Ep 5/7 二人のティアとアーモンドクッキー with カステラ 4/6 - くるみ割りティア -
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「あら、そうだったわー」
ソフィーと約束を交わすと、クルスさんが何かを思い出した様子で手のひらを合わせた。
「買い物に行かないといけないんでしたー♪ ということで、店番よろしくお願いしますね、エドガーさん♪」
「あ、はい。別に構いませんよ」
「ごめんなー、ソフィ。ティアもいってくる。ママなー、おっとこどっこいだからなー、ティアがいないと、たいへんなんだー」
新参者の僕に店を任せるなんて、この人たちはやっぱり変わっている。
だけどそれは僕を信頼してくれている証拠だ。むしろ頼まれたことが嬉しかった。
「いってらっしゃい。わたくしもここで店番をして、ティアちゃんの帰りを待っていますね」
「ほんとうかっ!? ティアを、まってくれるのか!? そうか、それならいい! いってきまーす、ソフィッ!」
ソフィーの言葉一つでティアが笑顔に変わっていた。ティアの頭の中で、仕事とソフィーが天秤にかけられていたみたいだ。
こうして仲の良い親子が宿から出かけていった。僕たちはそれを羨むように見送って、それからまた言葉を交わした。
「信頼されてますのね。あの方たちの性格もあるでしょうけど、これもエドガー様の人柄なのかもしれませんの」
「そんなことないよ。僕なんて、アイツと比べたら、ただの情けないやつだし……」
「いいえ、エドガー様はやさしくて、お菓子作りが上手で、人と人の輪を繋ぐ人徳をお持ちですわ。エドガー様は、とても女子力が高くて羨ましいですの」
「じょ、女子……ぅぅ……。ねぇ、ソフィーって、一言余計とか、人から言われたりしない……?」
「はい、言われますの。ふふふっ、エドガー様はなんでもお見通しですのね」
全く自覚がないのがソフィーの困ったところだった……。
本人に悪気はないけど、つい思ったことをそのまま口にしてしまうのだろう……。
「それはそうとエドガー様、英雄科ではどんな訓練をされているのですか?」
「え、ああ……。まずは適正を探せと言われて、色々な実習を受けているところだよ。よくわからないけど、スカウト系の適正があるって言われたかな」
逆に言えば、最前列に立つ才能がないと思われたも同然だった。
体格に恵まれない僕みたいなやつは、技で足りない部分をカバーしなくてはならないんだろう。
「エドガー様なら、魔法を使えばよろしいのでは?」
「僕は魔法なんて使えないよ。僕はただの開拓民だから」
僕がそう返すと、ソフィーはしばらく僕の顔を見つめて何かを考え込んでいた。
返答を間違えてしまったのだろうか……。
「平民だから、自分は魔法を使えないと、そう思い込んでいるだけではありませんの?」
「そうかな……。でも、それがこの世界の現実でしょ……?」
「ん……。まあ、この話はいいですわ。ところでエドガー様、スカウトって何をするお仕事ですの?」
「あ、それはね。罠を探したり、鍵を開けたり、正しい道を探したり。戦いになれば少し離れたところから、仲間を支援する役割だよ。一流のスカウトは凄いんだよ。だって爺ちゃんの友達は――」
爺ちゃんは僕を冒険者にしたがった。その夢をもし叶えるなら、スカウトの道しかないと思う。
爺ちゃんの供養のためにも、僕はもっとがんばろうと心に決めて、ソフィーとの楽しいお喋りを続けた。
魔法科の方も大変みたいだ。魔法は生まれ持った才能が絶対だからこそ、人間関係が特に厄介だと、疲れた様子でソフィーが僕に愚痴ってくれたのが嬉しかった。
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今日は良い日だ。ソフィーとゆっくりと話していると、段々と緊張の方もほぐれてきて、いつしか僕は話に夢中になっていた。
