 とにかくよかった。カステラはただのカステラだった。

 それからしばらくみんなでお喋りして、宿の人たちが仕事に戻る形でお開きとなって、ソフィーの帰り道に僕は付き合った。


「えっ、ここがソフィーの住んでるところ……?」


 王立学問所は寮を持っていない。寮生活をさせてしまうと、学生が社会と隔離されてしまうので、あえて施設を用意していないそうだ。

 だけどどうしても、貴族様は自分の子供たちが安全な場所で暮らせるようにしたがる。


 それは広い庭園を有する、やたらに優雅で綺麗な一戸建てだった。

 ごめん、立派すぎて、辺境民の僕にはまともな説明文句が出てこない。それくらいの別世界だ……。


「今度はわたくしの方から招かせていただきますね。それではエドガー様、また週明けを楽しみにしておりますわ。エドガー様の作ったクッキーもカステラも、とても美味しかったです」

「あ、うん……。また来週ね……」


 ソフィーの家って、もしかしたらとんでもない規模のお金持ちなのかもしれない……。

 だって娘のために、一戸建てを用意する貴族なんて、そんなの数えるほどしかいないと思う……。


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