Ep 5/7 二人のティアとアーモンドクッキー with カステラ 2/6 - りょうてにはな -
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「だからティア、ドシャじゃなくてラングドシャだってば……」
「そう! それ! それソフィーに、たべてもらいたい!」
今日の予定は特に何もなかった。
何もなさ過ぎて、いっそクルスさんの仕込みを手伝おうかと思っていた。
「あの、それはなんの話ですの……?」
「あのなーっ、エドガーなーっ、すごいんだよー! おかしつくるの、てんさい! ソフィもぜったい、きにいる!」
「エドガー様は、お菓子を作れるんですの?」
「そ、そんなに大した物じゃないよ……。好きで作ってるだけだから……」
「あら、それは名案ですねー♪ ラム酒と一緒に、甘いお菓子を食べたがるお客さんも意外と多いんですよ~?」
厨房からクルスさんが現れて、ニコニコとしながら僕の席に銀貨を積んだ。
「いいなっ、みんなにもたべさせよう! いっぱい、つくらないとなー、エドガー!」
「あの、これって、もう断れない雰囲気なんですか……?」
「わたくしもお手伝いしますの。わたくし厨房に入ったことがありませんから、実はずっと、お菓子作りに憧れておりましたの」
昨日はあんなに殺伐としていたのに、今日は信じられないほどにほんわかとしている。
僕のお菓子でティアとクルスさんとソフィーが喜んで、酒場が盛り上がるかもしれない。ならやってみたい。
「わかったよ。でも失敗しても笑わないでよ……?」
「へーき! こげても、ティアがぜんぶ、たべてあげるぞー」
「うふふ……なんだか楽しくなってきましたの。行きましょう、エドガー様」
「いくぞー、エドガー!」
女の子二人に左右の手を引っ張られて、僕は丸白鳥亭から引っ張り出されていった。
「あら羨ましい♪」
ツァルト先輩みたいに女ったらしで自尊心が高かったら、嬉しいシチュエーションなのかもしれない。
でも僕は、街の人の目の方がずっと気になった……。
「あの、ティア、歩きにくいよ……」
「へへへー……りょうてに、はなだぜ……」
気づいたらティアを真ん中にして、手を繋いだままで三列横隊で歩いていた。
僕たち、凄く通行の邪魔だ……。
だけどみんなティアの笑顔を見ると、荒っぽい冒険者まで微笑んで道を通してくれた。
「僕って花扱いなんだ……」
「うん。エドガーな、せーかく、かわいい」
「うふふ……それは否定できませんの♪」
嬉しくない……。
僕は爺ちゃんみたいに、たくましい男になりたいのに……。
「エドガー、なにかうー? おぉぉー?」
やっぱりこれって邪魔だ。
ロバを連れた商人が歩いて来たので、僕はちょっと強引にティアの手から逃げた。
「ラングドシャはこの前作ったし、今度はアーモンドクッキーとカステラなんてどうかな?」
「わたくしクッキーは大好きですの!」
「ティアもだぞー! でもなー、かすてら、ってなにー?」
昔、爺ちゃんの友達に教わったお菓子だ。
僕も国内では一度も名前を聞いたことがない。
「ケーキの一種かな。凄く甘いからお茶に合うよ」
「しゅごく、あまいか! いいなっ、それつくろう!」
「良いです! わたくしどこまでもお供しますの、エドガー様っ!」
二人ともお菓子に目がくらんで、ソフィーなんてソフィーとは思えないほどに現金になっていた。
でも慎ましく貞淑にしている普段のソフィーより、変かもしれないけど、僕とリョースのために怒ってくれた、昨日のソフィーのみたいで生き生きしていた。
それにしても丸白鳥亭を選んで正解だった。
普通ならお菓子を作りたいからオーブンを貸してだなんて、そうそう簡単に言えるものじゃない。
僕も二人と一緒に童心へと返って、渡された銀貨分の材料をかき集めた。
ティアの案内で店を回ると、30分もしないうちに買い物が終わっていた。
「あれ……?」
全額を使うつもりだったのに、不思議なことにお金がだいぶ余った……。
どうしよう、この銀貨……。
「ティアちゃん凄いですの。皆さんティアちゃんの幸せそうな笑顔一つで、自分から割り引きしていきましたの……!」
「ティア、そういうとこ、あるからなー? なにかかうならー、これからもなー、ティアをなー、つれてけー?」
ティアだけじゃない。男性店主はソフィーに鼻の下を伸ばして割り引きしてくれた。
整った容姿ってずるいな……。必死で値切る側がバカみたいだ……。
僕たちは袋いっぱいの材料を抱えて宿に戻ると、少しの間だけ厨房を貸してもらった。
「こねこねこね……ねこねこねこ……。たんたんたんー?」
「ふふふっ……。ぁぁ……ティアちゃんは何をしてもかわいいですの……」
材料を混ぜ合わせて生地の基本を作ると、二人にはこねる作業をお願いした。
厨房に入ったことがなくても、このくらいなら問題なく出来るみたいだ。
「それ、よくいわれる。ふしぎ」
「誘拐には気を付けて下さいね……。わたくし、ティアちゃんを衝動的にさらいたくなりましたの……」
「ほんとかー? てれるー♪ あ、でもなー、ティアもなー、ソフィーのおよめさんなら、なってあげても、いいよー?」
「わたくしもティアちゃんの幸せのためなら、夫にだってなれますの!」
別に嫉妬しているわけじゃないけど、まるでバカップルだ……。
僕の方は淡々と、卵、強力粉を混ぜ合わせたものに、少しずつ蜂蜜と牛乳を傾けていった。
型は厨房にあった食パンのものを借りる予定だ。
笑顔で生地をこねる二人の姿を見ていると、爺ちゃんの友達にお菓子作りを教わったあの頃を不意に思い出した。
「でへへへー♪」
「うふふふふ……♪」
あまりに二人が熱々なので、ちょっとだけ温度の差を感じているけれど……。
「うん、そんなもんでいいよ。後はちぎって、平たく潰して、アーモンドを……あれ?」
調理台を見ると、アーモンドが既に薄切りにスライスされていた。
「それなー、ママだ」
「え、クルスさん……?」
「ママはな、そういうところある」
「気づかなかった……。ありがとう、クルスさん」
いえいえー♪ と、二階の奥から声が聞こえたような気がした……。
ここの宿の人たち、凄くやさしい良い人たちだけど、やっぱり何かが変だ……。
「じゅるり……」
「ダメですの。生で食べたらおなか壊しますのよ?」
「じゃあ、エドガーのドロドロ、のみたい……」
「卵も小麦粉も加熱しなきゃダメだよ……」
「こんなにあまいにおい、するのに……」
小さくした生地にアーモンドを乗せて、僕の方はパンの型にカステラの生地を流し込んで、僕たちはそれらをオーブンへと入れた。