人とただ言葉を交わすだけなのに、こんなに楽しいなんて不思議だ。
「ただいまっ、ソフィまだいるかーっ! いたーっ!」
「あ、おかえりなさい、ティアちゃん。思っていたより早かったですのね。あっ」
そうこうしているうちに、ティアたちが帰ってきた。
「キャッッ!?」
楽しい時間の終わりを感じながら、店の入り口に目を向けると――
「ぅ、ぅぅー……。また転んじゃいました……痛いです……」
大変だ、クルスさんが食材を床にぶちまけて転んでいた。
僕とソフィーは立ち上がり、クルスさんに手を差し伸べた。
「ほらなー、ママはー、おっとこどっこいだ。いっしょになー、いかないとなー、ティアも、ふあんなんだー」
「何もないところで転ぶのが特技です……。クスン……」
クルスさんにはとても言えないけど、こんなにかわいいお母さんは、探してもそうそういないと思った。
助け起こしてもらったのがよっぽど嬉しかったのか、スベスベの両手が僕の右手を包み込んでいた。ずっと……。
「マーマ、エドガーのて、はやくはなして、あげて?」
「うふふ……こんなにかわいいお母さん、わたくし初めて見ますの。ティアが羨ましいですわ。……あら?」
ソフィーの方は床に散らばった食材をバッグに戻してくれていた。
ところがそこに乾いた音が鳴り響いて、ソフィーの動きが止まっていた。彼女の手にあるのは、割れたクルミだ。
「おわぁぁぁ……ソフィ、すごーいっ! ゆびだけで、クルミ、わっちゃったー!」
「わ、わたくし、そんな馬鹿力じゃありませんの……っ。ほら、割れるわけ――あ、あらっ……?」
ソフィーが別のクルミを拾って、人差し指と親指で挟むと、またパキリと硬い音を立てて殻が割れた。
凄い力だ……。うちの爺ちゃんだって、拳で握り割る程度だったのに……。
「すっごーいっ、すごーいっ、ソフィすごーいっ! カッコイイなーっ」
「うふふ……ソフィーさんは力持ちさんですね~♪ あら、あららー? ほら見て下さい、皆さん、クーちゃんもなんか出来ちゃいましたー♪」
やっとクルスさんが手を離してくれた。
それから彼女が同じようにクルミを拾って、ふざけるようにそれを握り締めると、手のひらの中にバラバラになった殻と、芳香を香らせるクルミの実があった。
「えっええっ、これって、どうなっていますのっ!?」
「ママー、かげんしろーって、おとーたんに、いわれてるでしょー?」
やっぱりここの宿、おかしい気がする……。
まるで普段から、その気になれば素手でクルミを割れるみたいな言い方だ……。
「そうですねー、またあの人に怒られちゃいますね~♪」
「もー、ママはー、ほんとに、おっとりさんだなー……。あーーっ、みてみて、エドガー、ソフィッ! ティアにもできたーっっ!」
「えっ、ええええーーーっっ?!」
まだ幼さを残した小さな手が、殻を木っ端みじんに粉砕していた。
まさかと思い、僕も別のクルミを手に取ってみる。エイッと爺ちゃんのまねをしてみると、貧弱な僕の手まで、硬い木の実をバラバラにしていた……。
「いったい、何が起こっていますの……?」
「しゅごーいっ、ティアしゅごーいっ! パキーンッ! もぐもぐ……パキーンッ! もぐもぐ……うまぁー」
「うふふー、みんな、力持ちになっちゃいましたねー♪」
クルスさんとティアは特に深くは考えないらしい……。
そうか、素手で割れちゃうものはしょうがないか。
なんて思うわけないよっ、何がどうなったらこんな変なことになるんだよっ!?
「お二人ともマイペースですのね……」
「本当にどうなってるんだろう……。こんなこと現実に起こるのかな、夢なのかな、これ……」
親子は食材を拾い集めて、仲良く厨房と倉庫の方に歩いていった。
僕たちは疑問で頭がいっぱいだ。机の下にクルミがちょうど二つ拾われずに残されていたので、ソフィーと一緒にもう一度現象を確かめた。
割れた……簡単に割れてしまった……。




